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2010年2月25日 (木)

暴走老人

芥川賞作家・藤原智美の「 暴走老人 」( 文春文庫)が面白い。最近は若者が大人しく礼儀正しくなっているのに対し、老人があちこちでキレているのを良く見かける。今日も会社の近くの歩道で、ごく普通に対向して走って来る若者の自転車に対し、はるか手前から「コラ! あぶねー、アブネー」と怒鳴っている老人を見たが、そこは自転車も走れる様にはっきりと表示もされている場所である。私がその自転車だったら「アブネーのはオマエだ、ウルセーこのジジイ」と言いかえすところだろうが、若者は何も聞かなかったかの様に脇を通り過ぎていった。

そういえば飛行機の機内でも、一番しつこくスッチーにクレイムを繰り返しすのは、ビジネスクラスのシニアー層の様だ。今ではデパート・金融機関・乗り物・病院・学校など社会のあらゆる場所で、暴走老人に手を焼いているそうだが、本来は分別ざかりのシニアーがなぜキレ易いのか、この本は時間的・空間的概念から、なかなか興味深い考察を加えている。

「 暴走老人」によると、無駄を排除しようとする現代人の時間的感覚が、他人に邪魔されたり予期せぬ遅延に合った時、それをひどく苦痛に感じさせるという。またネット社会の出現や地縁・血縁の希薄化した社会が、老人を取り残し孤立化を深めているとも考えられる。町ではスタバの様な新しいスタイルの店が増えるとともに、昔ながらの純喫茶がなくなり、コーヒーを飲むにも新しいシステムに慣れなければならない。ファミレスやコンビニのマニュアル化された笑顔は、現代人の持つフラジャイルな内面性や人間関係を覆い隠すのだが、これらの表面的なスタイルはややもすると簡単に本来の姿を露呈させ、キレルという現象で本質が現れてくると云う。

確かに自分の身に置き換えれば、本書で指摘された通りなぜか年齢と共に気難しく頑固になり、自分が考えている規範に外れた行為に対しては、不寛容になりがちである。私などは子供の頃から気が小さい癖にやけに正義感が強く、やたら喧嘩早かったのだが、年齢を重ねるに従い肝心の正義感は自分の理屈の中に埋没し、けんか早いと言う悪い面だけが残っていく様でもある。自分の怒る理由は往々にして世の中の常識とかけ離れている、自分の論理は”へ理屈”に近いと思っていると丁度暮らし易いのかなあ、とも考えるのである。

暴走老人を見た感想は ”そういえば、私の事か、この本は”。

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