« 確定申告 | トップページ | サリンジャー »

2010年1月29日 (金)

森田療法的 健康診断観

光文社から出た新刊、拓殖大学学長・渡辺利夫氏著 「 人間ドックが『病気』を生む 」 を読んだ。慶応病院の近藤誠医師の説も引用、人間が治せる病気はすでにおおむね克服され、現在検診の対象となる生活習慣病・ガンなどは老化が原因によるものなので、治るものではなく無駄な検診や治療・手術をするべきでないと説いている。私には医学的な見解は解らないので、示されたデータや著者の考え方に賛成とも反対とも云えないが、この本では日本で生み出された神経質症の森田療法に沿って、著者の健康についての考え方が展開されていて、医療の本と云うより中高年以降の人生観・死生観についての随想として読むと面白い。

文中に盛んに引き合いにされる森田療法は、森田正馬という精神科の臨床医によって大正時代にうみだされたの神経質症 ( いわゆるノイローゼ ) に対するわが国独特の治療法である。この神経質症は、生来のヒポコンデリー気質 ( 心配症 ) と強い生への欲望 ( 健康でありたい、試験に受かりたい、社会的に認められたい、充実した生活がしたい等などの前進の欲望 )を持っている人が、何かのきっかけで自己実現の達成に不安を感じた時に、その不安を心のやりくりで排除しようと焦りもがくあまり、より一層不安の泥沼にはまっていく為に起こるとされている。誰でも時と場合によって感じる不安や焦燥を、「 自分だけにある特別なもの 」 とみなし、いたずらに不安から逃れようと 「 はからい 」 を繰り返し、しまいには身動きがとれなくなってしまうのだが、これらの人々はこうした性格的特長に加えて、考え方が観念的で社会経験が少ないなどの未熟な面があるので、実社会に当たって自己の陶冶をはかる事が必要であると教え、その実践を計るのが森田療法である。

この療法は慈恵医大を中心に東大などに導入され、その顕著な効果は今では海外にも紹介されているのだが、心のやりくりを排し症状をそのまま認める”あるがまま”の基本精神は、禅などの考え方と相通じるものがあって、森田の講演や著作には禅や仏教から引用した箇所も多い。フロイトに代表される西欧の精神医学がノイローゼに対し、過去の性的経験などを中心に心の中を”分析”して対処するのに対し、森田では実社会に即して症状をやりくりせずに、あるがままに人間の成長をはかる事に主眼を置く点で大きな相違がある。 「人間ドックが病気を生む」では、検診で発見される人生の後半のほとんどの病気は、その人に本来内在するものなので敵視せず、あるがままに病気と折り合いをつけて静かにしているべしと、森田的アプローチで中高年の医療に対し警鐘を鳴らしている。

実は、私も元来の心配性に加え、若い頃は傲慢な心と観念的で未熟な精神の為、神経質症的な症状にずいぶん悩まされ、森田療法の本を読んだり、高名な医師の訓話を拝聴したりした事がある。「人間ドックが病気を生む」の著者の渡辺利夫氏は、森田療法で命を救われた経験があり、その実体験を基に晩年に生きる覚悟をこの本では詳述しているが、私も久しぶりに森田の教えを復習する気持ちで共感を持って読んだのであった。それでも読後、「 心の問題を検診に敷衍してよいのだろうか 」とも思い、「 人間ドックはやめた 」 ともすっぱり言い切れない私は、相変わらず観念的で小人かつ凡人だと苦笑するのである。

« 確定申告 | トップページ | サリンジャー »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 確定申告 | トップページ | サリンジャー »

2019年6月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想
無料ブログはココログ