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2010年5月15日 (土)

春の小川はどこにある

妻が会社帰りに”東京ぶらり暗渠探検”というMOOK本を買ってきた。都内を歩いていると、ここはかつて川が流れていたに違いないという場所が沢山あって、江戸時代や明治時代の地図を確かめたくなる事がよくある。例えば市ヶ谷の防衛省前あたりの靖国通りは、川底を通りにしたものに違いないと思われるし、文京区の千石通りは旧小石川に沿って通じたと考えられる。武蔵野台地が江戸前の海に注ぐ場所に発展した東京の町は、隅田川と多摩川の大河川に囲まれた地域に、かつて多数の中小河川が流れており、いまやそのかなりの部分が、コンクリートで蓋をされ暗渠化しているのである。

先にアップした事があるが、私は東京の地下に何が建設されているのか大変興味があって、例えば市ヶ谷と飯田橋の外堀の地下にあると云われるメトロの車庫も見てみたいし、霞ヶ関あたりの地下鉄の壁の向こう側に、どういう建築物があるのか調べられないものかと思っている。そういう興味の一環で、かつて東京を縦横に流れていた水系は、今どこへどう通じているのか、暗渠探検という本の題名に惹かる。

さっそくこのMOOK本を一覧してみると、やはりそうかと云う幾多の消えた河川と共に、あらたに目を見開かされる場所も多い。樋口一葉など多くの文人が住んだ本郷の菊坂は、東大から流れ出た小川のヘリに通じた坂であるとか、渋谷西武のA館とB館の間の井の頭通りも渋谷川支流の宇田川跡だったという記事にあらためて驚く。こうしてみると、日頃なにげなく通っていた場所のあちこちにかつては川がながれ、その多くが暗渠になっている事を認識するのである。

唱歌”春の小川”は、作詞家・高野辰之が渋谷区内で作ったと云われているが、これはどうやら代々木公園の西側をかつて流れていた河骨川( コウホネ川 )を舞台に書かれたらしい。コウホネが土手に咲いていたので川の名がついたとか、残念な事にコウホネ川は東京オリンピックの前に暗渠になってしまった。現在の東京は下水道も完備し、汚水は別系統で処理できるのではないだろうか。もう一度、暗渠になっていた中小河川を地上に導き、せせらぎの土手でそぞろ歩きできる様な、都市計画がたてられないものだろうか。”東京ぶらり暗渠探検”を眺めながら思った事である。
20100515

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