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2010年8月 1日 (日)

百田尚樹 永遠の0(ゼロ)

久しぶりに後味のさわやかな小説を読んだ。百田尚樹の「永遠の0(ゼロ)」講談社文庫である。「2009年最高に面白い本大賞第1位」との帯もあながち誇大広告とはいえないと感じた。物語はゼロ戦を操って先の大戦を生きぬいたものの、終戦直前に特攻で亡くなったパイロットの孫である姉弟が、多くの戦友を訪ね祖父の生きざまを聞き出すという設定になっている。今まで何も知らなかった祖父の事を探るにつれその驚くべき実像が徐々に明らかになるのだが、読者も毀誉褒貶の差が激しい主人公である祖父の、本当の姿を知りたくて物語の展開にぐいぐい引き込まれていく。

超人的な操縦技術を持ちながら「生きて帰る事が大事」と広言し、戦場では不要な戦いを避け、当時の理不尽な軍隊のやり方に時には批判的であった主人公は臆病者であったのか。彼が守ろうとしたものは何なのか、戦友たちの証言にその伏線がちりばめられ、物語の終盤に仕掛けられた展開に読者はあっと驚くのである。作者は戦友の証言という形をとって、兵隊を消耗品としてしか扱わずロジスティックを無視した旧軍隊を痛烈に批判する一方、朝日新聞の記者と想定される姉の恋人を登場させ、散々戦争をあおったあげく戦後は手のひらを返した大新聞や、戦後の薄っぺらい平和主義に強く不快の念を示している。

私が常々感じている事は、現在の視点で旧軍隊や明治憲法下のさまざまな行動を批判するだけにとどまらず、近隣の国に謝罪をすべしと主張する人たちの心の貧しさや想像力の欠如である。帝国主義の時代に日本があの道をとらなければ一体その後の日本はどうなっていたのであろうか。もちろんその過程で不足したり行き過ぎの行為が多々あったであろうから、その事を検証する事は日本人としては大切であろうが、中国や韓国を念頭において謝罪と反省を迫る自虐史観をもったメディアや政治家には驚くばかりである。

「永遠のゼロ」は戦争の不条理を描きつつ、われわれの祖父や親の代が今の人となんら変わらないセンチメントを持っていた、いやそれ以上の”愛”を持っていた事を示そうとしている様だ。我々と同じ心を持ったかつての日本人一人一人の兵士がいかに戦ったのか、下手なドキュメントより命の重さを浮き立たせてくれる素晴らしい小説であった。この作者に注目だ。

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