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2009年12月30日 (水)

年の瀬の床屋政談

21世紀の最初の10年が終わった。考えてみるとこの10年間のほとんどは、新自由主義的な経済が世界の主流だった為に、日本もその影響を受けて大企業の収益は回復したものの、それが企業のバランス・シートの改善に寄与するだけで、従業員にあまり還元されなかった点はあった。その他コンプライアンス制度や企業ガバナンスなども西欧のスタイルがかなり取り入れられたが、ややもすると制度だけが先走って日本の企業文化に合っていない点があったと感じる。もし1980年代のジャパン・アズ・ナンバーワン時代であったら、こういった略奪的西欧経済に日本も席捲されなくてすんだかもしれないが、資本が世界的に瞬時に移動し、日本もその中に組み込まれている現在では、こういう”旬”の世界基準に合わせざるをえない。

こうした経済面での”行きすぎ”が日本に影響を与えた面はあったものの、10年間のうちの中核時期2001年から2006年までの小泉内閣を、私はやはり評価したいと思っている。シンボリックな意味での郵政改革で問うたのは、旧来の既得権益の打破と新しいシステムの構築であり、当然かなりの痛みを伴うものだが、国民は新しい時代を拓くものとして大いに期待したのではなかったか。国に何かを期待するのでなく、次世代の為に我々が改革していく、痛みを感じながら前進するのだと云うメッセージががあった様に思う。ところが小泉首相の後任の安部氏は郵政造反議員を復党させてしまい「 あらら 」と思っていたらあっさり退任、福田・麻生政権も「 実は小泉改革に反対だった 」などと今更ながら発言していた。サッチャー改革の様に苦しくともいま改革しなければ手遅れになるという決意が、少々の眼前の苦しさの前にいともあっさり覆されるを見て、私は自民党では改革できないとすっかり失望してしまったのである。

しかし国民の期待を載せて船出した民主党政権は予想以上に酷く、政権担当能力がない事がはっきりした様だ。消費税を上げる事は4年間やらず、このまま財源なきバラマキ政治をしていたら国債の引き受け手が国内からいなくなり、来年にはデフレ下の政策金利暴騰と云う想像を絶する事態がくる事を恐れる。一方外交面で何も決められない鳩山政権では米国からの信頼を失う事が必至であり、この機に乗じて中国は東シナ海の資源利権や尖閣諸島について露骨な軍事的恫喝を強めるであろう。そうなってからでは遅いのは米国のプレゼンスが低くなったフィリピンに対して、南沙諸島の軍事的支配を強めている中国のやり方を見れば自明の事であろう。連立を維持する為や参院選挙の為、どうも民主党の存続の目的に、国民生活が人質にとられた様な大きなピンチが来年は招来するのではないかと私は危惧している。

これまで新年を迎えるのに政治の先行きなどあまり考えた事がなかったが、今年はこんな事を考える年の瀬である。頼むから来年、外国人に参政権など与えないでよ、それから第2次大戦で占領された地域を「合意」した通り返却したのは、アメリカだと言う事実を鳩ポッポさんは忘れないで欲しい。

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