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2009年11月 9日 (月)

そうだ奈良へ行こう !

最近何かと話題の多いサッカー”川崎フロンターレ”のホーム・グランドは川崎の等々力競技場だが、等々力と言う地名は、東京都世田谷区にもある。等々力だけでなく、北見(喜多見)・野毛・宇奈根・二子など広い多摩川の河原をはさんで、東京都と神奈川県両方に同じ地名が多数存在している。これはかつて多摩川の川筋がしばしば洪水や大水で変わった為に起きた事で、現在の堤防で治水された多摩川からは想像できない地理的広がりをこの川は持っていたと云えよう。自然の営みや人々の歴史に根づいた地名の不思議さを感じる。

さてそんな事を考えていたら、宝島新書の「邪馬台国=畿内説 箸墓=卑弥呼の墓説の虚妄を衝く」安本美典著に面白い事が書いてあった。魏志倭人伝に描かれた邪馬台国は、北九州にあったのか、畿内にあったのかは、いまだに論争の尽きないテーマで、最近では奈良の箸墓古墳が卑弥呼の墓説有力などと、まことしやかに報道されてもいる。この本は箸墓=卑弥呼墓説の有力な根拠である木材の炭素分析は誤差が大きい事、日本書紀や古事記、その他の考古学上の発見を考えると、邪馬台国は九州にあって、その後大和朝廷のできた畿内に東遷したのではないかとしている。箸墓は邪馬台国があったとされる3世紀でなく、4世紀なかばのものであるから卑弥呼の墓ではないと主張する。

なかんづく興味を惹かれたのは、東遷説の根拠の一つとして奈良県と福岡県南部の地名がごく似ているという事である。共に笠置山から時計廻りに春日・三輪・高田・長谷山・久留米(久米)・三潴(水間)・田原などと、多くの地名が両方の土地に同じ様に展開するのが、九州の王権が近畿に移動した有力な証拠だと云う。そういえば、何度か訪れた事がある福岡南部や佐賀の山や野も、奈良盆地と同じ様に、たおやかな佇まいであった様な記憶がある。また九州から瀬戸内海を大阪までフェリーで行く際、生駒山系が海の彼方から近づいて来ると実感する事なのだが、古代中国や朝鮮半島・九州の文化や権力は、瀬戸内海の海の道を突き進んで、突き当たりである大阪の地に上陸し、生駒山の向こう側で大和朝廷として花咲いたという説が、違和感なくふっと心に落ちて来る。

古代の我々の祖先が何を感じ、何をしてきたのか、地名や地理から想像していると悠久のロマンの心を掻き立てられるなあ、などとの想いにふけりながら、東京駅を歩いていたら、東海道新幹線のポスターが目に入り、奈良や京都へこの秋は旅行したら如何?と語りかけられている様な気がしてきた。

バルクキャリアー 2009-11-14 00:10:12
まろんの父さん

興味深いお話ありがとうございます。私は仕事柄、今までいろいろな業種の工場を見学させて頂くチャンスがあり、その都度大変勉強になりました。自動車工場ではクルマはコンピューター管理で秒単位で完成するのに、それを運ぶ船は日単位で遅れて平気だ、などと言われて恐縮した事もありました。ただどのお仕事でも、物を作る人達の着眼点やたゆまない創意工夫にはいつも感嘆し、まるでNHKの「地上の星」に出てくる様なエンジニアーや設計技師、現場の情熱で、世の中が進んでいるのを工場を見るたびに実感していました。そういう技術者魂は、国が違っても合い通じるものがあるのですね。


まろんの父 2009-11-13 20:29:33
私が一緒に仕事をしたエンジニア達はたまたまなのかもしれませんが、奈良、平安の歴史よりも、彼らがてがけるプラントの装置や機械の設計と我が国の木造建築物に見られる設計の、たとえば耐荷重性能や耐圧性能を引き出すための、「曲線」が鍵のような印象を受けます。たとえば、屋根の曲線、あるいは法隆寺であれ、姫路城であれ、荷重を支えるために梁が外縁に向かうほどやや下向きに曲げられており、木の弾力も含めてその梁より上の荷重を支えるようになっている、これが鋼鉄などで作るプラントでは、たとえば鉄皮(高炉の外殻)や配管などの曲線と相通ずるものがある、と話しておりました。しかもそれを、コンピュータもなく工作機械もない時代に経験と知恵に基づいて、大工道具だけで仕上げていく方法は、石積みの世界ではなかなかないのだとも言っておりました。彼らにとっては、自分が専門とする世界に置き換えて眺めることで興味が増しているようにも思えます。「Izakaya」が好きで、長尻なのは我々と似た部分もあるようですが。私は梁をあえて湾曲させて耐荷重性のを増しているのを見て、ひっくり返すと船舶のキールと同じだなぁと一人ごちておりました。とりとめもなく長くなって恐縮です。


バルクキャリアー 2009-11-10 23:09:19
まろんの父さん

コメントありがとうございます。海外から来たエンジニアさん達が木造建築に興味を持たれたとの事、我々日本人には慣れた風景ですが、視点が違うと興味の対象も変わるのですね。工場や歴史的な遺物、自然現象など様々な対称に興味を持っていきたいと思います。通訳のお仕事は、まず日本語で状況を解っていないとなかなか説明できないのではないかと理解致しますが、その意味でも下調べが大変であったと想像いたします。

奈良や京都の英語の解説など読むと、じわっと英語の感じが解ってくるのでしょうか。


まろんの父 2009-11-10 13:03:25
昨年から今年にかけて、国内の製鉄所や発電所で、海外から来るエンジニアの長期通訳をする業務が続き、週末を利用して京都、奈良を再訪し、初めて姫路、高野山、明石海峡大橋を訪れる機会に恵まれました。学校で習った程度の知識しかないのですが、エンジニア達は木造建築の設計構造に興味関心を示すので、にわか勉強で自らたくさんのことを学べたりで楽しいことでした。また、巨大システムとしての製鉄所や発電所のダイナミズムと、静寂の中に永くある日本文化の対比も非常に深い印象を与えてくれました。どうやら京都、奈良はいろんな意味でたまに訪れておきたいところだなと感じております。

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