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2010年1月 7日 (木)

調査捕鯨

シー・シェパードの高速船が日本の調査捕鯨の船にぶつかって大破・沈没した。国際捕鯨取締条約で認められている調査捕鯨に対し大変危険な行為で、わが国がその高速船の旗国であるニュージーランドや、ベース基地のオーストラリアに抗議をするのは当然の事であろう。しかしそれはそうとして国際条約でどの国にも認められている調査捕鯨なのに、なぜ日本だけが世界的な反感を買うのであろうか。今朝のテレビニュースで豪州の関係閣僚も「 シー・シェパードの危険な行為は許されないが、豪州は捕鯨には反対 」と言う趣旨のコメントしており、この問題はどうも今一つわからぬ。

国際捕鯨委員会では、伝統的な沿岸漁業や先住民には捕鯨を認めると共に、各国に調査捕鯨をする権利を与えているものの、日本の調査捕鯨には自粛を求めていると云う。憲法では認めているが、あんたのやっている事は、憲法の基本精神から逸脱した行為じゃないか、と言われている様な感じでもある。これは、日本の調査捕鯨が、調査の結果しだいで商業行為を始める為に行なわれている、とみなされているからだと云う。つまり「増えているなら捕鯨を再開してもいいはずだ」という文脈で日本が調査捕鯨を行っているのに対し、捕鯨委員会の大勢は鯨が生態的に増えても捕鯨は『悪』で、調査捕鯨の結果に関わらず商業捕鯨は許可しないと、双方のスタンスに根本的違いがあるらしい。ベースが違うから、反捕鯨国は日本の調査捕鯨に対する敵対意識が強く、我が国が年間約1000頭と云う調査サンプルが必要と主張しても、彼らは「 それは捕りすぎ、すでに商業ベースの捕獲ではないか 」と批判する様である。

これに対し日本側は日本の食文化などを持ち出して反論するのだが、我々の世代でも給食でおなじみだった鯨肉の味は、すっかり過去のものになり忘れてしまった。「鯨肉」と云えばたいがいは、飲み屋の珍味などになっている事実をみると、どうも調査捕鯨が”商業ベース”と外国から見られるのも仕方ないかな、とも思ってしまう。そもそも調査の結果、商業捕鯨に充分な鯨がいると判っても、世界的な反捕鯨のうねりの中で日本の大手水産会社などは、評判を気にしてとても船団を外洋で展開できないのではないか? また他の水産資源を鯨が捕食してしまうという問題も、人間が本格的な商業捕鯨をしていたのはここ数百年に過ぎず、それ以前は鯨の個体数は自然に任されていた訳だからあまり理屈にならない。世界から嫌われてまで捕鯨を続けようとする本当の理由は、一体何なのだろう?

ルールの問題として捉える日本に対し、捕鯨の是非の問題とする欧米が相容れないのが、現在の深刻な対立の原因の様である。 シー・シェパードの妨害は強く批難されるべきものだが、そもそも米の輸入など農業分野では我が国に入ってくる農産物のガードを上げ、水産の分野では世界から自由に鯨や魚を獲って来ようとしている農林水産行政は、我々部外者から見るとどうもそのポイントが分からないのである。

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