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2009年12月23日 (水)

箱根駅伝ミュージアム

先週末は、箱根の温泉に妻の実家の人々と宿泊に行ったが、ついでに箱根駅伝ミュージアムに立ち寄った。各大会の名シーン・往年の名選手のユニフォーム・大会のエピソードなどが展示されているこじんまりした博物館は、箱根町芦ノ湖湖畔にある駅伝の往路ゴール・復路スタート地点の傍らに2005年開設されたそうである。私も昭和40年代に箱根駅伝の本番を走った事があるのだが、その後昭和50年代にテレビ中継が始まってからの駅伝人気は大変な事になってしまい、トップクラスはもちろん、我々が競っていた予選会のボーダーラインのレベルが、その後飛躍的に上がった。私が走った当時は、高校時代少しならした長距離ランナーはほとんど実業団に行くか、一部の強い大学に行くくらいだったから、箱根駅伝の予選会も今とは随分雰囲気が違っていて、予選会はまず20キロを走れるランナーを10人揃えるのが大変な時代でもあった。

私と言えば何という事のない、誉められる様な事とは反対の方のランナーで、学校の伝統の力だけで箱根路の本番に出場させてもらったから、今も学校に向かって足を向けて寝られないし、OB会などに行くと小さくなっているのである。そんな訳で義弟妹たちと一緒に始めて駅伝博物館に行っても、館内に展示された名ランナーの軌跡を見るたび、「オレはそんなんじゃないよ 」と言いたい処だが、今の全国中継を見慣れている彼らの目には、すごいイベントに出場したと映るようだ。

しかし関東の大学だけの、いわばローカルレースの箱根駅伝がテーマで博物館ができるとは、この駅伝人気は少し異常でもある。ある宗教系の学校法人の関係者に聞いたのだが、その学校は、宣伝の為に箱根出場に向け2億円の予算を組み、寮の整備はもちろん入試の配慮・学費無料などをしたのだが、それでもなかなか人材が集まらないと云う。関東学連では駅伝ばかり力を入れる弊害を危惧して、インカレのポイントによって予選会でアドバンテージを得られる様にしているし、参加校を昔の様に15校に少なくして、学校の宣伝にならない様にする策も考えていると云う。あまりに商業主義とメディアにのって、長距離走が駅伝に始まり駅伝に終わる様な位置づけになった事が、近年ふらふらになって棄権する選手が多くなった所以ではないだろうか。

さてそんな弊害も指摘される箱根駅伝だが、今回初めてミュージアムに立ち寄ってみて、一生に一度くらいは全国紙に名前が出ればこれ以上の思い出はない、と思って走っていた私の様なものでも、まだあの時代だからこそ走れたのだと改めて感謝の念を抱いたのだった。それと、もう延べ1万人ほどのランナーがこの大会を走った事になるのだろうが、私の記録は遅くとも、長い長い歴史の中で、その年その日その場所に参加したものだけしか残せない”ただ一つの記録” だと云う実感も、博物館を訪ねて改めて感じたのであった。

箱根駅伝ミュージアムみやげの 「あしあとまんじゅう」
20091223

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