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2009年11月

2009年11月28日 (土)

新型インフルエンザ

最近のニュースでは、子供が腕に注射をされているシーンがワン・パターンの様に毎日流され、新型インフルエンザの話題で持ちきりだ。ところが海外のメディアを覗くと、どうやら先進諸国で、大騒ぎをしているのは日本だけの様でその格差に驚いていた。また弱毒性と云われる新型に対し、従来型のインフルエンザが今どうなっているのか、例年と比べて差があるのか、さらには猛毒の鳥インフルエンザなどが今年はどうなるのかなど、統計学的データに基づいた肝心の情報が報道されない。

先日、東京近郊の市民病院の院長である友人の医師と飲む機会があったので、この点を聞いてみた。彼自身は、立場上すでに新型インフルエンザの予防注射を受けたとの事であるが、私の疑問にはその通りと同意し、報道は情緒的になりすぎていると批難する。彼によるとそもそも我々の世代は免疫が出来ているかもしれないし、弱毒性であるかぎりはどこかで罹っておいた方が、将来の大流行を防ぐ為にも意味があるのにと嘆く。どうもそんなに心配する事もないものが、ヒステリックに報道され、我々市民はその本当の姿を良く理解しないままに、右往左往しているのが現在の構図の様だ。

予防注射を何回するか、ワクチンが足りているかどうか、など毎日毎日報道されているのだが、どうもメディアが大騒ぎをすればするほど、その裏に役人や医師会、製薬会社の意図があるのでは、などと疑い深い私は勘ぐってしまう。毎年、この季節になると、妻に促されてしぶしぶ予防注射に行くのだが、結局今年は予防注射に行った方が良いのか、それがどれだけの意味があるのか判らず逡巡しているのである。まるで注射嫌いの小学生の様である。

2009年11月27日 (金)

ブラインド

今日は広島まで出張していたが、晴天に恵まれて瀬戸内を走る山陽本線の電車に差し込む晩秋の日が心地よい。しかし秋になり太陽の高度が低くなってくると、電車の片側のブラインドを皆が閉めてしまうので、瀬戸内海に映える陽光など山陽本線のせっかくの景色が見えないのが残念だ。まあ生活電車である在来線普通列車なら仕方ないと思うが、これが特急などで指定席が通路側になった際、窓際の人がさっさとブラインドを下ろしてしまうと、車窓からの景色を眺められなくてつまらない。私は子供の頃から今に至るまで、車窓の景色を眺めるのが列車に乗る時の一番の楽しみで、景色も料金のうちと思っているので、窓際に座った際は遮光カーテンは極力明けておきたいのだが、熱かったり日焼けがいやそうな人が通路側に座っていたりするとどうしようか少々迷うのである。

以前JRの在来線特急で、座席2列分にわたった大きな窓に横引きのカーテンが着いた電車に乗った時の事、陽射しが強まり一枚の窓ガラスを共有する後ろの席の婦人が、前列窓際に座る私の横のカーテンまで黙って引きはじめたのでびっくりし「窓の外を眺めているんだけど」と振り返りながら文句を言った処、びっくりした様にあわてて元に戻した事があった。この女性に限らず陽射しが差し込むと、カーテンやブラインドを当然というか条件反射的に下ろす(引く)人が多いのだが、鉄道に興味がないとあのカーテンを閉める事が「当たり前」の行為なのだろうか。

それにつけても、カーテンの開け閉めについては窓際の人が開閉についての全権を持っているのだろうか、という事が時々疑問になる。4人が相対する昔の客車のボックス席なら見知らぬ同士、みかんやお茶などを分け合って「旅は道連れ」と世間話をしたものだが、車内で相席になっても声もかけなくなった今は、窓際の人の独断によるのもまあ仕方ないかなとも思うのだが・・・・・。

2009年11月26日 (木)

ボジョレー・ヌーボー

先週木曜日、11月19日は11月の第三木曜日ということで、ボジョレー・ヌーボーの解禁日だった。時差の関係から、日本は本場フランスより早く解禁になるので、バブル期には成田空港に駆けつけ未明に飲む者まで現れた様だが、バブル崩壊とともにそのような馬鹿騒ぎはなくなったのである。それでも毎年「ボジョレー解禁」は季節の風物詩としてニュース映像が放映されている。いやイヤミ氏以来、日本人はおフランスがすきなのである。

もともとボジョレー・ヌーボーは、その年のブドウの出来を見るために短期間で醸造したいわば「味見用」なのだが、昭和40年代の初めに商魂逞しい誰かがこれをいかにも有り難い物のようにプロモーションしたのが功を奏し現在に至っている。

さてイベント好きの妻は毎年この季節になると、土用丑の日の鰻感覚で飲んでみたくなるそうだが、買う直前にいつも「ボジョレーごときに1,500円も出すなら他のワインの方がいい」と思って戻してしまう。それでも今年は50年に一度の出来だと噂されるとそわそわし始め、実際に飲んだ人から「美味しかった」と聞いたのに背面キックを浴びせられたように、この連休明けにスーパーに買いに行った。

ところが驚いたことには、その前の週まであった「ボジョレー・ヌーボー」のコーナーは綺麗に片付けられて、ボトルは影も形もなかったとか。売り切れてしまったのか、商品価値がなくなったのかはわからないが、とにかく買うことが出来なかった、と意気消沈して帰って来たのであった。解禁からまだ1週間しか経っていないのに「日本人は熱しやすく冷めやす過ぎるのよ」と不満そうな妻であった。

バルクキャリアー 2009-11-28 12:54:41
そうですか。会社に頂き物の、珍しい白のボジョレーがあるので、さっそく・・・・・。

体重は、2キロやせると5キロが1分くらい早くなりますよ。


体重増加中。 2009-11-28 10:25:22
今年のボージョレーは本当においしかった。っていうか、普段は馬鹿にして飲まないからわからないけれど、たぶん今年のはとてもおいしかったと思います。

もっとあっさりしてコクのないワインを想像して、薄いぶどうジュースにアルコール入れただけのものというイメージがあったけど、普通においしいワインでした。

たぶん本当に今年のワインは50年に一度の出来栄えなんだと思います。

もっと書こうと思ったんだけど、娘がおままごとしていて「お客さん来てくださーい!」「あのー、お店やってますのでー」とさっきから叫んでいるので断念。

また今度。

2009年11月25日 (水)

トラスト・ミー

23日の日経新聞ではコラムニストの田勢康弘氏が「開いたパンドラの箱」と言う題で、オバマ大統領訪日の首脳会談において、鳩山首相が普天間問題に触れ「どうか私を信じてほしい」と言った事について言及している。「トラスト」という英単語を使ったらしいが、首相はその舌の根も渇かぬ翌日に 「 日米合意案を前提にしない 」などと言っている事から、どうも誤ったメッセージを首相はアメリカに伝えたのではないかと田勢氏は危惧している。「もし米国の意に沿わないような結論を考えていたとすると『トラスト・ミー』などというだろうか」と田勢氏は問題点を指摘する。

本当に鳩山首相がオバマ大統領に外交問題で「トラスト・ミー」と言ったとすれば、これはやはりそうとう拙いのではないか、と私も感じるのである。というのは、我々が外国人と交渉する際に相手の責任者が、"TRUST ME" と言えば、普通は「多少の曲折はあっても、相手が納得できる範囲で合意できる、任せなさい 」と言う意味を含んでいるからだ。つまり相手の望む処がかなり理解できて、その想定範囲内に自らも決着できそうな時に"TRUST ME"と言う。逆に今までの合意を前提にせず、最初から日米安全保障条約の経緯を見直すならば"TRUST ME"などとは言わない。

因みにロングマン現代アメリカ英語辞典によれば動詞のTRUSTは "TO BELIEVE THAT SOMEONE IS HONEST AND WILL NOT HARM YOU,CHEAT YOU ETC," とある。またTRUSTは"TO THINK THAT SOMEONE IS LIKELY TO MAKE THE RIGHT DECISIONS" ともあるから、相手が受け入れるはずがない様な提案をする時は"TRUST ME"などとは言わないはずだ。とすると最初から鳩山首相は、自民党政権時代に決まった方針を踏襲する事を、実は腹に決めていてオバマ大統領には「任せなさい」と言ったものの、社民党などに遠慮して翌日180度反対の発言になったのだろうか。そうでなければ田勢氏指摘の様に鳩山首相が日米の認識について「大きな読み違え」をしていて「いったい、どうしようというのだろう」という事になる。

商業英語では、"We trust this information will satisfy your inquiries." とか "We trust our proposition will receive your most careful consideration "などの様に、こちら側の対応を示した後「さあ、これでどうだい」と言う様な時にTRUSTを使う事が多いようだ。「相手はそう思っているかもしれないが、これまでに合意した事が前提なら、新しい検証委員会はいらないだろう」などと鳩山首相の事後会見の様に、相手と丸きり反対の意向を後だし釈明をする際は、 私の知る限りTRUSTを使わない。

私は英語の専門家ではなく永年英語を実務で使っているだけなので、専門家は違う意見があるやもしれないし、私はつたない自分の経験だけで書いているのだが、言葉は要注意だ。スタンフォードを出たとされる鳩山さんは、その辺ちゃんと認識と覚悟を持ってTRUST MEなどと言ったのだろうか心配になる。 WATCH YOUR LANGUAGE !

2009年11月24日 (火)

一番晴れの多い日

11月23日勤労感謝の日は早慶ラグビーの日。その昔両校のマネージャーが過去の天気を調べて、一番天気の良いこの日を選んでラグビー早慶定期戦の日にしたという話である。以来、両校の対校戦の長い歴史の中には、参加チーム総当り・入れ替え制を主張する現在のリーグ戦グループの新興校と日程を巡って対立したり、早慶がそれぞれ弱体化して定期戦のスケジュールを決める事が難しかったなど、様々困難な事もあったそうだが11月第1週を慶明戦、23日を早慶戦、12月第1週を早明戦として伝統を尊重してきた3校の関係者の努力に敬意を表したい。

慶応側からすると早慶戦で勝つ事はそう滅多になく、ほとんどの年は早稲田は追っても追いきれない相手、慶応が強いと云われる年でも早稲田のアカ・クロのジャージーを見ると、何か勝負の女神が最初から向こうの側に微笑んでいる様な気持ちがしてくるから怖い。ちょうど六大学野球の法政戦で、”チャンス法政”のメロディーが流れてくると、「 もうアカン法政打線にやられるのではないか 」と俄かに心配になる心境と似ている。それでも毎年懲りずに11月23日になると、テレビの前でわくわくしながら2時のキックオフを待つのが恒例だ。

おりしも今年は慶応の戦力が充実して、2000年の和田組( 大学ラグビーではその年度の主将の名前をつけて○○組と云う )以来9年ぶりに早稲田に勝てるチャンスという下馬評。昨日は予想通り見事に晴れ上がった満員の秩父宮ラグビー場からのNHKのテレビ中継で楽しんだ。試合は慶応がフォーワード・バックス一体の攻撃と伝統の魂のタックルで防御、早稲田がペナルティーキックと個人技で突破する正に一身一体の攻防、骨をも削ろうかという肉弾戦は結局20対20で引き分けたのであった。慶応が勝ちきれなかったのは誠に残念だが、所沢体育大学と最近は揶揄される早稲田大学のタレント軍団に捨て身で良く戦ったというのが私の本音である。

それにしても、このラグビー早慶戦が終わると毎年師走だなあと実感し、一年の早さに驚くのである。

2009年11月23日 (月)

良い夫婦の日

11月22日はいつの頃からか、ゴロあわせで 「 良い夫婦の日 」と呼ばれる様になった。で、こんな 「良い夫婦の日は何が食べたい?」と妻が言うので、すかさず「カレーライス」と私は答える。最近はレトルトでも随分美味しいカレーが売られているが、やはりカレーは家庭で作ったものに限る。小さい頃、暗くなるまで外でたっぷり遊んで来て、家に帰りつくと台所で何か良い匂いがしているので、思わず母に「今日はカレー、それともハヤシ?」と尋ね、カレーと聞くとハヤシライスよりちょっぴり嬉しかったものである。

さて、みんなが好きなカレーライスだが、元はと言えば、旧帝国海軍が英国海軍の香辛料風味のシチューを真似て作ったものが起源だと云われるている。香辛料の代わりにカレー粉で味を付け、ごはんに馴染む様に小麦粉でとろみをつけたのがカレーライスの始まりだそうで、海軍では航海中は曜日の感覚がなくなるので、金曜日に出されていたと伝えられている。私が若い頃、カリブ海航路の貨物船に研修で乗っていた時も、港に着いている日はカレーが良く出された。これは上陸したクルーがいつ船に帰って来ても、作り置きしたカレーとご飯さえあれば困らないし、コックさん達も手間が省けるからであったが、今は日本人のコックなどが乗っている商船はほとんどなくこんな習慣も廃れてしまったのだろうか。

カレーライスもそれぞれの家庭で少しづつレシピーが違うのが面白いが、我が家の特徴はなんと言っても厚切りのビーフの肉が入っている事。妻が小学校時代過ごしたブラジルは肉食の国で、そもそも薄切り肉というものがスーパーにないのでカレーと云うと厚切り肉なのである。年齢が少し離れている私は、カレーといえば透かして見れば向こう側に月が見えそうな薄切りの豚肉入りカレーが家庭の味と思っていて、わざわざ牛肉の塊を避けてカレーをご飯に盛ると、妻は「これもらうね」と言う間もなく自分の皿に肉をテンコ盛にして美味しそうにしている。

カレーは一晩おくと一層味が馴染むし、明日はコクを出すためにチコレートを一粒入れて今度はパンと共に食べようかなどと考えている、良い夫婦の日の夜長である。

写真はリクエストにより肉抜きで盛られたカレー
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2009年11月22日 (日)

沈まぬ太陽

映画「沈まぬ太陽」を見た。日本航空をモデルにした3時間超の大作で、ワインとつまみを持ち込んでみた事もあり、長時間の観賞もそう気にならず一気に見終わった。映画の荒筋は、かつての組合の闘志で正義感溢れる主人公がその過激さゆえに左遷され続けるものの、御巣鷹山事故後には遺族係りとなり、誠意をもった交渉約として尽力。その姿勢をかわれ一旦は中枢に復帰するが、会社の置かれた様々な情勢や社会の流れに、再び彼が翻弄されてゆく話である。ストーリーが展開していく中で、勤め人の最大の関心事である人事異動や出世競争などが(随分誇張して表現されてはいるが)面白く描写され、「ああこういうのあるよね」と多数の勤め人の共感を呼ぶのがこの映画の見所だろう。

それにしても違和感を覚えた点が2つある。

1.組合の委員長として過激な戦術を打った主人公に対し、会社は詫び状を入れれば、栄転コースに戻すとさかんに云っているが、あきらかな不当労働行為が判ってしまうそんなレターを会社が書かせるわけが無い、そのコピーを持って労働基準監督局に訴えれば、100%会社が負ける様なものは書状でなく、口頭でおこなうものである。

2.日本航空に入ったら海外勤務、それも僻地勤務ありうべしだろう。主人公がカラチ→テヘラン→ナイロビと転勤させられて大騒ぎをしているが、商社やゼネコン、プラントメーカーなどでは、もっと奥地で大変な思いをしている人も多い。その国一番の大都市で、日本航空なら公用車も運転手つきで社宅も超一流の物件が支給され、おまけに日本への帰国は無料だったと聞く。内規がどうかは知らないが、開発途上国ばかりを廻される破目になったとしても主人公の不遇ばかりを描くのは、世間的にあまりにも恵まれすぎておかしい。

などと云う点はあるもの、サラリーマン物語としてみれば身につまされ、全体としてはなかなか面白かった。それにしても思い起こすのは、「優秀かつ上司にとって可愛げのある人間でも、必ずしも出世するとは限らない。しかしどんなに優秀でも、可愛げのない人間は出世しない」と云うサラリーマン社会の鉄則。「あーあ、こちらはこんなRAT RACE(出世の為の下らない競争)から少し早くおりて、ストレスが減って良かった良かった」というのが、映画館を出る時に真っ先に頭に浮かんだ感想 ( 負け惜しみ? )であった。

2009年11月21日 (土)

スイスの休日

中学生の時、お年玉をためて初めて買ったレコードはベートーベンのピアノコンチェルト「皇帝」だった。ウイーンフィルとバックハウスの演奏で、ロンドンレーベルのお城の写真が美しい装丁のレコードジャケットであった。以来、折にふれクラシックやポピュラーのレコードを買い集めたものだった。大学時代にはアルバイトして、はやり始めたコンポーネントオーディオのセットをそろえ、暇さえあればレコードを聞いていた時代もあった。

そうして集めたLPは300枚ほどになるのだが、マンション引越しの際に場所をとるので残念ながら全部生家の屋根裏部屋に置いてきてしまった。しかしテレビのCMなどで、所有していたレコードに収納されていた懐かしい曲が使われていると、昔のレコードを引っ張りだしたくなるのだが、いかんせんレコードプレーヤーを今は持っていないのである。

最近、家電メーカであろうか、”フィリップジョーンズ・ブラス・アンサンブル”の”スイスの休日”に収録されていた曲が、コマーシャルソングで流れているのを聞いた。懐かしいこのアルバムも屋根裏だと思うと、矢も盾もたまらず懐かしくなり聞きたくなってきたが叶わぬ願い。次善の策としてCDでも発売しているか調べてみると最近は便利なもので、通信販売で購入できそうな事を発見した。

いつの日か大きな広間がある家に住み、木製の大きなスピーカーボックスから、思いきり大音量で昔のLPレコードを引っ張り出して来て鳴らしてみたいものだが、それまでは秋葉原に行くか通信販売で昔のLPアルバムのCD版があったら、それを買って我慢する事としよう。

2009年11月19日 (木)

弱者が強者を駆逐する

途上国で現地の人を支援するNGOの活動を通じて、貧困や救済に関する分野で執筆が多い曽野綾子氏の新刊「弱者が強者を駆逐する時代」を読んだ。雑誌WILLに掲載されていた曽野氏のコラムを纏めたもので、例によって曽野氏が係わった開発途上国の悲惨な状況を踏まえつつ、我々日本人が陥っている甘えた姿勢や、自立していないひ弱な生き方に警鐘を鳴らしている。中でも本の題になった「弱者が強者を駆逐する」の章は、氏の面目躍如で、私などは「 おっしゃる通り、皆が思ってても書けない本音を、ずばり書いてくれました 」と感激し、その全文をここに引用したい位である。

それにつけても、自助努力を促そうとするのではなく、何かと云うと社会や政治の責任に帰して、お上に頼ろうとするのが最近の風潮。それに呼応して、財源なきばらまきを前面に出す新政権の下、おりしも本日の日経新聞では、展望なきばらまき、財源なき負担増や諸改革の逆戻しによって、わが国の経済が海外の投資家に見放され、日本株価だけが独歩安で推移している事を告げている。”弱者である”と声高に叫ぶ人達に「友だ、愛だ」と云う施策を際限なく続けていくうちに、角を矯めて牛を殺す事になるのであろう。

事の善悪は別にして、何がなくても建設現場で働いて、整形手術の資金を貯めながら逃亡生活をしていた容疑者がいた。人間、追い詰められれば何でも出来るようである。格差が悪い、年末が越せないのでテント村を作れとキャンペーンを張る前に、日本人はポピュリズムに毒されすぎていないか、甘えがないのかを政治を司る人達はよく検証して見る事が必要ではないか。

などと調子にのって書いているが、そう言う私などは、ことあるごとに妻に「 社会や他人の事は判るのに、自分についてはそんな甘い考えで、良くぞここまでこれたモンね。周囲に感謝しなくちゃね 」と言われているのが実情。最近は「確かにそうかもしれないな、他人への批判は鋭いが、自分の事になると随分いい加減なもんだ」と少しは気付く時もある。こんな風に感じるのも、馬齢を重ねてきたからなのだろうか。穏やかな中高年になる為には、自分こそ生き方を検証しなければ、と妻の雑言を傍らで聞きつつ、本を読みながら反省したのであった。意味じくも曽野氏は 「 自分を正義の側におき、そうでない人を弾劾することで、一層、自分の正しさを見せようとする 」と書いている。これって私の事かしら?

2009年11月17日 (火)

ハイケンスのセレナーデ

先にアップした通り、最近のJRでは乗客の案内にいろいろなチャイムを多用していて、列車車内だけでなく、各駅で違う案内メロディーが流れてくる。高田の馬場駅では駅の近所に住んでいた手塚治虫氏を偲んで「鉄腕アトム」の発車メロディーのチャイムだし、東京ドーム最寄の水道橋駅は、巨人軍の応援歌「闘魂こめて」が流れてくる。国鉄時代の発車ベルが、こういうチャイムになった当初は少し違和感もあったのだが、今ではあるメロディを聞くとそれが使われている駅を連想する程になるから、慣れというのは恐ろしい。

そんな中、昼間の列車に永らく使われた鉄道唱歌に続き、ほとんどの寝台特急で国鉄時代から変わらずに流されている定番の車内放送チャイムがこれである。

<< ♪ 寝台列車のチャイム >>

ブルートレインの寝台列車が始発駅を発車してまもなく、流れ行く黄昏の都会のネオンサインを横目に旅の序章を感じていると、このチャイムと共に途中停車駅の案内などが聞こえてくる。また翌朝ボーっとした頭でうとうとしていると、「おはようございます、列車は定時に運転されています、あと十分で○○駅です。」などと云う時にもかかるお馴染みのメロディーだ。

少なくとも20年以上前から寝台特急と云えばこのチャイムだったので、私はこれは寝台列車用のオリジナルメロディーだと思っていたのだが、ある時ネットでなにやら駅のチャイムなど検索していた妻が、突然「このチャイムはハイケンスのセレナーデのエンディングのなんだ!?」と叫びだした。「う、ん?」と振り返りパソコンから流れてくるメロディーを聞いてみると、たしかにあの寝台列車チャイムに間違いない。この曲ならピアノの教本にも載っていて、子供の頃に自分も習った事もあるのだが、寝台列車のチャイムは、余りに見事に原曲のエンディングの部分だけ切り取られているので、今までそれと気がつかなかったわけである。

さてハイケンスと云うオランダ人の作曲家は、第二次大戦中にドイツで仕事をしたナチスの協力者だったそうで、終戦後連合国に逮捕され獄中で自死したと云う数奇な運命を辿った作曲家らしい。そしてこのセレナーデはわが国では、戦争中の昭和18年1月から毎月2回放送された「前線へ送る夕」のテーマ曲としてNHKラジオ放送から流れていた因縁のある名曲だったと云う。この曲が戦後なぜ寝台特急のチャイムになったのかは不明なのだが、中国戦線などで戦う兵士に音楽や落語、バラエティーなど祖国の音声を送った際にも使われた、懐かしくやさしいメロディーゆえに、旅愁を慰めるにぴったりだと思われて旧国鉄の寝台列車で採用されたのだろうか。
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2009年11月15日 (日)

鳩山やめろ

どうもテレビ朝日”サンデープロジェクト”に出演した民主党の福山外務副大臣の発言は、歯切れが悪く何を言っているのかわからない。普天間の飛行場移設について日米で迅速な合意を得る事や、ハイレベルの作業部会で検討を行うとの一昨日の日米トップの発表に対して、舌の根も乾かぬうちにシンガポールでまた先延ばしとも言える発言をした鳩山首相の立場を擁護した様だが、その内容の空白さよりも鳩山内閣の姑息なやり方が見えてしまい大いに失望する。

本当に前政権の合意事項を覆して、県外移設などの選択肢を含め日米安保を見直すのであれば、一昨日のオバマ・鳩山会談で、その点を明示して 「 年内に結論は出せない、辺野古への移設は白紙から検討している 」 と言って大喧嘩をすれば良いではないか。それで会談が3時間になろうが、共同記者会見が行えない事態になろうが、腹を括ればそれはそれで一つのやり方だとも思う。しかし一昨日の一時間半にも亘る会談では、差しさわりのない表現でごまかしたのであろう。その後、お互い理解しあえたかの様な記者会見をしておきながら、翌日外国でこそこそ、あと出しジャンケンの様に 「 実はこうなんだ 」と発言をするとは、男の、いや人間の風上にも置けない奴、くずだと私は怒っている。

外交と商売は別であるが、交渉相手にこんなくずの様な人間が出てきたら、私ならどんなに自分の会社が損しようと、「もう貴方とはお付き合いしません」と退席するであろう。 面と向かっては相手に物を云えず、後で自分の仲間にエクスキューズをする様な首相こそ税金の無駄使い。私は新政権が出来て半年くらいは、様子を見ようかと思っていたが、こんなアホな民主党の海江田候補に自分の一票を投じた事を恥じ、二度と民主党には投票しない事にした。

2009年11月14日 (土)

汽笛一声

以前にも触れた事があったが、耳のなじんだ音楽を聞くと、人はその時代やその場所の事が瞬時に脳裏の浮かんで来て反応するものである。で、我が家の目覚まし時計の音は、このチャイムなのである。

<< ♪ 目覚まし時計 >>

これは少し前まで新幹線”ひかり”号の車内放送で、途中停車駅の案内の際に流れていたチャイムのメロディーである。私は東京から出張で”ひかり”号に乗ると、新横浜駅を過ぎ車内改札が済むと名古屋までは停車駅がないので、ぐっすり眠り込んでしまう事が多かった。今でこそ、のぞみ号では「ただいま定刻に三河安城駅を通過しました、あと10分ほどで名古屋です」と云うアナウンスが流れるが、少し前まではぐっすり眠りこけているといきなりこのメロディーが車内に流れて”ひかり”が減速を始め、「あ、名古屋だ 」と目覚めたものである。なので、このチャイムは私にとってまさに目覚めのメロディーで、これを聞いたら車内販売のコーヒーを飲んで、名古屋~大阪間で出張の書類の下調べをしよう、となるのである。

しばらく前に、我が家の目覚まし時計が壊れ新しい物を買おうという事になった時、一発で目が覚めるものを買おうと思いたち、わざわざ秋葉原の鉄道グッズを売っている店に行って限定発売していたこの時計を購入したのである。この目覚まし時計の製造者は、ほんものの鉄道車両を造っているメーカーの子会社であるのも、少しマニアっぽくて良い。

さて新幹線車内のチャイムは、現在ではJRの各社や列車によってそれぞれ違う上、凝ったメロディーが使われる様になってきた。JR西日本の「 いい日旅立ち 」くらいは、何となく耳になじんでいるが、TOKIOの " BE AMBITIOUS "(JR東海)などは尻切れトンボみたいだし、東北新幹線のチャイムは何となく野暮ったい感じがして好きになれない。やはり寝台列車といえば、日本中どこへ行ってもチャイムはハイケンスのセレナーデが聞きたいのと同様、昼の列車に乗ったら何といってもチャイムはこの曲に限る、と思っている。

<< ♪ 定番チャイム >>

バルクキャリアー 2009-11-16 21:56:47
クルーズ大好きさん こんにちわ。

ご無沙汰しております。今年の年末は、曜日の並びが悪くあまりお休みできないので、私達はクルーズをあきらめました。クルーズ大好きさんは、ぱしびいですか。楽しんで来て下さい。

ナビオスホテルの汽笛、そんなものがあるなら、今度是非聞きに行ってみます。情報ありがとうございました。


クルーズ大好き 2009-11-16 15:37:19
こんにちは!

お久し振りです。

さてタイトルの汽笛で思い出したのですが・・・

横浜のナビオスホテル3Fにあるバー「シーメンズクラブ」の柱時計は汽笛で時刻を知らせてくれます。

店の人の話だとこの汽笛の音は全部違うそうです!

汽笛を聞いてどの船かわかる方もいるんでしょうね~

今年の年末年始クルーズはお友達とぱしびぃです。

Bulkcarrierさんのクルーズ予定は?

2009年11月13日 (金)

フェリーありあけ

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フェリー”ありあけ”は突然の横波で大きく傾き、積荷の荷崩れによって回復不能になったらしいが、8000トンの大型船舶が一瞬にしてこの様な状況になった事に、大変驚いた。乗客を乗せるフェリーなどは日本政府(JG )や検査機関 ( NK ) の厳格な検査に依って堪航性が担保され、少々の時化などでは横倒しなどにはならないのだが、荷崩れの状況によほど不幸な何かが加わったのであろうか。ただ荷崩れはしばしば船舶の沈没原因となる大変恐ろしいもので、最近でも、ニッケル鉱石や銅鉱石を運搬中に一瞬にして転覆した大型貨物船の例も散見される。

フェリーに積載する車両は、今回の事故の報道によると大型車はチェーンなどで固縛されていたとの事だが、小型車の場合は普通は船舶に固定されていない。私もこの夏に北海道まで自家用車をフェリーで航送したが、クルマは前後のタイヤに車止めを噛ませただけだった。この時は結構シケたので、翌朝に車両甲板に戻る際は、クルマが横滑りをして隣のクルマに接触などしてないかちょっと心配した覚えがある。”ありあけ”は普通のフェリーと違い、ROROと云って船会社側で車両を乗船させる方法の様だが、この事故を契機に、車両の搭載方法や固縛の基準、さらには車両甲板に縦断隔壁などを設置する様な法令の改正なども検討されるかもしれない。

写真は、この9月21日夕方に奄美大島の名瀬港に入港する”ありあけ”である。この時は私達が乗った、”ぱしふぃっくびいなす”の名瀬の出港と、東京から名瀬港に来た”ありあけ”の入港予定時間が重なった為、港外で”ありあけ”がしばし漂泊し、”ぱしふぃっくびいなす”を交わした処だった。あの時、夕陽に映えた青い美しい船体が、今日は横倒しになって船腹から重油を流しているのをテレビから見ると胸が痛む。

2009年11月12日 (木)

おはこ

何でもウイーンの交響楽団が演奏するウインナ・ワルツには、独特のテンポがあってイチ・ニ・サンと規則正しく三拍子を刻んでいるわけではないらしい。日本のオーケストラが技術的にウインナワルツをうまくこなせるにしても、それはちょうど外人が浪曲を唸る様なもので、ウイーン子達が聞くと似ているがどこか異なもの、なのであろうか。

この伝で言えば、わが国を代表するマーチである軍艦マーチも、海上自衛隊の音楽隊の演奏になると、どこか生き生きとして他のバンドの演奏とは一味違って聞こえるから不思議である。以前、東京・丸の内のお祭りの際、海上自衛隊の横須賀音楽隊と米国海軍の横須賀基地の軍楽隊が共演し、それぞれ”軍艦マーチ”と”錨を揚げてて”を演奏したのを聞いた事がある。米軍の”錨を揚げて”も秀逸だったが、横須賀海兵団の軍楽兵曹長だった瀬戸口藤吉作曲の”軍艦マーチ”の、後輩達による演奏は、その卓越した演奏にさすが十八番(おはこ)、といたく感激したものである。

以前、黛敏郎氏が存命だった頃、テレビ朝日系列の「題名のない音楽会」で、指揮者の大町陽一郎氏と「軍艦マーチ」は音楽的にも大変良く出来たマーチであると対談されていたが、トリオの部分に日の丸行進曲を挿入した勇壮なこのマーチは、日本人で聞きなれているという事を指差し引いても、心踊る名曲であると素人の私でも思う。

天皇陛下御在位20年をお祝いした先の観艦式での海上自衛隊・舞鶴音楽隊の軍艦マーチ(鳥山 啓作詞・瀬戸口藤吉作曲)

<< ♪ 軍艦マーチ >>

守るも攻めるも鉄(くろがね)の  浮かべる城ぞ頼みなる   浮かべるその城日の本の 皇国(みくに)の四方(よも)を守るべし  真鉄(まがね)のその艦(ふね) 日の本に 仇なす敵を攻めよかし

石炭(いわき)の煙は大洋(わだつみ)の  竜かとばかりなびくなり  弾丸(たま)撃つひびきは雷(いかづち)の 声かとばかりどよむなり 万里の波濤を乗り越えて 皇国(みくに)の光り輝かせ

バルクキャリアー 2009-11-13 22:57:33
まろんの父さん こんにちは

今回はおめでたい事で上京との事、お慶び申し上げます。私達もこの夏休みに新日本海フェリーを利用しましたが、新潟から東京までは結構な道のりでした。また週末かつオバマ大統領警備の為、首都高渋滞の中のドライブはさぞお疲れになった事と思います。今晩はゆっくりお休み下さい。

トルコの行進曲は、オスマントルコのジェッディン・デデンという行進曲でしょうか。哀愁あるメロディはたしかに、日本のメロディに似ているかもしれませんね。子供の頃からかけっこが好きだった私は運動会が楽しみで、マーチを聞くと自然に嬉しくなってしまう単純人間です。スーザも良いですが日本にも世界的なマーチがあるのが嬉しくて、上のブログをアップしてみました。


まろんの父 2009-11-13 20:39:32
ここ何年も不祝儀続きであったものが、久々に婚礼に出席するために鎌倉に参っております。今回は高齢の親を連れて歩くため私は小樽港からフェリーで車ごと新潟に渡り、オバマ大統領来日のための猛烈な警戒をかいくぐり羽田で親を迎えたのですが、昨日フェリーに乗っていて偶然、脈絡もなく軍艦マーチのことを思っておりました。以前、テレビ番組か何かで、トルコ共和国の軍隊の行進曲が軍艦マーチに似ており原曲ではないかと話されていたような記憶があります。正確に思い出せないのは、歳を感じてしまいます。10日分のコメントに続いて、とりとめなく恐縮です。

2009年11月11日 (水)

羽田空港国際化

民主党政権になって、どうかと思う事が多いが、そんな中でも数少ない拍手できる政策は、羽田空港の国際空港ハブ化計画である。今まで色々な経緯があったにせよ、成田が国際線で羽田が国内線などと云う仕切りは、政治や行政が勝手に決めた事で、千葉や茨城の人が国内線に乗る場合や、東京西部や神奈川から国際線に乗る場合の利便性からは、この問題がまったく語られなかったのは実に不思議であった。やっと供給する側の論理から使用する側の視点にホンの少し政策が切り替わったのだろうか。

さてハブ空港化大いに結構で、日本の空港もインチョンや上海、チャンギエアーポートなどと大いに競争して欲しいものだが、ハブ空港の本家アメリカでは、近年滑走路の混雑が大きな問題になっていたのも事実である。大きなハブ空港では離陸待ちの飛行機が誘導路で列をなし、甚だしい場合は乗客はゲートを離れてから離陸するまで機内で1時間も2時間も待たされていると報道されていた。ビールなど飲んで搭乗しトイレに行きたくなった乗客などは、この間どうしたのだろうと他国の事ながら心配になる。

アメリカン航空のダラス・フォートワースや、デルタのアトランタなど巨大ハブ空港では、フライト便数の多さの為に予定していたゲートがしばしば変わって、私も荷物を持ってあっちこっち駈けずり廻った経験があるし、国際線の入国審査が1時間以上かかる事も多々あった。数年前、仕事の関係でシカゴ・オヘア空港で乗り換える事がよくあったが、我々は入国審査で時間がかかる事を見越して、乗り換えまでターミナル内の名物ステーキ屋で一杯やって行く予定にして、余裕時間をたっぷりとったものである。しかし旅行社や航空会社の案内通り、標準的な乗換え時間で次の便のチケットを持っている人達は、一向に進まない長蛇の列にひどく焦っていて、気の毒だなあと思ってみていた思い出がある。

今日のAPニュースを聞いていると、昨年からのリセッションと燃料油高騰で米国内のフライトの総数は減っているもの、最近では86%パーセントの飛行機は定時に飛ぶ様になって大分改善されたと報じている。しかしその中で特にオン・タイムに飛ぶエアーラインは、ハワイアン、アラスカ、サウスウエストなどハブを利用するメガ・エアーラインでない点が興味を引く。ハブ化はラッシュ時間には異常に混雑するし、ハブ空港のある地域で天候異常などが起きると玉突き式に多くの地域のフライトに影響が出るなど、必ずしもメリットばかりでないのも事実。どうか羽田・成田のハブ化は、米国式の荒っぽいやり方でなく、アジア的な余裕ときめ細かなサービスが伴ったものにして、利便性と快適さを高めて欲しいものだ。

2009年11月10日 (火)

ホームカミングデイ

秋晴れの一日、妻の卒業した大学のホーム・カミング・デイに一緒にぶらぶらと行って見た。卒業生との絆をより強くする事はどの学校でも大切な事らしく、最近はあちこちの大学でこの様な催しを開催している。妻の大学では、受付をするだけで近所の商店街で1000円相当の買い物が出来る商品券ももらえるとあって、インセンティブに弱い彼女は朝からすっかりその気になっている。

さて妻には久しぶりの母校、学食やゼミの研究室巡りのノスタルジックツアーをして、研究発表などを見て廻る中、OBのアマチュア写真や絵画が展示されている教室に入った。展示された絵画や写真を何気なく見ていると「この風月画を書いたのは私です」ともう80歳は超えようかというご老人が、彼の作品である掛け軸を前に説明してくれる。

何でも会社を引退して、町内会の役員をしながら好きで書いているそうだが、掛け軸作成を業者に頼むとそれだけで高いから、装丁も掛け軸作りも道具を買ってきて全部自分でやっているのだと穏やかな口調で話される。絵を自慢するわけでもなく、掛け軸の装丁にかかる手間や費用の事を楽しそうに説明されるのを聞いていると、水墨画などはまったく解らない私も 「 とても良いご趣味をお持ちですね 」と思わず声をかけてしまう。

その掛け軸と、ご老人の淡々とした中にも楽しげな説明を聞いていると、「 おじいちゃんが又掛け軸を作ってるよ。これならお金をそんな使う訳でもないし、丸めておけば置き場所にも困らないし、とても楽しそうで良いね 」と彼の家族が団欒している声が聞こえてきそうで、なんとなくほのぼのとした気分になったのであった。穏やかで上品なそのご老人をみていると、こんな風に歳をとっていけたら良いな、と思いつつ妻の母校を巡ったのだった。

2009年11月 9日 (月)

そうだ奈良へ行こう !

最近何かと話題の多いサッカー”川崎フロンターレ”のホーム・グランドは川崎の等々力競技場だが、等々力と言う地名は、東京都世田谷区にもある。等々力だけでなく、北見(喜多見)・野毛・宇奈根・二子など広い多摩川の河原をはさんで、東京都と神奈川県両方に同じ地名が多数存在している。これはかつて多摩川の川筋がしばしば洪水や大水で変わった為に起きた事で、現在の堤防で治水された多摩川からは想像できない地理的広がりをこの川は持っていたと云えよう。自然の営みや人々の歴史に根づいた地名の不思議さを感じる。

さてそんな事を考えていたら、宝島新書の「邪馬台国=畿内説 箸墓=卑弥呼の墓説の虚妄を衝く」安本美典著に面白い事が書いてあった。魏志倭人伝に描かれた邪馬台国は、北九州にあったのか、畿内にあったのかは、いまだに論争の尽きないテーマで、最近では奈良の箸墓古墳が卑弥呼の墓説有力などと、まことしやかに報道されてもいる。この本は箸墓=卑弥呼墓説の有力な根拠である木材の炭素分析は誤差が大きい事、日本書紀や古事記、その他の考古学上の発見を考えると、邪馬台国は九州にあって、その後大和朝廷のできた畿内に東遷したのではないかとしている。箸墓は邪馬台国があったとされる3世紀でなく、4世紀なかばのものであるから卑弥呼の墓ではないと主張する。

なかんづく興味を惹かれたのは、東遷説の根拠の一つとして奈良県と福岡県南部の地名がごく似ているという事である。共に笠置山から時計廻りに春日・三輪・高田・長谷山・久留米(久米)・三潴(水間)・田原などと、多くの地名が両方の土地に同じ様に展開するのが、九州の王権が近畿に移動した有力な証拠だと云う。そういえば、何度か訪れた事がある福岡南部や佐賀の山や野も、奈良盆地と同じ様に、たおやかな佇まいであった様な記憶がある。また九州から瀬戸内海を大阪までフェリーで行く際、生駒山系が海の彼方から近づいて来ると実感する事なのだが、古代中国や朝鮮半島・九州の文化や権力は、瀬戸内海の海の道を突き進んで、突き当たりである大阪の地に上陸し、生駒山の向こう側で大和朝廷として花咲いたという説が、違和感なくふっと心に落ちて来る。

古代の我々の祖先が何を感じ、何をしてきたのか、地名や地理から想像していると悠久のロマンの心を掻き立てられるなあ、などとの想いにふけりながら、東京駅を歩いていたら、東海道新幹線のポスターが目に入り、奈良や京都へこの秋は旅行したら如何?と語りかけられている様な気がしてきた。

バルクキャリアー 2009-11-14 00:10:12
まろんの父さん

興味深いお話ありがとうございます。私は仕事柄、今までいろいろな業種の工場を見学させて頂くチャンスがあり、その都度大変勉強になりました。自動車工場ではクルマはコンピューター管理で秒単位で完成するのに、それを運ぶ船は日単位で遅れて平気だ、などと言われて恐縮した事もありました。ただどのお仕事でも、物を作る人達の着眼点やたゆまない創意工夫にはいつも感嘆し、まるでNHKの「地上の星」に出てくる様なエンジニアーや設計技師、現場の情熱で、世の中が進んでいるのを工場を見るたびに実感していました。そういう技術者魂は、国が違っても合い通じるものがあるのですね。


まろんの父 2009-11-13 20:29:33
私が一緒に仕事をしたエンジニア達はたまたまなのかもしれませんが、奈良、平安の歴史よりも、彼らがてがけるプラントの装置や機械の設計と我が国の木造建築物に見られる設計の、たとえば耐荷重性能や耐圧性能を引き出すための、「曲線」が鍵のような印象を受けます。たとえば、屋根の曲線、あるいは法隆寺であれ、姫路城であれ、荷重を支えるために梁が外縁に向かうほどやや下向きに曲げられており、木の弾力も含めてその梁より上の荷重を支えるようになっている、これが鋼鉄などで作るプラントでは、たとえば鉄皮(高炉の外殻)や配管などの曲線と相通ずるものがある、と話しておりました。しかもそれを、コンピュータもなく工作機械もない時代に経験と知恵に基づいて、大工道具だけで仕上げていく方法は、石積みの世界ではなかなかないのだとも言っておりました。彼らにとっては、自分が専門とする世界に置き換えて眺めることで興味が増しているようにも思えます。「Izakaya」が好きで、長尻なのは我々と似た部分もあるようですが。私は梁をあえて湾曲させて耐荷重性のを増しているのを見て、ひっくり返すと船舶のキールと同じだなぁと一人ごちておりました。とりとめもなく長くなって恐縮です。


バルクキャリアー 2009-11-10 23:09:19
まろんの父さん

コメントありがとうございます。海外から来たエンジニアさん達が木造建築に興味を持たれたとの事、我々日本人には慣れた風景ですが、視点が違うと興味の対象も変わるのですね。工場や歴史的な遺物、自然現象など様々な対称に興味を持っていきたいと思います。通訳のお仕事は、まず日本語で状況を解っていないとなかなか説明できないのではないかと理解致しますが、その意味でも下調べが大変であったと想像いたします。

奈良や京都の英語の解説など読むと、じわっと英語の感じが解ってくるのでしょうか。


まろんの父 2009-11-10 13:03:25
昨年から今年にかけて、国内の製鉄所や発電所で、海外から来るエンジニアの長期通訳をする業務が続き、週末を利用して京都、奈良を再訪し、初めて姫路、高野山、明石海峡大橋を訪れる機会に恵まれました。学校で習った程度の知識しかないのですが、エンジニア達は木造建築の設計構造に興味関心を示すので、にわか勉強で自らたくさんのことを学べたりで楽しいことでした。また、巨大システムとしての製鉄所や発電所のダイナミズムと、静寂の中に永くある日本文化の対比も非常に深い印象を与えてくれました。どうやら京都、奈良はいろんな意味でたまに訪れておきたいところだなと感じております。

2009年11月 8日 (日)

ジパング終了

週刊モーニング連載のジパングが最終回を迎えた。海上自衛隊の最新鋭イージス艦 ”みらい”がハワイへの演習航海の途中、時空の壁を破って第二次大戦の真っ只中に迷い込み、歴史を変えない様に行動するも、次第に幾多の作戦に巻き込まれて奮闘する漫画で、10年近く連載された大作であった。一体全体、物語をどういう終わらせ方にするのか、毎週この漫画だけは興味をもって楽しみに読んでいたのである。

”みらい”とその乗員が正史に関与した結果、大平洋戦争は1944年のマリアナ沖海戦で終わり、戦後は自衛隊ではなく国防軍としてわが国の軍隊が再編されるなど、最近数ヶ月のストーリーは、まるで映画”バック・ トゥ・ ザ・フーチャー”の因果律物語にも似た展開であった。最終回では新しい歴史の中で建造された新”みらい”が、”みらい”に乗艦していた者と同じ乗員を乗せて、同じ年にハワイへの演習に出かけ、無事時空の穴に入りこまず到着した事を告げて終了する。なかなかうまいストーリーの幕引きだと感心しつつ、物語の矛盾や歴史との整合性を持ち出すのはヤボ、という事は承知の上で、あえてこんな事を感じてジパングの顛末を読んだ。

  1. 1944年終戦では本土空襲も沖縄戦も原爆投下もなかった事になり、内地や沖縄の民間人の犠牲者はほとんどいないので、日米の講和は考えにくい。
  2. 1944年に終戦であれば、満州国の傀儡政権や朝鮮半島の主権を日本が手放す事は考えられないので、朝鮮戦争は行われなかった。
  3. 戦後の日本の繁栄は、朝鮮戦争勃発以後、共産主義への砦としてなされたので、朝鮮戦争がないとなると自衛隊の創建(ジパングでは国防軍と改変とあるが・・・)や、  日本の繁栄はなかった可能性が強い。

歴史に”イフ ”という事はないのだが、こんな事を考えながら読んできたジパングは、漫画の領域を超えた素晴しいエンターテイメントだったと、拍手を送りつつ連載終了を惜しむのである。

2009年11月 7日 (土)

免許証ICチップ

運転免許証の更新に行った。都心にある警視庁の免許更新センターでごく簡単な手続きと、30分ばかりの安全講習なのだが、今回から免許更新にあたり暗証番号を設定して下さいと説明がある。なんでもプライバシー保護の為に本籍地を免許に印刷せず、ICチップにして新しい免許証に埋め込むので、そのPIN(個人認証番号)が必要らしい。仮にその暗証番号をスキミングされて読み取られたら、もし一緒に銀行のATMカードやクレジットカードを所持していた際、それらの暗証番号も類推されてしまうのではないかと、こういう面ではひどく用心深い私は係員に質問すると、「 なるべく金融機関の暗証番号などとは別にして下さい 」との事で、これでまた暗証番号が一つ増えてしまうわけである。

本籍地やプライバシーの問題と云うのは、所謂、差別の問題からきているのであろうが、東京で人生の大半を過ごした私などには、まったくわからない領域の事である。現在のわが国では、住所変更の自由はもちろん、本籍地をどこに定めるかも自由で、事実、私はこれまで引越しに伴って本籍地を変更した事もあるし、次に変えるとすれば千代田区千代田(皇居)、千代田区丸の内1-9-1(東京駅)とか、文京区後楽1-3-61(東京ドーム)などではどうだろう、はたまた竹島や尖閣諸島などにしてやろうかと考えている位である。ごく簡単な手続きで本籍地などは変えられるのに、なぜそんなに問題になるのかどうもピンと来ないので、本籍地のみが空欄になった新しい免許証を見ると何だか気が抜けてくる。

それにしても、金融機関を始め役所などプライバシー保護や個人情報保護の機運が広まるのは、それはそれで意味のある事であろうし、現に学校や職場の名簿を利用した怪しげな勧誘が減ったりした良い面もあるのも実感できる。しかし父の死亡に伴って金融機関と話をすると本人確認の為に過剰とも思える手間ひまやコストがかかったり、卑近な例では、ちょっとある人にお礼状を自宅に出そうとして、相手の職場の人に住所を聞こうとすると、教えられませんと言われたり、もう少し「人を見てものを言え」と叫びたくなる事がママあるのも事実。金融機関に勤める妻に言わせれば、個人情報保護法などは”天下の悪法”と手厳しい。社会のある部分の保護の為に、全体として大きな不便を蒙ったり、莫大なコストがかかりつつある現状が、今後どこまでエスカレートしていくのだろうか? 年齢と共に頭が呆けていくと、もうこれ以上暗証番号など覚えられそうもないのだが・・・・・。

Bulkcarrier 2009-11-07 23:30:31
ぽんぽこりんさん

コメントありがとうございます。それぞれ事情があるにせよ、暗証番号を幾つも準備していないと生きていけないとは、変な世の中になったものですね。昔は会社の入り口はフリーパスで、一旦会社に入ったら盗難だとか犯罪というものから隔絶された世界だった様に思います。それに銀行の女子行員が毎日職場に来て、お金を引き出してきてくれたり入金してくれたりしていました。そんな世界と今の世界は、どちらが暮らし易いのか進歩しているのか時々考えさせられます。


ぽんぽこりん 2009-11-07 20:32:21
ご無沙汰しています。
たびたび遊びに来させていただいておりますが、コメントは久しぶりになってしましました。
個人情報保護の名のもとに、随分と不合理な世の中になってしまったものだと、私も思っておりました。
それとは別に暗証番号については、最近目に見えて衰えている我が脳みそのお陰で、設定した本人で
ありながら「暗証番号何だっけ??」などという状態。
他人がなりすますどころか、正真正銘の本人ながら不審者扱いになってしまうことが珍しくないという悲しい現実に身を置く事があります。
とっても悲しい思いのうちを誰に伝えていいものやら・・・。 とほほ です。

2009年11月 6日 (金)

ヌケガラ

20091106
お風呂の脱衣所に脱いであった私の衣類である。あまりに見事なそのシェープ、「そのまま脱ぎました」とばかりに放置されているズボン・下着・ソックスの、謂わば芸術的とも云える絶妙の展開を見た妻が、いたく感動して写真にとったものである。それにしても元の形がそのまま裏返しになっている衣類のこの脱ぎっぷりを見ると、我ながらうまく脱いだものだわい!と妙に感動する。

しかし世の中は、上には上がいるものである。学生時代、奥多摩渓谷駅伝大会という駅伝大会に出たのだが、12月初旬に行なわれていたこの大会は、実業団のトップチームや箱根駅伝の調整の為に学生チームなどが出場するなど伝統あるものであった。会場の青梅街道は警察によって完全に交通規制がなされており、各中継所には緊張感が漂っていたものである。我がチームの次走者である先輩は、さる財閥の御曹子で相当な金持ちなのだが、生活力はあまりないおぼっちゃまランナー。その彼はタスキを受け取るや否や脱兎の如く中継所を飛び出して行ったのだが、その後にはこの写真の様な、見事なトレパンやウインドブレーカーの抜け殻が、青梅街道のセンターライン上に置き去りにされていたのだった。

きっと彼の家ではお手伝いさんが、おぼっちゃまの脱いだ服などは整理するのだろう、などと付き添いの私たち後輩は陰口をきいていたのだが、国道のど真ん中の脱いだままの生ナマしい服を見た他の選手や役員・警官などからは失笑の声が聞こえ、あたりが一瞬和やかな雰囲気に包まれたのだった。それにしても、今でもマラソン大会の試合でウオームアップをすませ、いざスタートラインにつこうとする直前、トレパンを脱いだら下にランニング用の短パンツをはき忘れていて、顔が真っ青になると云う夢を時々見るのは何故なんだろう?

2009年11月 5日 (木)

ロボット技術

閑に任せてUSA TODAYのWEB版を見ていると、日本で高齢者補助(AID)の為に開発されているロボットの事が大きく報道されている。ASIMOなどの先進的ロボットを始め、下半身が不自由な高齢者用の、筋力補助のロボットの開発状況などが紹介され、アメリカでも来るベビーブーマーの高齢化に備えロボットを研究する必要があると云っている。人間の形をしたロボットの開発は、日本が世界で一番進んでいるそうであるが、なぜそうかというと鉄腕アトムに代表される様に、役に立つ道具が人間の形や頭脳を持っている事に我々は親しみを持つのに対し、西欧では人間の形をした機械は、神の領域に入るものとして忌避されるからだと云う。

高齢者と言うと医療費や介護負担の増大などどうしても後ろ向きの話題ばかりで、暗雲が立ち込める感がするのだが、社会主義的な補助や福祉の一方的な費用増加に働く若い人達は困惑しているのではないだろうか。むしろ高齢化に伴って、お年寄りが前向きに取り組める様な明るい施策、例えば各種の筋力補助ロボットや、声音を認識して行動するような諸機械の開発に、国の予算などを振り向ける様にしてはどうだろうか。すでに世界でもトップクラスの技術を蓄積しているであろうわが国の産業界である、この種の高齢者の補助になる各種ロボットや電子・電器器具を開発する事は、IT化でアメリカに先んじられた日本の再生の糸口になるのではないだろうか。

郵政民営化によって、田舎の郵便や保険業務などに支障が出たので逆戻りさせるというが、民営化の後退は、結局は国民に多大の負担をかける事は必至。むしろIT化によって田舎の家でも高齢者が簡単にネット・バンキングやE-MAILが出来る様に、簡易かつ安全性の高いシステムの開発・普及に国の予算を振り向けた方が良いのではないかと思う。旧態依然の組織や文化様式にあわせた政策を行い、護送船団方式で一番速度が遅い集団に歩調を合わせて来た結果がどうなったか、もうこの20年ほどで我々は痛いほど色々学んだはずである。ロボットや新技術、IT、ユピキタス革命などによって高齢者の補助や介護を促進し、ひいては世界に冠たる技術を開発する事を国家の計としてあげたらどうなのだろうか。アメリカで日本のロボット技術が高く評価されている報道を見て思った事である。

2009年11月 4日 (水)

国債金利暴騰するか

既得権益に切り込んだり、政策の審議や決定の過程が、国民の目にかなり明瞭にわかる様になって来ているのは良しとするも、民主党新政権には失望を感じている。衆議院7議席で選挙前と変わらない社民党に国民は信任を与えたのでないし、亀井静香を良しとしたわけでもない。しかし外交では社民党に配慮しすぎる鳩山政権の迷走ぶりを見ていると、日米同盟の根幹が揺らぐのではないかと危惧されるし、郵政民営化の逆戻りでまた財政投融資資金が官僚や政治家の道具になる事が懸念される。20世紀の遺物マルキシズムを信望する様な福島瑞穂や、大きな政府を企む元警察官僚によって、この国はまた逆戻りのコースを選択している様だ。

思いつきのばらまき予算で歳出は膨らむ一方、景気低迷で税収は落ち込む中、マニフェストを実行するためには民主党政権は国債を刷りまくるしかないのだろうが、すでに国債の人気も落ちて金利は上昇を始めているという。これから数年間、10年ものの個人向け国債(変動金利)の金利は間違いなく上昇を続けるに違いないと私は確信している。そのうち日本国債の引き受け手が国内からいなくなったら、高い金利で中国にでも買ってもらうのだろうか? 考えるだけで恐ろしい気がしてくる。

国民としては、10年もの個人向け国債を買って、金利高騰をエンジョイしたら良いのかもしれないが、日本国がデフォルトを起こす前に売り逃げる (但し売却前の直近2回=1年分の利子相当額X0.8は差し引かれるが)事はできるであろうか? その時は円も暴落しているのだろうか? 学級会の様な理想論ばかり振りかざしている鳩山政権を見ていると、一度お灸をすえられた自民党に参院選は投票しようか、と来年の事を考えるのである。

2009年11月 3日 (火)

東京六大学野球ベストナイン

東京六大学野球・秋のリーグ戦も明治大学の優勝という事になった。さて普通は優勝した学校から多数選出されるベストナインだが、今回優勝の明治からは僅か1人しか選ばれず、早・慶から3人づつという珍しい結果になった。その中にあって甲子園常連の野球の強豪校出身者に混じり、慶応の3人が前橋高校、岡崎高校、高志高校といずれも屈指の公立進学校出身者であるのが目を引く。

前橋高校出の小野寺君は小さい頃から注目されていた選手との事で、リーグ戦も下級生の頃から出ていた。平成20年春についで2度目の首位打者は立派の一言。それにも増して私が注目していたのは岡崎高校出の山本君。4年生の秋までほとんど名前を知らなかったし、試合前のノック練習では守備位置のレフトからの返球が肩でも壊しているのか遠投がきかない。体も小柄な山本君だが秋のリーグ戦に抜擢されると、あれよあれよと言う活躍で本塁打を含む3割6分8厘の打撃成績でリーグ3位になったのは驚いた。捕手の長崎君も守備と打撃両面で1試合づつ成長しているのが判ったのだが、こういう公立高校から来た”伸び代”がある選手達の成長を見るのは楽しいものである。

慶応のキャッチといえば、最近10年でも都立三鷹高校出の高安君、仙台二高出の小河君、慶応湘南藤沢出の安藤君と必ずしも野球強豪校出でない叩き上げの様な選手が大活躍しているのが面白い。「練習は不可能を可能にする」と言う慶応義塾体育会のバックバーンを体現した文武両道の選手を応援したり、はたまた推薦入学者そろいの強豪チームに挑む東大を応援したりするのも、東京六大学野球の楽しみである。

2009年11月 2日 (月)

アドレナリン

今日は神宮球場で早慶野球戦の2回戦。昨日の1回戦で慶應は早稲田に一方的に勝っているものの、すでに明治と立教に勝ち点を落としているので慶應には優勝の目はなく、また最近は甲子園で活躍した有望な選手で固めた早稲田には分が悪いので連勝は難しいかと予想する。一方、11月第1日曜日と云えば、お隣の秩父宮ラグビー場では、ラグビーの慶應対明治の定期戦の日なのだが、こちらの方は近年にない仕上がりの様で観戦に行こうかとしばし迷う。しかし野球もやっぱり気になって、結局両方ともラクチンに見られるテレビ観戦と決め込むのは、我ながら情熱が薄れてきたものだと苦笑する。

そんな訳で、今日は午後2時過ぎからNHK教育テレビの野球と、ケーブルテレビのラグビー観戦に釘づけになっていたのだが、両方とも幸いなことに終始危なげない優勢な試合運び。私とすれば、野球で慶應が順調に得点を挙げれば「 良~し」と画面に向かって叫び、早稲田の攻撃になるとラグビーにチャンネルホッピング、慶應のトライ場面が放映されると拍手をするわ、明治が慶應陣に攻め込むとまた野球にチャンネルを戻すわで 「何て今日は忙しい日なの 」と妻に呆れられる。

そういえば、今朝の日経新聞の文化欄は、経済企画庁長官などを務めた寺澤芳雄氏が「稲門会と三田会」という題で寄稿している。稲門の寺澤氏によれば慶應の卒業生は 「日本中に入学価値のある学校は慶應しかないと思い込んでいるフシあがる」などとなかなか巧みな表現で、思わずにやりとさせられたが、そんな天敵・早稲田のリリーフに出てきたハンカチ王子・斎藤も打ち崩して早慶戦は快勝で連勝。ラグビーの方も明治に大勝して、今晩は久しぶりにうまい酒が飲めたのであった。

それにしても慶應が早稲田から勝ち点を上げたので、タナボタで明治が秋の六大学リーグ戦に優勝したのだが、今日は明治の学生や応援団・OB達は、秩父宮ラグビー場では慶應をぶち破れと叫び、お隣の神宮球場では慶應頑張れと叫んでいたはずで、複雑な秋の一日であった事だろう。中継放送のダブル快勝でアドレナリンが出まくった私は、その後のジョギングで、すごいスピードで突っ走って行ってしまって、今日も一人取り残された、と一緒に走っている妻にしかられたのであった。

2009年11月 1日 (日)

ゴハチ

20091031_3
東海道線でブルートレインなどの優等列車を牽引していたEF58(ゴハチ)、昭和53年ごろ京都・大山崎のカーブでの雄姿である。鉄道雑誌の中から気にいった写真をピックアップして、暇にまかせて書いた手慰みの絵。写真からスケッチしたので、なるべく望遠レンズで写した感じにやや誇張。

とくに写真に対する興味はないのだが、鉄道写真だけは常々撮ってみたいと思っていた。菜の花畑の向こうの線路を走る一両だけのディーゼルカー、全山紅葉の中の私鉄電車、山間を行くSLなどの写真を見ると、童謡や小学唱歌の世界が自然に頭に浮かんできて、そんな時は脳内でエンドルフィンが出ているのではないかと感じる。

鉄道車両が風景に溶け込み、機関車のホイッスルや車両のジョイント音が今にも聞こえてきそうな写真を見ていると、なんとか自分の手でスケッチしなおしてみたいと思って、写真を見ながら時々こんな絵を描いてみる。 

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