渡辺淳一'sワールド
妻の親戚一同で熱海の高級旅館に行った。なにしろ高級旅館であるからして、夕食や朝食は食堂でなく仲居さんが部屋に運んでくれる。温泉にゆっくりつかり、皆で季節の料理に舌鼓をうっていると、義妹が 「 ちょっと、ちょっと、お義兄さん、寝室見た? すごい事になっているよ 」 と騒いでいる。とにかく高級旅館ゆえ、各部屋がまるで和風スイートの様な広さで、部屋専用の檜風呂やトイレがあるのは勿論の事、食事をする部屋と寝る部屋が分かれていて、食事の間にいつの間にか寝室では夜具の準備が整っていた様である。
という事で、ふすまを開けてほのくらい照明に浮かぶ寝室を見ると、まず脳裏に浮かんだフレーズが「わおー、渡辺淳一のめくるめく夜の世界!」である。「 東京で接待を終えた財界か政界の重鎮が新幹線のグリーン車で熱海の高級旅館にかけつけると、部屋には寝化粧を整えた人妻が待っていて・・・、」等と言う妄想が湧いてきて、エもいえぬ淫靡な雰囲気、さすが熱海の高級旅館である。
「 しかし接待でアルコールが廻って体が云う事が効かないその爺さんは、結局何もできずにモンモンと夜が明け、しかたなく早暁一人で散歩に出れば、目の前の崖の散歩道でころんで捻挫し浮気がばれ、会社も家も大騒動・・・」なんてのが現実だ、 などと勝手にストーリーを考えている間もなく、こちらも爆睡してしまい淫靡な寝室どころではなかった一夜であった。
翌朝、会計の際にロビーに立ち寄ると渡辺淳一の文庫本が販売されていて、この旅館は彼の 「 うたかた 」 という小説の舞台になって、映画の撮影も行われたというから、私の妄想も結構ツボにハマっていた事がわかった。うれしくなって 「 失楽園 」 だとか 「 愛の流刑地 」 だとか渡辺淳一の小説を盛んに連呼していたら、義妹たちから 「 お義兄さん、不倫がそんなに嬉しいの? さっきからそればっかり 」 とすっかり顰蹙をかった熱海の高級旅館紀行であった。
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