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2010年11月

2010年11月30日 (火)

近江路

尾道に新幹線で出張した。「のぞみ」では列車の速度が速過ぎて、あまりゆっくり景色を眺められないが、それでも車窓からはあちこち紅葉が始まった山々が見え、毎度の事ながら日本の景色は美しいものだと感じる。ことに山陽新幹線に比べるとトンネルの少ない東海道新幹線は、進行する両側の窓から飛び込んでくる風景が変化に富んでいて、流れる景色に飽きる事がない。直射日光が差し込んでも、ブラインドを下ろさずに景色を眺めようというものだ。

そういう景色の中でも、特に有名なのが富士山と浜名湖付近なのだろうが、それ以外にも三河湾を遠くに臨む蒲郡付近も良いし、京都駅から遠くに見える古都の町並みも素敵である。大山崎を過ぎ阪急電車と併走すると大阪も近づき、正に唱歌の「廻り灯籠の画の様に変わる景色のおもしろさ、見とれてそれと知らぬ間に、早くも過ぎる幾十里 」という気持ちで、新幹線に乗ると今だにわくわくする。

私は下りの「のぞみ」で関が原を登り伊吹山の麓を駆け抜け、米原を過ぎ琵琶湖がちらと見えると、ああ関西文化圏に入ってきたといつも感じるのだが、その感慨が浮かぶ度に、そういえば近江路は高速で通過するだけで、ゆっくり訪れた事がないのを残念に思う。このあたりは歴史も古く、古代ヤマト王権はこの地が直接の領土であったし、飛鳥時代には近江大津宮、奈良時代には紫香楽宮や保良宮が置かれていたほどである。歴史をひも解くと滋賀は多くの戦乱の舞台となり、信長は安土に城を作った通りであるし、近江商人の活躍は名高く、近辺には訪れるべき名所も多い事だろう。

東京人からすると、京都や奈良に行ってみようと思うと、どうしても滋賀県はただ通過するだけのイメージが強くなるのだが、一度米原で下車して近江鉄道のローカル電車にコトコト揺られ、湖東に広がる集落や街を訪ねる各駅停車の旅をして見たいものだと、優雅な三上山の山容を車窓からめでつつ旅心を募らせるのだった。

<新幹線に沿って近江鉄道が走る湖東>
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2010年11月26日 (金)

アジア大会マイルリレーで廣瀬2位

陸上競技の大会の最後を締めくくるのはマイル(1600米)リレーである。インターハイやインターカレッジでは、最終日の夕闇が競技場に訪れる頃、応援の陸上部員や観客がトラックを囲む応援席に散らばって、マイルリレーの選手に声援を送る。それぞれの代表選手が目の前を通るに合わせて、声援の波も競技場をぐるっと一周廻り、バトンが1走から2走、3走からアンカーとつながるに連れ興奮の波も盛り上がる。特にインターカレッジなどの対校得点争いをする競技会では、学校の名誉がかかりリレーの選手も必死なら、応援する方も大変な熱が入るというものである。

さてアジア大会のトラック競技の最後を飾るマイルリレーの決勝が先ほど行われ、テレビの衛星放送で中継録画を見ていた。日本のメンバーは石塚、藤光、廣瀬、金丸のオーダーで、我が慶應競走部の後輩の廣瀬(3年佐賀北)が3走を走るのでテレビの前に楽しみに座った。先に行われた800米では昨年の競走部主将だった横田(富士通)が惜しくも4位だったから、廣瀬には是非金メダルを狙ってもらいたい処である。

レースは1走の石塚が横一線、2走の藤光は200米の選手だそうで、一時トップに出るも最後の直線でスタミナが切れ、2位で廣瀬へバトンが渡る。注目していた廣瀬は好走したがサウジアラビアをかわしてトップに出るには力及ばず2位のまま。4走エース金丸はサウジの選手と終始競るが遂に捕らえられず2位でゴール、惜しくも銀メダルに終わった。それにしても私が学生の頃は、アジア大会とは日本選手権の事かい、というくらい圧倒的に日本が強かったものだが、アジア選手の躍進は目覚しいもので、そう簡単にメダルが取れる競技会ではなくなったようだ。

カザフスタンの選手などを見ると、彼らはアジア人なのかという容姿をしているが、イラクやイランがアジアなら彼らもアジアか、と改めて地図でカザフスタンの場所を確かめてしまうほどだ。そんな躍動のアジアを象徴するかの様に、テレビのスピーカーからは、マイルリレーへの大声援が聞こえて来て、久しぶりに陸上競技で興奮したのだった。

2010年11月25日 (木)

九十九島せんぺい

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「名物に美味い物なし」とは良く言ったもので、旅行のおみやげに地方のお菓子を箱ごと貰っても、たいてい食べ切れずに残してしまう。しかたなく捨てる破目になるが、なんとももったいない話である。そんな銘菓が多い中、リクエストをしてでも買って来てもらいたいのが、佐世保の”九十九島せんぺい”である。

九十九島せんぺいは小麦粉で作った煎餅生地に、佐世保の観光名所である九十九島に見立てたピーナッツが散りばめられた菓子で、甘さが程よく、その上結構パリッとした食感が楽しめる。昭和30年代後半に、父の転勤で北九州に住んだ事があるが、その時初めてこの煎餅に出会って以来のファンなのだ。

昭和30年代といえば流通機構も未整備で、地方の料理や菓子はそこに行かなければ味わえなかった時代である。関門海峡を越えて初めて行った九州で、とんこつ味の九州ラーメンや長崎の皿うどん(特にソース味の太麺)に遭遇し、東京では味わえなかったその旨さに、子供心に感動した覚えがある。そんな中、お菓子で云えば、博多の鶏卵ソーメンと九十九島せんぺいが私の好物で、父が長崎や福岡に出張した時には、よくおみやげに頼んだものだ。

さてこの夏、英国周遊クルーズでツアーが一緒だった方が佐世保出身と聞き、九十九島せんぺいの話を旅の連れづれに話したところ、「今度里帰りした際に送ってあげましょう」と言われる。これは嬉しい贈り物と思っていたら、先ごろ待望の九十九島せんぺいと、鶏卵ソーメン、それにちゃんぽんセットを一緒にした宅配便をご丁寧に送って下さった。さっそく封を切って九十九島せんぺいをほおばると、まだ製造してから間もないのだろうか、いつもより一層パリっとした煎餅にさくさくしたピーナッツが口の中ではじけて、思わず笑顔がこぼれるのであった。

2010年11月24日 (水)

タイガースファンの気持ち

11月23日・勤労感謝の日は例年通りNHKテレビの前に午後2時から陣取り、ラグビーの早慶戦を観戦する。かつて両校のマネージャーが過去の天気を調べ、一番晴れる確率の多い11月23日に対校戦の日を決めたと云われる通り、ちょっと思い起しても雨天だった記憶はない。今年も昨日は朝方の雨も上がり、試合の頃には弱い北風が吹く絶好のラグビー日和になった。下馬評ではすでに明治にやぶれて1敗を喫した慶応と、ここまで全勝の早稲田では、慶応の分が悪い様である。だいたい例年、明治とは接戦になるものの、早稲田の展開ラグビーには本質的に弱い慶応である。2時から見始めるテレビ中継も、後半開始早々、3時前になると早稲田に突き放されて 「 ああ、今年もアカン 」 とテレビスイッチを切り、ジョギングに出かけるのが毎年のパターン。

なので、昨日も3対3ながら防戦一方の前半を終わりハーフタイムになった時点で、「今年も、後半はパス一発で抜かれてリードされ、後半の後半は点差が開いてお終いか」と個人的にはあきらめムード。情けないファンとは思いながら、自分の東京マラソン用の練習もせねば、と走りに出かけたのであった。そもそも慶応のファンというのは、ほとんどの競技で早稲田や明治などの高い壁がそびえ、接戦を繰り広げたあげく最後には力尽きるパターンが多く、往年の阪神ファンの如き自虐的な喜びを見出して応援しているとも云える。それでも素材的に劣る戦力で、甲子園優勝組や高校代表組が揃うこれらの学校に立ち向かい、時々勝ってしまうというのがファンをやめられない所以でもあるのである。

という事で、昨日は1時間半ほどジョギングをして帰宅し、なかばあきらめつつパソコンで試合結果をチェックすると、何と10対8で勝利したとあるではないか。どうやら前半のスタイルのまま、自陣からキックを使わず球を廻して前進し、タックルで守りきった様だが、本当に早稲田の猛攻を良く凌いだものである。あのままテレビを見ていたら、さぞかしやきもきして心臓に良くないゲームだった事だろうと、悔し紛れに応援しなかった言い訳を一人考える。それにしても、きら星の如き早稲田ラインナップに対して、秋田・湘南・小倉・修猷館・長崎北など県立進学校組8人に内部進学組5人のチームが勝つのだから、やっぱり応援はやめられない、などとふがいないファンは反省しつつ自らにねじを巻くのであった。そしてラグビーに勝った翌日は、ラグビーの記事が多いサンスポをいそいそと買い、勝利の喜びを2度噛み締めるのである。

2010年11月22日 (月)

新卒就職氷河期

千葉県にある宗教系私立大学で常務理事をしている友人がいる。そこはいわゆる有名私大ではなく、学校を経営する彼の苦労を時々聞くと、少子化によって大学も生き残りに大変な様である。その苦労の一つに学生の就職の問題があると、彼は顔をしかめて話しをする。「求人は結構あるのだが、学生が有名企業や大企業志向でなかなか就職が決まらない。もっと中小企業にチャレンジしたら、と学校が奨めてもなかなか学生がわからない」とこぼす。

大学生の就職率が57.6%とかで「シュウカツ」が社会的に大きな問題になっている様だが、一方新卒の求人も100%以上あって、職業や会社の規模さえ選ばなければどこかへ就職できるはず、とニュースが報じている通りである。とするとミスマッチで多くの学生が無駄なエネルギーを費やしている事になる訳なのだが、彼らには社会の現実に初めて向き合って良い勉強になる一方、本業の学問の時間が削られるなど問題も多いようだ。

我々の頃は就職試験で会社に行って、多くの学生が控え室で待たされていても、飛び込みで入ってきた東大の学生だけは、「あ、東大の学生さんね、それでは別室にどうぞ」とまったく特別扱いで、さすが東大は違うと偉く感心したものであった。現在はそんな露骨な差別もないのだろうが、逆に『表向き』は平等主義に惑わされて就活を続ける学生が、実際には門前払いを受け続けているとすれば、それは社会全体では大きな不幸というものでないだろうか。

そもそも私が大学生だった昭和40年代は大学進学率は10数パーセントだったのだが、約半数が大学に進学する最近の世の中で、卒業生すべてを吸収するいわゆる大卒の仕事が、そんなにある筈はない。高等教育を多くの子供が受ける機会がある事は誠に喜ばしい事だが、大学生としての資質や能力に疑問を持たれる様な学生も含めて、60%近くが就職できている現実を見ると、新卒の就活が大騒ぎされるほどの事なのかなあ、と疑問を感じてしまう。

2010年11月18日 (木)

バスの道間違い

川崎市営バスが今年になってから何度か運行経路を間違い、問題になっているそうである。先日は溝の口駅南口発の梶ヶ谷行きバスが左折すべき交差点を右折し、元の経路に戻れず結局始発の溝の口駅に戻ったと報道されている。この辺りは良く知っている場所なので、運転手がどう勘違いしたのか、ふと興味を覚えて調べてみた。市バスの経路図によるとこの路線は溝23系統、溝の口駅を発車して隣駅の梶ヶ谷までの短距離路線で、日中は一時間に2便の運行、使用されるバスも小ぶりのローカル路線だ。

溝23系統の路線の途中には、温水プールや各種施設のある市民プラザがあって、街道からやや入った市民プラザに寄るのにバスは取り付け道路を入り、一旦構内をぐるっと廻って再び同じ取り付け道から街道に出る事になっている。報道によると43歳のバスの運転手は市民プラザで乗降の後、取り付け道路から街道に戻る際に左折して梶ヶ谷駅方面に行くべきところを、右折して溝の口の方へ戻ってしまったらしい。慌てて無線で営業所に連絡、左折を繰り返して元の道へ戻ろうとしたが、うまく曲がる箇所がなく結局始発の溝の口駅に戻ってしまったと云う。たしかにあのあたりは左折すべき左側に丘陵が迫り狭い坂道が多く、ワンマン運転で路線外のわき道にそれるのはかなり難しい地域ではある。

また勘違いの現場は、上り便も下り便も同じ取り付け道を往復するので、一日に何度もここを通る運転手は、うっかりすると出口で方向を間違う事もあろうか、と云う地点ではある。乗客の身になれば、せっかく乗ったバスなのに、振り出しの溝の口駅まで戻されてさぞや迷惑だった事だろうが、ただでさえ交通事情の悪化や乗客の老齢化で安全運転に気を使わざるを得ないバス運転手が、ふと何かに気を取られていたのだろうか。

そういえばアメリカで自家用車が修理中で使えぬ時に、メトロバスでオフィスに往復した事が幾度かあった。ある時フリーウエイの出口を間違えて出てしまい、乗客にここからどうやって目的地まで行ったら良いのか、相談しながら運行したバス運転手がいた。その時は「アチャー、間違えちゃったよ、どうしたら良いんだい」とばかり黒人運転手がすぐ後ろに座る通勤客の男性に声をかけると、毎日バスを利用していると見えるその男性が落ち着いて道を指示し、満員の車内も平然としたものだった。まあ、どの道を通っても広々としているアメリカ郊外だからこその話だが、取り付け道を出る際に勘違いしただけで、全国的なニュース種になる日本のバスの運転手は、気の休まる暇もないのだろうと、川崎市バスの運転手にいささか同情したのであった。

2010年11月16日 (火)

レーシック

妻は小学校4年生でかなりの近眼になって以来、ずっと眼鏡かコンタクトの生活をしてきたそうである。なので身体の何処かのパーツをもし取り替えることが出来たなら、迷わず「目」だと言うほど不便を感じていたようだ。その妻がレーシックの手術を受けるという。なんでもレーザーで角膜を削ると近眼が治るというものらしい。近年比較的ポピュラーになり、技術が進んで料金も以前に比べれば安くなったとは言え、保険はきかないし信頼のおける眼科で治療するとなると結構なお値段だ。しかも妻の「角膜の上面をペロっとめくって…」という手術のサワリを聞くだけでも気分が悪くなる私にとっては、目の手術などを簡単に受けると決心する事は到底考えられない。先日、義理の母の白内障手術につきあった私は、病院の待合室で流れる患者のためのビデオも、横を向いて見て見ぬふりをしていたというものである。

今のままで先伸ばしできるものを、お金を払った上に痛い思いをし、しかも何でリスクを背負うのか、そもそも親からもらった身体に傷をつけるのはよろしくない、と私は反対であったが「目がいい人に目の悪い人の気持ちはわからない。朝コンタクトを割ってしまった時の絶望感なんて想像もつかないでしょ」と、二人の妹が相次いで同じ手術を受けたのを見て、妻も踏ん切りがついたようである。その日帰り手術が先日あり、術後迎えに行ったが、目の保護用グラスもなんだか痛々しく「全体的にボワっとしててあまり良く見えない」と言っている。「でも全然痛くなかったし、先生も明日の方が良く見えるようになると言っていたから大丈夫」とあっさりしたものである。

さて翌朝目覚めると妻は驚きの声をあげている。「遠くのビルがあんなに綺麗に見えている」「台所からテレビが見える」「化粧をする時に顔が見える」と普段見えないものが一日のうちで視界に入ってきて、カルチャーショックをおこしている様だ。5インチのポータブルテレビが39インチになった様なものだろうか、もともと目が良かった私には想像もつかない劇的な変化であろう。夜になると「風呂場が隅々まで見える、ってことは露天風呂でも、外の景色がくっきり見えるね」「こんなに見える状態だとそろそろコンタクトを外さなきゃ、って思うんだけど必要ないなんて凄い」とまだ感動が続いている。喜ぶ彼女を見るにつけ「勇気をもって踏み出せば新しい世界が広がるものだ」と実感したのであった。

写真は術後の保護用メガネ
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2010年11月14日 (日)

平成の義賊

これだけ嘘を本当と塗り固める中国をみると、"盗人猛々しい”という言葉を思い出すが、いわれるところの南京虐殺などもこのやり方で、白を黒と言いくるめて来たに違いないと、改めて歴史の真相を見た思いがする。それにつけても、国民に明らかになった中国漁船の衝突ビデオをみて、「コツンとあたった」と言いつのった福島瑞穂や、「向こうが逃げまどって当たっちゃという事だ」という小林興起などのコメントを思い起こすと、本当にビデオが公開されてよかったと思う。そうでなければこういうインチキな政治家の嘘も見抜けなかったと、5管の海上保安官に感謝したい。

”平和の海”だの”東アジア共同体”だの”戦略的互恵関係”だのと云う「言葉遊び」はいい加減に止めにして、少なくとも日米の安全保障条約がいかに大事かが、今回の事件で国民にわかった訳で 「沖縄に海兵隊が要らない、第七艦隊で充分」(小沢)、「少なくとも県外」(鳩山)だのという民主党トップのコメントが、いかに妄言で空しいものだったか、実感できたというものである。法律的には衝突ビデオを流出させた海上保安官が処罰の対象になるのかもしれないが、心情的には平成の赤穂浪士たる彼の勇気に拍手を送りたいものである。

「中国にご報告申し上げる」と、どちらの国の政治家かわからぬ仙谷官房長官や、天皇の健康やスケジュールを考えず無理やり中国の習副主席との会見をごり押ししたり、議員団を引き連れて記念写真をとりに行った小沢一郎やその取り巻きの民主党議員団一人一人に、この一年の外交の中間報告を聞いてみたくなる。早く次の総選挙が来ないかと心待ちにするこの頃である。

2010年11月13日 (土)

サンセットシップウォッチング

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先日、船の科学館主催の”サンセットシップウォッチング・イン・東京港”ツアーに参加する機会を得た。これは、お台場の船の科学館前桟橋から水上バスに乗船し、豊洲や佃島を水上からぐるっとまわり、大井・青海のコンテナ埠頭に海上から近づいて、変わり行く東京のウオーター・フロントを観察すると云う船の科学館主催の企画である。当日は天気も良く、東京都公園協会が所有する観光船”こすもす”に200名あまりの参加者と共に乗船し、夕暮れが迫る東京港見学ツアーに出発したのだった。

このツアー、”こすもす”がもやいを放つと、船の科学館のタワーから出港を祝福する長声3発の汽笛と「ご安航を祈念する」U+W旗が掲げられ、本船も長声3発の汽笛で答礼するなどなかなか演出が凝っている。船内のスピーカーからは船の科学館の学芸員により、江戸時代から現在に至る東京港の発展や、出入港する各種の船舶の事など多岐に亘る説明が流れる。その解説はかなり専門的な事柄もあるのだが、分りやすく良く纏められていて、主催者の万端な準備と意気込みを感じさせる。

水上から東京という町を見ると、下町は江戸の昔から水辺を埋め立てて発展してきた場所だと、改めて認識する。至る所に建設された水門や倉庫を見ると、いまだに多くの川や堀が東京湾につながっている事が分るし、水運が江戸の物流の中心であった事が伺える。薄暮の空に聳え立つウオーターフロントの高層ビル郡やコンテナ荷役用のクレーンが間近に迫ると、東京の新たな息吹を感じるし、振り向けばスカイ・ツリーがその高さを増し、水辺の活性化がいよいよ期待できるのであった。

2010年11月10日 (水)

携帯依存

携帯電話がない昔は人との待ち合わせはもっと慎重だった。日付けや曜日・時間を何度も確認し、待ち合わせ場所も「 渋谷の八チ公の鼻の前1メートルあたり 」などと具体的だった。そういえば待ち人が来ない時は、駅の伝言板にチョークでメッセージを残したり、待ち人の呼び出しアナウンスなんてものもあった。呼び出しと云えば、女の子の家に電話すると、そんな時に限って父親が電話口に出て来て「あんた誰?娘に何か用?」などと、つっけんどんな対応で閉口したものだった。

今では携帯が普及して、そんな苦労も昔話になったが、米国の新聞(Seattle Post Intelligencer)によると、マイクロソフトの調査では、歩行中に携帯などIT機器に夢中になって転んだり、事故の危険を感じた人が多いとの事である。調査では成人の40%がトイレで携帯を使用した事があり、特にツイッターに熱中する若者は、IT端末が生活スタイルにさまざまに影響する度合いが大きい事が判ったそうである。

18歳から24歳の若者の64%は携帯電話を冷蔵庫の中やカウチ・クッションの下に置き忘れた事があると云うし、約半数の人が通行時に携帯を使用していて危険を感じ、1/4の人は大事なイベントの最中に携帯がなって迷惑したと答え、若者の1/5はトイレに携帯を落とした事があると云う。人々はいまや携帯を片時も手放せなくなってきて、そのうち花嫁が祭壇に向かう際にもE-MAILをチェックする時代がくるのではと、この記事は締めくくっている。洋の東西を問わず、携帯やIT端末への依存傾向はますます強まっている様だ。

2010年11月 9日 (火)

カーニバル・スプレンダー号の火災

メキシカンリビエラクルーズに就航中の”カーニバル・スプレンダー”(113,000トン)が、メキシコ西岸プンタ・サン・ジャシント沖でエンジンルームから火災を起こして、デッドシップ(航行不能)になり、タグなどで救出活動が行われているとUSA TODAYのウエブ版が大きく報じている。本船には乗客3229名と乗員1167名が乗船していたが、幸い怪我人もなく乗客はアッパーデッキに集合し、飲料水や食べ物も供給され最寄りの港に回航される手はずになっているという。

報道は11月8日(月)に発信されていて、本船は同日早朝ロス発のメキシカン・リビエラクルーズの最初の行程に火災を起こしたという。グーグルマップで調べてみると火災発生地点は本船の発航地ロングビーチからわずか135マイル南であるから、日曜日午後にメキシカンリビエラ・クルーズに出た本船は南航中の最初の夜に火事が起こったわけで、せっかくの浮き浮きとクルーズに出かけた多くの乗客は、最初の夜の寝鼻をたたきおこされた事になる様だ。

手許の資料でみると、”カーニバル・スプレンダー”はイタリアのフィンカンチェリ造船所で2008年に就航したばかりの新鋭船なのだが、こうしてみると新しいから安心という訳でもない様である。そういえば2007年暮れのグアム・サイパンクルーズの際、荒れる北太平洋の真ん中で我々が乗船した”飛鳥Ⅱ”も二度ほどエンジンがストップして数十分ほど漂泊した経験があった。その時は陸地からも遠く、船は揺れるままになっていたものの座礁の恐れはないので、怖さは感じなかったが、船舶の事故で怖いのは衝突の他、火災とエンジン停止(デッドシップ)である。火災の恐ろしさは想像がつくものの、エンジンが停止して船が波浪のままに漂泊し座礁する事は、最も危険な事象の一つである事は洞爺丸事件をみても良くわかる。

クルーズに参加すると初日のルーティンとして、乗客全員が強制参加させられ救難訓練が行われるが、これもクルーズのイベントなどと考えず、まじめに取り組まなければいけないものだと、”カーニバル・スプレンダー”の火災報道を見て感じさせられた。

2010年11月 8日 (月)

世界の宗教事件史

河出ブックスの新刊「教養としての世界宗教事件史」島田裕己著を読んだ。この前、東京のお台場ビーチで、アラブ系の男性数人が夕方ベンチの上に座り、夕陽の方向(多分メッカの方)に向かって礼拝をするのを見て、日本にも遂にイスラムの世界がやって来たかとびっくりしたものであるが、かねてからユダヤ教、キリスト教やイスラム教など一神教の独特の世界に興味を持っていたので、宗教がこれまでの歴史とどう関わりあっているのか、書店の店頭で新刊のこの本を見て興味を持ったのである。

この本はピラミッド建設やゾロアスター教の世界、一神教の誕生、十字軍、宗教改革から最近のイスラム革命まで、宗教と歴史の関わりを大胆かつ横断的に紹介しているのだが、一読してみると、現在の世界の様々な対立が、宗教にいかに根ざしているのか理解できて面白い。宗教の歴史と言えば一神教か多神教かの分類とともに、一元論(最終的に神の勝利を予言する世界観)か二元論(善と悪が並立する世界観)かの論争があって、「なぜ神があるのに悪がはびこるのか」という様な命題が、永い間議論されて来た事など、私の様な宗教の門外漢が知らなかった事実を教えてくれる。

この本によると、キリスト教と仏教は、世俗の価値より出家に意味を置く事、偶像崇拝や聖人崇拝をある程度認めて多神教的な側面を持つ事、穢れの概念をもたない事など、幾多の点でとても似ていて、世界の他の宗教とは一線を画すそうである。また近世以後、プロテスタント国で経済が発展し、カトリック国で経済が停滞した事などを知ると、宗教の意味や教えが経済にも深く結びついている事に驚く。中東のニュースを見るにも、西欧の美術を鑑賞するにも、宗教的な由来とその歴史がいかに大切なのか、本を読んで改めて考えさせられた。

2010年11月 5日 (金)

仏果山

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昨日は東丹沢の仏果山に山歩きに行った。これからは暇な時間がたっぷりありそうなので、ふたたび山歩きをしたいと思っていたのだが、なにせ山などは20年以上行っていない。登山靴や山用のストーブなども、これまでの幾たびかの引越しの際に一切捨ててしまったので、先日神保町の登山用具専門店に行って、登山靴や雨具を買ったのだった。で、昨日はその登山靴の試し履きと、一体全体、登山用の体力がどの位残っているのか、山好きの旧友に頼んで足慣らし的コースに案内してもらった。

仏果山は高さが747米と低く、歩く時間も4時間ほどで、登山道も良く整備されているから足慣らしには適度なコース。それでもロープ伝いの崖や痩せ尾根もあってちょっとした山歩きの気分も楽しめる。昨日は天気に恵まれ、本当に久しぶりに山道を歩いていると木漏れ日が気持ちよく、鳥の声もにぎやかで、山の空気に心が洗われる様な気持ちになる。急な登りや下りの登山道を歩いていると、町中では経験できない動作も必要で、筋肉だけでなくバランスをとる神経細胞なども活性化してしている様で気持ちよい。稜線では、麓の町の工事の音やサイレン音などが山肌を這い登ってきて、「これこれ、この感覚が山歩きだよな」などと嬉しくなってくる。

心配した新しい靴も足に良くあっている様だし、少々の山道ならまだ十分登る体力もある事がわかり、今回のテストの手応えは上場。これなら今後だんだん本格的な山歩きを再開しても問題ないだろうと感じたのだった。下山して麓の温泉で体を流し、友と新宿に出て酒を酌み交わせば、昔登った山の事や旧友の話題に花が咲き、ついつい時間を忘れて飲みすぎてしまった。で、今日は太ももの筋肉痛に加え、二日酔いのダブルパンチで仕事をしているのである。

2010年11月 3日 (水)

鉄道博物館

野球の早慶優勝決定戦に行ったが、8割位が守っている感じの試合には疲れた。なので今日は先日訪問した大宮の鉄道博物館の事を思い出し、今日の疲れを忘れたい。

さてその鉄道博物館だが、神田万世橋の旧「 交通博物館 」から移設され、「 鉄道博物館 」という鉄道に特化した博物館になったからには、それなりに専門的でマニアックな施設に変貌している事を期待しつつ入場した。しかし建物は立派になり、多くの展示車両も良く整備されているものの、総じて子供目線の展示の様だ。鉄道がシステムとして安全をどう担保してきたか、車両や台車の構造がどう変遷したか、保線の技術、鉄道の歴史や社会的役割などがどうであったか等など、いわゆる大人の鉄道ファンが”目からうろこ”とばかり楽しむには、専門的な展示や資料が少なすぎ、かつ突っ込みが足りないと思った。

そもそも、ちょっとした専門的質問に答えられる係員が会場に見当たらず、どこも子供に占領されたディスプレイを見せるだけでは、”鉄道博物館”でなく”鉄道車両展示児童館”ではないか、と不満を感じる。私などは新しい知識を吸収しようとノートや筆記具まで持参したのだが、鉄道ファンなら誰もが知っている様な事が簡単に解説されているだけなので、結局メモはしないで帰ってきたのである。唯一なるほどと思った展示が、近代的台車のキーポイントになる”たわみ継手”と呼ばれる部分の簡単な模型であったが、ここも子供のおもちゃになっている有様である。

子供が楽しめる博物館を目指す事は良いのだが、これだけのカネをかけスペースも潤沢にあるのなら、大人の鉄道ファンも満足させる別の展示が同時にあっても良かったのではないか、というのが今回の感想である。博物館脇を走るJR大宮工場の線路を利用して、電車の車窓から普段見えるさまざまな鉄道標識を展示したり、大人のファンが参加できる催し、たとえば碓井鉄道文化村で行っている様な実車の運転講習などを企画できないだろうか。そういえば、先年せっかく大枚をはたいて講習を受け、運転免許をもらった碓井鉄道文化村に動態保存されたEF63に急に乗りたくなってきたが、今年の野球の応援も今日で終わったので、休日には時間ができていろいろ行けると負け惜しみの夜なのである。

<カルダン駆動の仕組みの模型はたわみ継手の働きが簡単にわかって興味深い>
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2010年11月 2日 (火)

渡辺淳一'sワールド

妻の親戚一同で熱海の高級旅館に行った。なにしろ高級旅館であるからして、夕食や朝食は食堂でなく仲居さんが部屋に運んでくれる。温泉にゆっくりつかり、皆で季節の料理に舌鼓をうっていると、義妹が 「 ちょっと、ちょっと、お義兄さん、寝室見た? すごい事になっているよ 」 と騒いでいる。とにかく高級旅館ゆえ、各部屋がまるで和風スイートの様な広さで、部屋専用の檜風呂やトイレがあるのは勿論の事、食事をする部屋と寝る部屋が分かれていて、食事の間にいつの間にか寝室では夜具の準備が整っていた様である。

という事で、ふすまを開けてほのくらい照明に浮かぶ寝室を見ると、まず脳裏に浮かんだフレーズが「わおー、渡辺淳一のめくるめく夜の世界!」である。「 東京で接待を終えた財界か政界の重鎮が新幹線のグリーン車で熱海の高級旅館にかけつけると、部屋には寝化粧を整えた人妻が待っていて・・・、」等と言う妄想が湧いてきて、エもいえぬ淫靡な雰囲気、さすが熱海の高級旅館である。

「 しかし接待でアルコールが廻って体が云う事が効かないその爺さんは、結局何もできずにモンモンと夜が明け、しかたなく早暁一人で散歩に出れば、目の前の崖の散歩道でころんで捻挫し浮気がばれ、会社も家も大騒動・・・」なんてのが現実だ、 などと勝手にストーリーを考えている間もなく、こちらも爆睡してしまい淫靡な寝室どころではなかった一夜であった。

翌朝、会計の際にロビーに立ち寄ると渡辺淳一の文庫本が販売されていて、この旅館は彼の 「 うたかた 」 という小説の舞台になって、映画の撮影も行われたというから、私の妄想も結構ツボにハマっていた事がわかった。うれしくなって 「 失楽園 」 だとか 「 愛の流刑地 」 だとか渡辺淳一の小説を盛んに連呼していたら、義妹たちから 「 お義兄さん、不倫がそんなに嬉しいの? さっきからそればっかり 」 とすっかり顰蹙をかった熱海の高級旅館紀行であった。
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2010年11月 1日 (月)

50年ぶり早慶優勝決定戦

よもやと思われていたが、早大のドラフト一位三投手を連勝で打ち崩して、慶應が早慶戦で早稲田に勝ち点を挙げた。これで早慶とも8勝4敗の勝ち点4で並び、11月3日は早慶による優勝決定戦となったが、早慶で決定戦を戦うのは昭和35年以来50年ぶりの事だそうである。その昭和35年の早慶戦と云えばあの伝説の早慶6連戦になるのだが、改めて早慶によるその死闘を思い起こす。

昭和35年(1960年)の秋のリーグ戦は、早慶戦前に慶應が8勝2敗の勝ち点4、早稲田が7勝3敗の勝ち点3、慶應が早慶戦で2勝1敗でも勝ち点を挙げれば優勝という状況であった。慶應投手陣は清沢(岐阜商)角谷(宇治山田高)三浦(秋田商)丹羽(北野高)と揃い、早稲田は安藤元博(坂出商)と金沢(岩国)の2枚看板で投手の数では慶應が有利、打撃では慶應が後に阪神監督になった安藤統夫(土浦一)や渡海(芦屋)巨人に行った大橋(土佐)、早稲田は国鉄で活躍した徳武(早実)などで、戦力からすると慶應が1敗しても勝ち点を挙げるであろうというのが大方の下馬評であった。

ところが早慶戦は弱い方が勝つという伝説通り、安藤元の活躍で2勝1敗で早稲田が早慶戦を制し、ともに9勝3敗の勝ち点4ことなり優勝決定戦を行う事になる。優勝決定戦は11月9日に行われ、安藤-角谷の投げあいで延長11回引き分け。当時の神宮球場は夜間照明設備がなく、日没で試合続行不可能になったのだった。優勝決定戦再試合は11月11日に行われ、角谷・清沢とつないだ慶應に対し、早稲田はまた安藤が投げて延長11回まで0対0の投手戦が続いた。延長11回裏の慶應は無死満塁のチャンスで渡海が外野フライを打つものの、弱肩と云われた早稲田の井田の信じられない様な奇跡の好返球で安藤統が憤死してまたも引き分け。

当時はプロ野球より強いと云われ、連日超満員の神宮球場で行われた早慶戦だが、もつれにもつれた通算第6戦は翌12日に安藤元博の超人的な連投により、遂に早稲田が優勝したのが「伝説の早慶六連戦」である。こう見てくると50年前の早慶決戦と何やら状況が似てくるではないか。何しろプロから一位指名された3人の投手を擁して強いと云われた早稲田、それにくらいついた慶應、夜間照明が整い、日没引き分けこそなくなったが、50年前の早稲田と今の慶應の状況がダブって逆転優勝の予兆を感じるのは慶應サイドの戯言だろうか。優勝決定戦が予定される11月3日の天気もよさそうだし、満員になるかもしれない神宮球場の切符を、早くも手配する夕方であった。

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