« 味噌バーグ | トップページ | がてまら丸 »

2010年10月23日 (土)

宮本輝 「錦繍」

書店で宮本輝の「錦繍」(新潮文庫)をふと手にして、購読してみた。長編が多い宮本輝の作品の中では、比較的コンパクトで読み易いと思い、週末に読むには手頃かと考えたのだった。「錦繍」は、不倫相手の心中に巻き込まれて瀕死の重傷を負った男と、その事件によって別れた妻が長い年月を経て偶然再会し、その後二人の間で往復する手紙が作品になった書簡体の小説である。書簡体の小説の代表作といえば、たしか夏目漱石の「こころ」がそうだったと記憶するが、事件を巡って真相を明かしつつ、一人称で物語を展開する事によって、ダイレクトに読者を納得させながら心の内面を表現していくのに、手紙を使うというのはなかなかうまいやり方である。

幾度も往復する二人の手紙のなかでは、心中事件の経緯や過去のバックグラウンド、そしてその事件で離婚した二人が、その後どう生きて来たかが縷々語られる。事件により堕落しデカダンスの人生を送る男と、再婚相手との間に生まれた子供が障害をもつ女、二人が手紙で人生を振り返る中で、人間のエゴや孤独、もって生まれた「業」や生と死の問題が語られて行き、読み手にいつの間にか生きる意味を考えさせる展開となっていく。週末用に買った本を金曜日の夜に読み始めたら、一気に作品に引きずり込まれ、土曜日を待たずして読了してしまった。

宮本輝の作品で最近読んだものは「にぎやかな大地」についで、これが2作品目である。若い頃、彼の作品を読んだ事があったものの、当時は平板に思え余り印象に残らなかった。それが数年前、たまたまNHK教育テレビで「人間の業」について語る氏のインタービュー録画を見て興味を持ったのが、「にぎやかな大地」を読むきっかけだった。予想にたがわず彼の心の遍歴からつむぎだされるこれらの作品は、”時間”が持つさまざま側面を語りつつ、過去が現在にどう反映し未来に投影されるのか、”実存的”とも云える人間の根源を説いている様に感じさせられる。その”実存”という問題が、おだやかなストーリー展開の中に様々に散りばめられていて、読んでいると作中の人物がわが身に重なったりして、ちょっと考えさせられるのが宮本輝の秀逸なところではないだろうか。若い頃には感じなかった宮本作品のキモが少し理解できたかもしれず、「ああ俺も無駄に馬齢を重ねてはいないのか」とちょっと安心するのであった。

« 味噌バーグ | トップページ | がてまら丸 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 味噌バーグ | トップページ | がてまら丸 »

2019年6月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想
無料ブログはココログ