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2010年2月

2010年2月27日 (土)

その後のこと

普天間基地を巡る迷走が相変わらず続いていている。社民党は阿部知子氏の私案として、無人島を暫定的に提供したらどうだなどと、お得意の思いつき案を述べているが、党の見解ではなく、もともと医師で安全保障の素人である阿部氏の私案などを発表をするところに、この問題の行き詰まりと、相変わらず野党的な体質や姑息さを感じて笑ってしまう。国民新党はキャンプシュワブの陸上部分に滑走路をつくれと言うが、周辺地区の代表者がそれには絶対反対と表明している様で、普天間をめぐる与党3党の対応は、もう支離滅裂で収拾がつかない様に思える。

時間をかけている間に、沖縄の議会では県外移設の決議がなされたそうで、寝た子をおこした鳩山政権は誠に罪深いと言わざるをえない。為政者たるものポピュリズムにながされず、国益を追求してもらわなければ多くの国民が困るのであるが、そういう自覚がなく目先のリップ・サービスばかりがこの政権の特徴。何でも鳩山氏のスタンフォード大学での研究論文は、大変素晴しい出来と云うが、その内容は「人間はもっとも直近に話した人の影響を受け易い」と云う事を、理科系の立場から分析してものだそうである。世の中に出たことないおぼっちゃま鳩山氏は、自ら書いた論文通りの行動をとっている様に思われるが、イヤハヤ大変な人を我々は総理大臣に戴いてしまった様である。

一方の小沢幹事長も若くして田中角栄の書生になり、実社会の経験が全くない様だが、それゆえ権謀術数や選挙戦術には大変たけているものの、一緒に仕事をした仲間もおらず、敵か味方かの様な二者択一的考え方に陥り、信頼や友情に基づく人間的な懐の大きさがない、と文芸春秋に論評されている。この人が作った政党がこれまでほとんど分裂したり解散した事を見ると、この指摘は正鵠を得ていると思う。

さて、このまま灰色・小沢がどこまでも居座り続ける一方、5月末の普天間問題デッドラインには沖縄県民や社民党から約束違反だと大混乱が起きると考えると、夏の参議院選挙は民主党の自滅が必至の様である。自民も駄目となると既存政党が国民の要望の受け皿にならない時、えてして新興宗教や極端な主張をする勢力が伸張するものである。そろそろ民主党後がどうなるのか、その辺の事も我々国民は考えた方が良いようだ。

2010年2月26日 (金)

東京マラソン応援

いよいよ日曜日に迫った東京マラソンに出場する義弟・妹の応援スケジュールに頭を悩ませている。都内数箇所を地下鉄を使って先回り応援するのだが、各5キロを25分で走る予定の弟を応援した後、32分半で走る妹を見送ると、レース後半では弟の次の予定地点に先回りできなくなってしまう。とにかく当日の沿道はものすごい人出で、道路も交通規制で横断もできなくなるから、地下鉄の出口を一つ間違うとランナーの波に近寄れない事になりかねない。なので地下鉄の経路図や出口案内を丹念にチェックし、エクセルの表をこさえて応援計画を作らねばならない。

予定としては、新宿のスタート地点で付き添った後、都営新宿線で3キロ地点、靖国通りの曙橋へ。ここで2人を見送ったら、新宿線→三田線と乗り継ぎ御成門下車。ここ日比谷通りでは、12キロ地点と品川で折り返して来た18キロ地点の両方、計4回の応援が出来るので便利である。で近くの大門駅から大江戸線で蔵前28キロ地点へ向かうのだが、蔵前では2人の差が45分になっていて、後ろの妹を待つと次に弟を応援するポイントに到達するのが遅れてしまう。どう応援ポイントを設定したら、なるべく一箇所で二人を揃って応援できるかなど、地下鉄の地図や東京の区分地図を動員して首っ引きで予定を作るのだが、後半になってくるともうパズルの様でもある。

その前に、マラソンは予想もできない事が起こるものだから、せっかく綿密な応援予定表をつくってもラップ通り2人が現れるかは賭けの様なものだ。そうは思うも蔵前の次は浅草線→有楽町線と乗り換えて月島駅で応援、最後は有楽町線の豊洲駅からゴールのお台場まで道路の反対側を伴走してみようか、などとこちらもだんだん気合が入ってくる。しかし走る本人達を肴に、こうして気楽にああでもない、こうでもないと応援スケジュールを作るのも、旅の計画プランニングのようで面白い。走らない人まで楽しめるとなると、マラソンは一粒で何度もおいしいものだというのがわかったが、あとは当日、雨が降らない事を祈るのみだ。

2010年2月25日 (木)

暴走老人

芥川賞作家・藤原智美の「 暴走老人 」( 文春文庫)が面白い。最近は若者が大人しく礼儀正しくなっているのに対し、老人があちこちでキレているのを良く見かける。今日も会社の近くの歩道で、ごく普通に対向して走って来る若者の自転車に対し、はるか手前から「コラ! あぶねー、アブネー」と怒鳴っている老人を見たが、そこは自転車も走れる様にはっきりと表示もされている場所である。私がその自転車だったら「アブネーのはオマエだ、ウルセーこのジジイ」と言いかえすところだろうが、若者は何も聞かなかったかの様に脇を通り過ぎていった。

そういえば飛行機の機内でも、一番しつこくスッチーにクレイムを繰り返しすのは、ビジネスクラスのシニアー層の様だ。今ではデパート・金融機関・乗り物・病院・学校など社会のあらゆる場所で、暴走老人に手を焼いているそうだが、本来は分別ざかりのシニアーがなぜキレ易いのか、この本は時間的・空間的概念から、なかなか興味深い考察を加えている。

「 暴走老人」によると、無駄を排除しようとする現代人の時間的感覚が、他人に邪魔されたり予期せぬ遅延に合った時、それをひどく苦痛に感じさせるという。またネット社会の出現や地縁・血縁の希薄化した社会が、老人を取り残し孤立化を深めているとも考えられる。町ではスタバの様な新しいスタイルの店が増えるとともに、昔ながらの純喫茶がなくなり、コーヒーを飲むにも新しいシステムに慣れなければならない。ファミレスやコンビニのマニュアル化された笑顔は、現代人の持つフラジャイルな内面性や人間関係を覆い隠すのだが、これらの表面的なスタイルはややもすると簡単に本来の姿を露呈させ、キレルという現象で本質が現れてくると云う。

確かに自分の身に置き換えれば、本書で指摘された通りなぜか年齢と共に気難しく頑固になり、自分が考えている規範に外れた行為に対しては、不寛容になりがちである。私などは子供の頃から気が小さい癖にやけに正義感が強く、やたら喧嘩早かったのだが、年齢を重ねるに従い肝心の正義感は自分の理屈の中に埋没し、けんか早いと言う悪い面だけが残っていく様でもある。自分の怒る理由は往々にして世の中の常識とかけ離れている、自分の論理は”へ理屈”に近いと思っていると丁度暮らし易いのかなあ、とも考えるのである。

暴走老人を見た感想は ”そういえば、私の事か、この本は”。

2010年2月24日 (水)

風が強く吹いている

ブリスベーンからの帰途、機内の映画で箱根駅伝に賭ける若者達を描いた映画 ”風が強く吹いている” を見た。以前から結構面白いと言われていた様だが、やはり経験者の身からすると、どうせ嘘っぽいオハナシだろうと映画館など行かなかったのが事実。しかし長い道中、他にする事もなく何となく個人用テレビでこの映画を選択してみると、結構お話に引き込まれ結局エンディングまで見てしまった。

というのも、映画作成には関東学連の全面的協力があるようで、スターターでピストルを撃つ役に青葉元大東大監督が出てくるし、エキストラの選手たちが、本物の陸上部らしく走り方も臨場感たっぷりなのである。学連の長距離走記録会の場面などが幾度となく画面から登場すると、「 ああ、俺も良くこの記録会に出たな 」と若い頃の事を思い出し、なかなかクロウトっぽい目線で映画が撮られている事を感じる。

ただ素人同然のランナーを集めて1年で箱根に出るという筋書きは、箱根駅伝の現状をみるとやっぱり”映画のお話”になってしまう。しかし、もしこの映画が我々が走っていた頃、すなわち1960年代終わりから1970年代半ばの時代設定なら、それは結構リアルなハナシとして見られたかもしれないとも思う。というのも当時は予選会を突破するには、各チーム上位10人の5000米の走力が15分30秒平均ならボーダーライン上だったからである。(今は10人の平均が14分半のレベル)

作品に描かれている様に、ハイジとカケルという高校時代トップクラス(多分記録的には14分そこそこか)の2枚エースがいれば、あと6人は15分30秒クラス、チーム下位の2名が16分台だったとしても平均は15分半以内となり、その当時なら予選突破も可能だったに違いない。ハイジとカケル以外が仮に映画の様に素人同然でも、鍛え方によってはこのレベルは到達可能だから、筋書きの様な展開もあながち現実味がない訳ではない。事実1950年代頃までは、ラグビーやフィールドなど他の種目の選手もけっこう箱根駅伝を走っているのである。

そんな訳で、私にしてみるとこの映画の設定が現代の高速化された箱根駅伝でなく、我々の頃の予選会を描いたものならば、もっとリアルでウソっぽくなくて面白かったのにと感じたのであった。それにしても映画では、予選を突破したチームが本選10位に入って来年のシード権まで得てしまうのだが、4年生が多くいるものの弱小のこのチームで、どうやって来年いきなり本選を走る選手を確保するのだろうか? 彼らの活躍を見て急に有望な新人が大量入学してくるのだろうか?それとも、選手みな学連登録はこれまで行なっておらず、来年は留年でもして同じメンバーでまた走るのだろうか? 映画ながらこのチームの「 その後 」の方がもっと心配になってしまうのである。

コーチ 2010-02-24 22:49:48
日曜日は、追い風が強く吹いてくれ。それにしても、二人のタイム差と移動場所がパズルのようで・・・・。


アオタケの住人 2010-02-24 22:41:30
あはは・・・!

兄上もついにご覧になりましたか…!!

東京マラソンが終わったら、小説をお貸しいたしましょうか?(現在、モチベーションUPの為、5回目の風を吹かしております!)

なにぶん、こちらも素人なもので・・・(照)

2010年2月23日 (火)

消費税を引き揚げよう

今日の日経新聞は、”経済教室”(執筆・竹内淳一郎・日本経済研究センター主任研究員)とコラム”一目均衡”(編集委員・前田正孝)ともに、経済から活力を奪う鳩山政権の無策を批判し、経済の活性化に努力せよと提言している。一読してその通りと思わずひざを打つ。

”経済教室”では、現在は企業・家計・政府の三すくみ状態だとし、まず消費税引き上げに向けた政治決断が必要だとする。これまでの所得税や法人税に依存した歳入体質を脱して、消費税を引き上げこれを原資に年金不安や法人税の引き下げをすれば、経営者には投資を、家計には消費を促す事ができようと云う。”一目均衡”では、郵貯の限度額引き上げや、証券軽減税率の廃止などの最近の鳩山政権の「投資から貯蓄へ」の逆コース経済政策を批難し、低成長と財政悪化の悪循環を断ち切れと説いている。

マニフェストにしばられ消費税を4年は上げないとしている一方、選挙の票対策でバラマキを続ける現政権は、どうやら予想したとおり、財源不足を所得税や配当課税アップ(軽減税率廃止)によって、僅かでも切り抜けようとしているようだ。これなら「金持ち優遇」の批判も少ないだろうと、いかにも民主党の連中の考えそうな事だ。そういう弥縫策を続けるうち、企業や資金は海外に逃避し、競争力と活気を失った国家になる事が自明と思われる。

世界のほとんどの先進国で日本より高い消費税を徴収しているのに、なぜ日本ではそれが出来ないのか?いやその前に公共事業は本当に悪なのか、経済格差は広がっているのか、小泉改革で地方が疲弊したのか、農業対策をこのまま続けてよいのか。民主党が真の改革政権なら選挙の票を買うような衆愚政治を改めて、色メガネを外して現在の経済を一から検証して欲しい。

豪州のホテルでは、かつてシャープやパナソニック製だった液晶テレビは韓国メーカーのものになっており、NHKの海外放送の代わりに中国の放送が流されていたのだが、今のまま民主党が社会主義的バラマキを続けて行くと、日本経済はますますしぼんでいきそうに感じ、ひたぶるにうら悲しかったのだった。

2010年2月22日 (月)

ハーフ・パイプ?

最近のクルーズ船はネットはつながるものの接続料は結構な値段だし、衛星で送られてくるテレビ放送もあちらのものばかりなので、この10日間は世情に疎くなっていた。帰って来ると、この間スノーボードの選手の服装や態度がおかしいと話題になっているそうだが、そもそもハーフ・パイプなるものがオリンピックの競技に相応しいものなのだろうか。このハーフ・パイプ競技は従来の体協加盟の各スポーツ種目とは違って、私には多分にアウト・ロー的なものに思えるのだ。

彼らは他の競技の様に、中学や高校時代に部活のルールに強制されたりする事を、良しとしなかった子供達ではなかったのだろうか。コーチや監督の指導のもとで努力させらりたり上下関係に縛られる事などは嫌いに見え、それゆえにハーフ・パイプというものを選んだのではないのかと、思うのである。そんな自由な遊びの要素を持った性質の競技が、たまたまオリンピックの種目になってしまったので、彼らは選手に選ばれて、さあ国の代表だ、ちゃんとしろだと言われても、とまどうばかりなのかもしれない。もともと強制とかルールなどが嫌いだからハーフ・パイプをやっているのだろうから。

何もオリンピックでこんな競技をやらなくとも、彼らのスタイルやテーストに合った世界の仲間が自由に集まって、スポンサーを見つけて世界選手権でも何でも大会を開けば良いのであって、「こんなのまでがオリンピック?」と思うような種目までオリンピックに入っている事に私などは驚くのである。もうオリンピックの商業主義による肥大化はうんざりで、夏の大会で言えば東京・冬では札幌大会あたりのコンパクトで伝統的オリンピック大会を楽しみたいと私などは思ってしまう。

2010年2月20日 (土)

北の東

クルーズ船から降りブリスベーンのホテルに一泊して、あす日本に帰る。ホテルのバスタブに入ると、まだ水面が揺れている様で、今日はクルーズの余韻が身体に残っている様でもある。船上でも見かけたが、ここブリスベーンでもオージーの間では日本の漢字をプリントしたTシャツがはやっていて、”富士山”とか”大阪”とか地名をプリントしたものから、”愛・夢・力”などの漢字がプリントされているTシャツもある。

実は、船の中で”宿業”と背中に大きくプリントしたTシャツを着ている結構よい年をした男の人がいて、ビュフェの列でずっと私の前に立っているので、よせば良いのに「その意味知っている?」とおせっかいな声をかけてしまった。なにせクルーズ船は一度乗ったら、船上では皆ファミリーになると言われているので、つい親近感が沸いてしまって余計な事をしてしまうのかもしれない。彼の答えはもちろん「NO」なので、「SOMETHING SPECIAL WITH THE BUDDHIM TERMS」などと、列に並ぶ前に飲んだ食前酒の勢いを借りて思いついたままかなり適当な事、それもマイナスイメージの事をしゃべったのだが、後から考えるとせっかく人が慶んで着てきたTシャツにケチをつけたみたいで、穴があったら入りたくなり、以後船上でその人と会わない事を願う様になった。

しかしこのいい加減な日本語プリントTシャツは本当に当地では良く出回っている様で、「主権の芸術」とか「自己を調整しなさい」などとプリントされたTシャツをどうどう着ている若者を、今日も町でみかけた。おいおい、もしそれを言うなら「芸術の主権」の方がまだ意味わかるぜなどと一人つぶやくのだが、「自己を調整しなさい」はどうしたって「自己に挑戦しなさい」なのだろうと笑ってしまう。その他本日の傑作としては「北の東」というのがあったが、これは北東か、もしかしたら最近オージーに人気のある東北地方などから連想しプリントされたのかもしれない。いずれにしても言葉の適否がわからずロゴだけプリントされたTシャツは、着ている本人は芸術的と思っているだろうが、こちらからはひどく滑稽に見えるものである。

しかし翻ってみると、我々日本人が町で着ているTシャツには随分怪しげな英語がプリントされているようで、きっと英語圏の人たちが日本の繁華街で若者を見ると、プッと噴き出しているのかなとも案ずるのである。しかしそう難しい事を考えず、そうやって何となく文化の垣根を低くして、まずは形から入っていけば、そのうち10人に1人でも異文化に興味を持つ様になって、それはそれで良いのかな?などとも思うのである。

2010年2月19日 (金)

西欧エチケット

乗船しているパシフィク・ドーンは乗客2000人余りで、クルーは720名ほどでその比率は約3対1。現在プレミアム船と呼ばれる高級船は2:1以上で1:1のサービスを提供するラグジュアリーなクルーズ船もあるから、この船はその意味ではカジュアルな大衆船のカテゴリーに入る。船内は子供連れのファミリーや若者だけのグループも多く、乗客の平均年齢はおそらく40歳以下であろう。どちらかといえば老人客が多い日本のクルーズ客船と雰囲気はかなり違うし、クルーズの値段も日本船の4分の1位である。

乗客が多いので食事のピーク時などはメインダイニングやビュッフェには列ができるが、ただそれが大変ゆったりしていてあまり不快な感じがしない。どうやら我先にという乗客や横から割り込んだりする人がおらず、テーブルやベンチなども適当な時間で次の人に譲るというエチケットが徹底している事が、満船でもさほど混雑感がない原因の様だ。

以前乗船したシンガポールのバーゴ号はクルーズそのものは楽しかったが、中国系の人たちによるビュッフェの雑然さと席取りのすごさにはいささかびっくりした。とにかく大ファミリーや友達などが同じテーブルで食べようとするので、テーブルや椅子の争奪に目の色を変える上、紙くずや食べ物を床に散らしても気にしないので気の弱い私などは食事の度に戸惑うばかりであった。仕方なくカバーチャージを取られる有料のレストランに逃げたのだが、こういう集団行動や清潔感の国民性による違いがある人達と同じ船であまり長く一緒に乗船したくはなかった。その点では、やはりドーン号の様に西欧的な文化と共にいる方が心地よい。

おりしも船内で読むために持ち込んだ文芸春秋では、日本に住む外国人の数は韓国系を抜き中国人が一番になったとし、彼らが多数すむ団地ではごみ出しルールなどをまったく無視する中国人に自治会長が怒っている事を報じている。中国が経済的にプレゼンスを高める中、彼らとの付き合い方をどう考えるのか、米・日・中国の関係を正三角形的に等距離で考えているかに見える民主党政権では先が思いやられる。

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2010年2月17日 (水)

ブリティッシュ・ウェイ

”Good Morning, Ladies and Gentlemen ”特にGoodの部分に力を入れたイギリス人船長の船内アナウンスで、目が覚める船上の一週間である。米語に比べると私にはどうも聞き取り難い英国系イングリッシュの中で、キャプテンの英語は滑舌も良くほとんど声が口にこもらない。その上大きな声でゆっくり喋るその内容は、その日の気象・海象、航海プランの他、寄港地の様子や船内イベントなどの紹介も交えとても丁寧で聞きやすい。何より「 私が、皆さんの安全航海について全責任を負います 」という気概がその力強い声から聞こえて来るようで、大英帝国のキャプテンがコマンドする船なのだな、と乗っている方も安心を覚える。

キャプテンと言えば、以前オスロからロンドン・ヒースロー空港行きのブリティッシュ・エアウェイズの機長の事を思い出した。その日、搭乗客はすでにゲート付近に集まっていたのだが、ヒースロー周辺の気象が悪化しエア・トラフィック・コントロールが行われた為、そのフライトは急遽オスロで出発を見合わせる事になった。その時、搭乗ゲートが開いてキャプテンがコクピットから待合室の乗客の前に姿を現し、ヒースロー近辺の状況や管制の模様を詳しく搭乗客に説明しだしたのである。その内容すべてを私は理解できたわけではないが、日本の交通機関にありがちな「ただいま調査中ですので云々・・・」の紋切り調の説明でなく、具体的かつ彼が知りえる予定を細大漏らさず発表し、最後に「皆さん、何か質問はありませんか?」と数人の客からの質問に丁寧に答えていた姿は、これがイギリスの機長かと感心した。

世界に冠たる大英帝国フリートの隆盛も今は昔、船籍港がロンドンかつオフィサーがイギリス人の外航船舶等は世界的に少なくなってしまったが、あのブリティッシュ・エアウェイズの機長然り、この”パシフィック・ドーン”号の船長然り、彼らの説得力あふれる力強いスピーチを聞くと、国際輸送の分野で世界標準を確立し、永い間リーダーであった英国の誇りや伝統が生きている気がするのである。

写真はイギリスの商船旗
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2010年2月15日 (月)

珊瑚海

オーストラリアのブリスベーンを出て丸二日。P&Oオーストラリア・クルーズのイギリス船”パシフィック・ドーン”(7万8千トン)は珊瑚海を航海しニュー・カレドニアのヌメアに到着した。幸いな事に亜熱帯のこの辺りの海は、平穏にして空は雲もなく絶好の航海日和であった。

今回は、一週間の休暇で行って帰ってこられるクルーズという事で、時差のない豪州発着のクルーズを選んだのだが、オージーのファンシップを選んでしまって、地元の乗客ばかりでカジュアルすぎる雰囲気に当初船内のさまざまな場面で気後れもした。ニホンザルがオランウータンの間に紛れ込んだとでもいう感覚か。しかしこうして3日の間フネで過ごし、ニューカレドニアに上陸して船上に戻ってくると、わが家に帰って来たようで安心するのが船旅のよい処でもある。

さて航海してきた珊瑚海といえば昭和17年に日米が開戦後、最初の大海戦を繰り広げた海域である。船上なので詳しい戦史も今はチェックできないのだが、記憶によると日本は敵空母を撃沈し大戦果と発表したが、実はそうでもなかったと云うのが後世の検証結果らしい。それにしてもこの大海原で、往時はレーダーも未配置、ましてや衛星により敵情を知ることなどまったくかなわなかった時代である。互いに索敵機を飛ばし目を凝らしてこの海の水平線のかなたを必死で眺めていた訳である。こうしてイギリス籍の船に乗って、豪州人とクルーズを楽しんでいると、平和な海のありがたさをしみじみと感じるのである。

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留守番部隊その2 2010-02-16 11:42:31

P&Oとはもしやペニンシュラアンドオリエンタル!なにやら感慨深いものがあります。

こちらは今日も薄暗い天気&さぶい。夕方からは雪が降るそうで、また今晩も走れなかったらどうしようと気持ちが焦ります。(うそ、ちょっとラッキーと思ってる)

先日は「本番当日の集合場所に着いたら冗談で準備した短パンとランニングシャツしかバッグに入ってなくて、ものすごく焦っている」夢を見ました。もうドキドキが始まっています。

高校時代の友人ものぼりを持って応援してくれるそうで盛り上がってきました。

旅行、楽しんできてね!

留守部隊その1 2010-02-16 00:39:27

東京は今日も寒いです…。天気も雨が続き、予定の練習が出来ず少々焦り気味です。不真面目?な方も、先日の兄上のブログ以来、「目に物を見せてやるぞ!」と、先週1週間で40キロ近く走っていました!(驚)

天国に一番近い島に上陸されたとのこと。中学の時に左記の小説を読み、南の小島に思いを寄せたことを思い出しました。

残りのクルーズも楽しんで来てくださいませ!

お土産話、楽しみにしております。出来れば、屋久島?以上のエピソードを期待しております!!(ハードルはどんどん高くなります!)

2010年2月12日 (金)

ロボットHAL

先般NHKでも紹介されていたが、今日の日経新聞に”生活ロボット、実用化着々”とある。開発拠点の筑波研究学園都市では、様々なロボットが実用化に向けて研究されているが、その中でも目を引くのが体が不自由な人むけの「ロボット・スーツHAL」である。「 HALは筋肉を動かそうとする(人の)神経の信号を読み取り、手足の力を補助する機械 」だそうで、すでに足の部分だけは実用化され、昨年から茨城県内の病院などで、歩行困難な人向けに役立っているそうだ。

新聞で見るロボットスーツは足の外側につけるプラスチックの補助具の様な形だが、先般見たテレビニュースでは足の不自由な人がこれを使って自力歩行できる様子が映されていた。その画面を見ていると、いよいよロボ・コップが映画だけでなく、現実の世界でも出現しそうな予感を覚える。まあロボ・コップまでは夢物語としても、現実に補助介護ロボットが人の意志を感じて動き、体の不自由な箇所をかなり完璧に補う時代も、もうすぐそこに来ているようだ。

宗教上の理由で神の領域に属するとも見られるロボットに対して、市民レベルでは潜在先に忌避感が強い西欧諸国と違って、我が国は自動販売機を始め人間を助けるオートメーションシステムやロボット文化を違和感なく受け入れている。1968年に公開されたSF未来物語、スタンリー・キューブリックの「2001年宇宙の旅」では、宇宙船のコンピューター”HAL”が反乱をおこしたが、介護用や身体補助用の日本製 HAL は、どうやら大変便利な未来を我々にもたらしてくれそうで、おおいに期待がもてる。

2010年2月11日 (木)

イップス

スピードスケート男子500米代表で世界記録保持者の加藤条治が、オリンピックを直前にしてスタートがうまく切れず大スランプになっていると報道されている。最近の試合ではスタート数歩でバランスを崩して滑走できなくなってしまう様で、原因が「説明しづらい」「無の境地で滑るしかない」と云うから、どうやらゴルフで云うイップス病に近い状態の様だ。

イップス病は、主に精神的要素でスポーツの正常な動作がうまくいかなくなるもので、多数のゴルファーがかかると云われている。私なども珍しくバーディのチャンスが来て、グリーン上でパッティングしようとすると、意識しすぎてパターが大オーバー、ボールがグリーンをつきぬけて行く事があった。向こうのエッジを球がころがり落ちて行くのを見て、しばしその場で呆然とするものだが、そんな日は同じ様な局面がまた来ると、今度は遠慮しすぎてパターをダフったりしてずっこけるのである。そういえば一時はシャンク ( クラブとボールが正しくヒットせず、斜め前にボールが飛び出す事 )にも随分悩まされたが、シャンクを自覚しだすと連続するから厄介なのである。しかし所詮自分はLOUSY GOLFERと深く自覚していたから、そんな失敗も笑い話しで大して尾を引くことはなかったのだが・・・。

イップスはゴルフだけでなく、野球など静止状態から動作を起す競技者でもしばしば起こるようで、当人は真剣なのだろうが、そんなメンタルな面を克服して戦うプレーヤーの姿も、競技の一部として見るととても興味深い。その点陸上の長距離などは、メンタルな面では至って気楽なもので、スタートラインについた時には、もうレースの90%くらいが決まっているとも云える。観客がいようといまいと苦しくなる時は苦しくなるもので、苦しくなった後は、声援やプレッシャーは励みにこそなれ、それで動作がマイナスに作用する事などはあまりないから良い。長距離走は、私の様な気の弱い人間でも、精神的に強い人と互角に戦えるスポーツの一つであったと思うのである。

私の場合、シャンク病の時は練習すればする程シャンクが出るので、思い切ってしばらく練習などせず、「 球の行方は球に聞いてくれ 」位の気持ちで、コースに出ると大体うまくいった様だ。そんな時は何球かシャンクしても、今日の割合いはこれしかないから、以前よりずっと良くなった、と前向きに考えていると、そのうち別の問題に直面して、シャンクを忘れるというのがいつものパターンだった記憶がある。オリンピックのスケートの代表の重圧は、へぼゴルファーと同列ではないだろうが、散々悩みつつ練習するも良し、思い切って休養するも良し、ベストを尽くす事だけを考えて滑って欲しいと傍から願うのだ。

2010年2月 9日 (火)

早春賦

陽が一日一日と伸びていくこの頃、今日は東京地方もかなり暖かいが、この後もまだ寒い日がやって来る事だろう。男の癖に冷え症の私には、本格的な春の到来が待ち遠しいさなか、知らずに口ずさんでいるのが、唱歌”早春賦”だ。この歌は中田章作曲、吉丸 一昌作詞で大正2年に発表されたそうで、作詞者・吉丸 一昌はドイツ民謡に「 故郷を離るる歌 」の ” 園の小百合 撫子 垣根の千草 ”という有名な歌詞をつけた人である。

「 故郷を離るる歌 」2番の ” つくし摘みし岡辺よ 社の森よ 小鮒釣りし小川よ 柳の土手よ 別るる我を 憐れと見よ ”という下りは、翌年に発表された高野辰之作詞の名曲「朧月夜」の " 里わの火影(ほかげ)も、森の色も、田中の小路をたどる人も、蛙(かはづ)のなくねも、かねの音も、さながら霞める朧月夜 "という詩にも似て、シンプルに情景を描写する事が歌の中心なのだが、叙情があふれたリリカルな詩は、田園風景を描きながら我々の原体験を思い出させる名歌詞だなと感心する。

そんな吉田一昌の早春賦は「 第一に歌詞がいい。本格的な春の訪れをまちわびている人々の気持ちがよく現れており・・・」「 曲も豁達でのびのびと歌いやすく出来ており、よく歌詞にマッチしている 」と 金田一春彦・安西愛子編 「 日本の唱歌 」 (講談社文庫)に評されている。この季節が終わると、次はその「朧月夜」の季節になるわけで、何という事がなくても、身が軽くなり心が浮き浮きしてくるのである。

早春賦
春は名のみの 風の寒さや 谷の鶯 歌は思えど 時にあらずと 声も立てず 時にあらずと 声も立てず

氷融け去り葦は角ぐむ さては時ぞと思うあやにく 今日も昨日も雪の空 今日も昨日も 雪の空

春と聞かねば知らでありしを 聞けば急かるる胸の思いを いかにせよとのこの頃か いかにせよとの この頃か

2010年2月 8日 (月)

大人の運動会

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東京マラソンに向けて銀座中央通りにもバナーの飾り付けがされて気分が盛り上がってきた。なにしろ参加者はフルマラソンの部3万2千人、10キロの部3千人と云うからどこかの市や町が丸ごと移動する様なものだ。2時間そこそこで走るトップランナーから、7時間の制限時間ぎりぎりまで、東京中心部の道路がマラソン一色になり、大河の様にランナーが流れて走る様は壮観である。が、42キロを普通の市民が走るというのも、考えてみれば尋常な出来事ではない。

私が高校の頃の陸上競技の専門誌には、ドイツではジョギングと云って競技者でない市民が町や野を走る運動があるんだ、と云う記事が出ていて大変驚いたものだった。また映画バック・トウ・ザ・フューチャーでも、主人公マーティが告げる未来の世界では、あのロナルド・レーガンが大統領になり、皆が用もないのに趣味で走るんだと言う情報にドクが大笑いする場面があった。この様に少し前までは、このマラソン・ブームはとても考えられなかった事で、東京マラソンの隆盛は正に隔世の感がする。

さて今年は、義弟夫婦が揃ってフル・マラソンの部に出場するので、そろそろ東京の地下鉄案内図や区分地図を取り出して、どこで応援するのが効率的なのか検討を開始する事にした。この大会では各5キロ毎のチェックポイントを通過したすべてのランナーの記録が、携帯電話でチェックできるから、応援する場所をランナーが通過するおおよその目処がつくのが大変ありがたいのだが、昨年はわが妻一人の東京マラソン参加だったから、通過予定時間も割りと簡単に判った。しかし今年は義弟夫婦2人分の応援をしなければならないが、この2人、練習態度の真剣さにかなり違いがあって、一人の通過時間は大体予想がつく一方、もう一人は一体いつ来るのか想定不能なのが痛いところ。一人が通過してからどの位待つか、待ったら次のポイントに先回りして先行する者を捉える事ができるのか頭を悩ます。

どうやら来る2月28日は、携帯電話でチェックポイント通過時間をチェックしながら、地下鉄の乗り換え案内や出口案内と首っ引きで、都内の階段を駈けずり廻らなければならない様だ。そんな訳で、応援する側もこの日はマラソンを走らなくても相当な運動量になるのだが、こんな計画を練っているとこちらも気分が高揚して楽しくなってくるのである。おそらく3万余のランナーの何倍かの家族・友人・仲間がこうしてマラソンを肴に楽しんでいるのだろうが、これも平和の証拠、当日は天気が順調な事を祈るばかりである。早く大人の大運動会が来ないかと指おり待っている。



鬼コーチ 2010-02-09 22:40:52
オリンピックではないから、選手諸君は、気軽に楽しく走って下さい。応援はまかせて。


義弟 2010-02-09 00:52:35
昨日は、朝早くから稽古を付けて頂き誠に有難うございました。正直、ラスト1周の途中から兄上がスパートをかけられた時には、心臓が口から飛び足出すぐらい辛かった…のでありますが、私も後ろに張り付いていた見知らぬランナーを振り切りたい一心で、懸命に走りました!

とはいえ、元箱根駅伝ランナーを身内に持つ幸運に恵まれ、走り方の指南を受けられたことは、来る東京マラソン(初マラソン)に向けて自信となりました!

昨年、義姉が東京マラソンに参加した際に、靖国通りで見た3万人を超えるランナーに感動したものの、まさか今年自分が走ることになろうとは・・・です。

私の職場でも同僚やお客様たちが当日、応援に来て下さるとのことで、最近はもっぱら話題の中心は東京マラソンです。有り難いことですが、無様な走りは出来ない!と、逆に力んでしまいます。

そんな私を尻目に、我妻は今宵も皇居1周で、1キロ7分半で走ってみたり、かと思えば、5分後半で走ったりと、気の向くままのペースで走り、伴走する私のことなど全く気にもかけずマイペース。

「こりゃ~兄上、何通りものプランを考えても事足りないかも・・・」と、思うのであります。

大人の運動会「東京マラソン」、色々な意味で楽しみです・・・ぅ。


(*^.^*)エヘッ 2010-02-09 00:08:39
練習態度の悪いほうです。

こんな私もさすがに焦って、今日もちゃんと一周してきました。でも、いい女の行動はいつも読めないもの。それがミステリアス。

当日、だれかに応援されないとくじけるので「がんばれー!!」ってお願いいたします。

義理妹改め、義理弟の嫁より。

2010年2月 7日 (日)

アーリーバード・スペシャル

3週間後に東京マラソンを控えた義弟の練習に付き合って、朝から皇居に走りに行った。今日は15キロ走をやるというが、何しろ朝8時から始めるというので週末には珍しく昨晩は早く寝る。しかし8時集合・7時起床というのが頭にこびりつき、今朝はゴルフのスタートに間に合わないで焦っている夢まで見て、遅れてはいけないと、緊張のあまり6時頃から目が覚めている。で、とにかく朝7時に起きるが、ここ数日の寒波で外は寒々しい限りだ。

という事で朝は気温2度の中、8時から15キロを走ったが、なにせ最近は夜型人間になっていて体が動かない。何とか最初の5キロを体をだまし騙し走り24分弱で通過。義弟も余裕でついて来ている様なので、次の5キロも24分でカバーして、最後は22分と予定よりやや早く走り切った。東京マラソン準備には良い刺激になったかと思ったのだが、今日は途中から我々のペースに合わせてぴたりとすぐ後ろを付いて来るランナーがいる。こちらが速度を上げれば彼も上げるし、練習の為ある区間ゆっくり走れば彼もまた落とす。気持ちが分からぬ訳でもないが、水知らずの男に5キロ以上追走されるとさすがにイライラしてきて、最後は思いっきり飛ばしてコバンザメ男を振り切ったのがペースが上がった原因かも知れない。

そんな訳で、朝から15キロ走に皇居までの往復の計20キロ以上を走ったのだが、家に帰ってもまだ10時である。テレビを見ながらゆっくり昼ごはんを食べ、午後からはスーパーや本屋などでのんびり買い物してもまだ外は充分明るい。普段の様に午後走るとそのままビア・タイムから夕食突入でラン・アンド・ナッシング・エルスなのだが、朝早く走ると週末が有意義に感じる一日であった。早起きは3文の得と実感したのであるが、今は眠いの何の・・・・・・ZZZZZZZ.。

2010年2月 5日 (金)

中国では鴨と呼ばれている鳩

朝青龍が引退する事になったが、どうやら世間の常識に疎いと云われていた相撲界の方が、不起訴で居直る小沢幹事長の民主党よりよほど進んでいる様だ。政治資金規正法や税金の申告逃れなどは「形式犯」であって、取るにたらないと為政者達が公言しているこの国では、納税意識がすたれモラルが荒廃するのだろうと心配する。是非ともこのまま灰色・小沢には与党幹事長の椅子に居座ってもらいたいものだ。参院選挙に突入したらさぞかし面白いだろう。

さんざん煽っておいて沖縄県民に期待を持たせた普天間問題は、原案の辺野古移転に近い形での決着しかありえないから、5月末の決断の時は大もめにもめる事が必至。なにしろ民主党の公認する候補が選挙で勝って、沖縄から基地を移設せよと声が高まるに従い鳩山首相が困っているというから、自家撞着というか支離滅裂というか、あいた口がふさがらない。「 いのちを守りたい 」と絶叫した鳩山首相が、命を守る根っこである安全保障や国防について無関心では、どうやって命を守りたいのか、正にのけぞるばかり。

しかし七奉行だか三馬鹿大将 ( 鳩山・小沢・平野または輿石という説もある ) だか知らないが、こんな政権を選んでしまったのも我々国民である。学級会の様な内閣を見ていると、これが日本のレベルか我々の意識かとつくづくがっかりする。チャーチルは 「 民主主義は最悪の政治形態と言うことが出来る。これまでに試みられてきた民主主義以外のあらゆる政治形態を除けばだが。」と云う名言を残したそうだが、ヒットラーの出現も、日本の戦前の軍国内閣もみな民主主義の産物である。こうなるとなぜか王権神授説に、それなりのリアリティがあるのだなどと思ってしまうが、こんな事を考えさせられのも民主党が政権を執っているからであろう。

そういえば最近は、以前よりよっぽど新聞の政治欄に目を通す様になったのは、この政権になった唯一の収穫か。今日も子供じみた衆愚政治をしているのかと、新聞・テレビの政治報道に興味は尽きない。JALの経営破たん時には政治がらみの迷走で損をしてしまったから、以後この政府の発表や大臣のコメントなどはなるべく信じないと念じ、毎日言う事が違う 『朝令暮改』 の閣僚の戯言を聞きつつ、目先の違いに惑わされ人を誤る 『朝三暮四』 体制の愚かさに苦笑しながら、三寒四温の日々を送っている。それにつけても、この期に及んで安部元首相などが、民主党政治に偉そうにコメントを垂れているのを見ると、「政権を投げ出しておいて、言う資格なし」と腹立たしい。

2010年2月 4日 (木)

ブログの楽しみ

旅に出たり変わった経験をした時にはブログのネタに困らないが、平凡な日が続くと書く事もなくなり 「 何か良い材料がないかな 」 と思う。そんな中、自分が書いたものに思わぬ賛同の言葉をもらったり、ブログ中の我が意見と同じ趣旨のコメントや社説が、 後日メディアにあったりするとちょっと嬉しいものである。

1月15日にアップしたJAL株の株主責任については、私と同じ様な個人株主から「 本当にその通り。株が紙切れになったのはあくまで自己責任であって、株主責任という言葉でくくらないで欲しいかった 」と云う意見を貰った。と思っていたら、昨日の日経新聞の夕刊コラム 「 十字路 」に、吉田経済産業ラボという組織の代表・吉田春樹氏がJAL株についてこんな事を書いている。

「 株主として持ち株が市場で無価値になるのは不可避である 」としながらも「 個人株主の立場からすると、( 更正法申請・上場廃止は )あっという間の出来事で 」あり、更正法申請については「 背景に大きな政治の力が働いていることも見逃せない 」し、大株主や取引金融機関と違って個人株主には「 経営実態が、どこまで投資家に公開されていたか」疑問であると指摘、その上でプロの投資家と、情報が与えられていない「 個人株主は同列には論じられない 」としている。

散々、ハードランディングはないと国土交通大臣が明言しておきながら、暮れ・正月休みや、正月明けの三連休を狙って更正法申請に持っていった民主党政権のだまし討ち的措置にはうらみ事のひとつも言いたいが、そこはぐっとこらえつつも、心情的には株主責任などという都合の良い言葉で上塗りして欲しくはない。あくまで株主の自己責任と言い換えて欲しい気持ちであった事を記したのだが、吉田氏のコラムはそんな多くの個人株主の無念さを代弁してくれている様だ。(なお氏はJAL株はまったく持っていないそうである )

吉田氏はそのコラムの結論として、今回の措置で株を失った個人株主には、再建なった時、増資によって発行された新株が市場に出る際は、優先的に購入できる権利を与えたらどうか、と提言している。昨日も元商社マンが、「親族にJALの社員が居たので5000株を持っていた。年末・年始に日本に居なかったら売り損ねて7円で手放した」と嘆いているのを聞いたが、せめて吉田氏の提案する様なアドバンテージを、38万人に上ると云う個人株主に将来付与して欲しい。

2010年2月 3日 (水)

日本人の英知

東海道新幹線の東京駅八重洲中央改札口を入った場所の壁面に、一枚の目立たぬプラクが埋め込まれている。それには 「 この新幹線は日本国民の英知によって完成した 」と記されている。私はここを通る度に、新幹線と云う乗り物を作った我々の先輩世代に、深い敬意の念を抱く。新幹線が工事中の1960年代初めは、航空機やモータリゼーションが急激に発達をし始めた頃で、鉄道は時代遅れの乗り物と世界的に思われていたのである。しかし新幹線の成功が嚆矢となって、ヨーロッパやアジア各地で高速鉄道が実現し、今やアメリカでも高速鉄道網計画が具体化する時代になった。高速鉄道の有効性を世界中に認識させた新幹線は、まさに当時の日本人の英知のたまものであると感心するのである。

なにより新幹線の優れた点は、開業以来45年間乗客の死傷事故がない事に加え、一日300本以上の列車が最短3分という間隔で運行され、遅延は平均で1分以内であるという驚異的な定時性だと思うのである。西欧から出張して来る外国人を連れて国内を案内する際、私はよく新幹線を利用するのだが、例えば山陽新幹線の福山駅で列車を待つ間に、うなりをあげて通過する「のぞみ」の疾走する姿を彼らに見せると、一様に驚きの声を上げるのである。その瞬間、日本人が自分達の力でこの技術やシステムを開発した事を、私は誇らしく感じる。

さてその新幹線で、今回パンタグラフを整備した際に、4本のボルトを付け忘れたため、架線(補助吊架線)が切断され停電事故が起きてしまった。パンタグラフの整備・交換のマニュアルが充分ではないとの報道がされているが、交通機関の部品の欠落やねじの締め忘れは、しばしば重大な事態を引き起こす。この点で思い出すのは、1990年にブリティッシュ・エアウエイズのBAC 1-11が操縦席の窓を交換した際、誤ったボルトで窓を固定した為、上空でガラスが破壊され機長が機外に吸い出されるという恐ろしい事故の事であるが、高速で移動する乗り物の部品交換や整備には、特別に慎重な手順を期して欲しいものである。

一般に整備などの後には、しばしば部品のつけ忘れなどがおこりがちなので、卑近な例ではあるが、私も自分のクルマのオイル交換のときは、工場から出てきたクルマのオイルパンのネジが緩んでいないか、オイル量を計測するゲージが正しく再装着されているのか、自分の目で確認する事にしている。大量高速輸送機関である新幹線では、4本のボルトが確実に固定されないとパンタグラフを上げ下げできなくするなど、フール・プルーフ思想によるハードが導入されていないのだろうか? あるいは4本のボルトが締め上げられるまでは「手歯止め使用中」の札の様な、原始的なサインが掲示される方が効果的なのだろうか? 整備の事は良く判らぬが、新幹線が一から体制を見直し、このまま重大事故ゼロの記録を伸ばし、世界に冠たるシンカンセンの名声をますます高めて欲しいと思っている。

2010年2月 1日 (月)

ルノアール展

ルノアール展をやっているので、仕事が終わって見に行かない?と妻に誘われ、先週の金曜日は六本木に出来た国立新美術館に行ってみた。地下鉄・六本木駅を降りて歩いていくと、たしか以前は東大の研究機関か何かがあった場所に、ガラス張りの巨大ヨットの様な新しい美術館が出現したのにびっくり。有楽町の旧都庁跡にできた東京フォーラムの様な建物だが、いくら文化予算が大事といっても、巨大展示場など都内に幾らでもあるのに、これじゃ国の財政も悪化するものだと嘆きたくもなる。

普段、あまり美術というものには興味がないのだが、たまには頭の栄養にもなろうかと思うし、読売新聞から入場券ももらったので、いそいそとそのコンクリートとガラスの塊の様な展示場に入場してみる事にした。すると内部はもっと奇抜な作りで、館内のレストランなどは映画「ET」に出てきたUFOを想像させ、今にもそのまま夜空に飛び出して行かんばかりのデザインである。黒川紀章の設計だそうだが、大設計家すぎるのか自動車ショウでもやったらよいような広大な空間が広がっていて、凡人の私にはいささか落ち着かない。

さてその巨大展示場の一角が、ルノアール展の会場なのだが、さすがスペーシアスな空間、金曜日の夕方で勤め帰りの人が結構つめかけても渋滞もせずに、落ち着いて見られたのは却って良かったかもしれない。で、初めてかの有名なルノアールの絵をゆっくり見る事ができた訳だが、彼は風景画より人物画を多く描き、特に晩年は裸婦画を好んだそうで、会場にはそういう絵が多い。19世紀末のフランスの若い女性はあんなであったろうか、ほとんどが若いのにふくよか(というよりデブ)で、下腹がやや出ている裸婦の画を妻と一緒に見て廻ると、妻は「 やっぱり下腹はみんなああなっちゃうんだ、しょうがないんだ、これでいいんだ、今日は沢山食べちゃおう 。」と妙に嬉しそうにしている。という事で金曜日の夜は、印象派の絵を見に来たのであったが、妻の喜びの方がより印象的に心に残ったのであった、と云うオハナシ。
20100201

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