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2009年9月 2日 (水)

新潮選書 零式艦上戦闘機

新潮選書の8月新刊” 零式艦上戦闘機” 清水政彦著を読んだ。

零戦は、先の大戦初期に卓越した性能を持つ海軍戦闘機だったが、米軍が馬力に優れた戦闘機を開発して戦争に投入すると劣勢となった上、非力なエンジンでスペックを稼ぐ為に防弾をおろそかにしたので、多くのパイロットが犠牲になった、というのがこれまでこの機種に対するステレオタイプの見方であった。この本では、大戦の経過を踏まえつつ、他の「零戦」ものの様なスペック中心、ないしはマニアックな兵器ものとは一線を画し、戦術面から日米の海軍艦上機がどう奮闘し、勝敗を分けたかを詳細に検証している。

最初は無敵であったと云う神話も、実は開戦へき頭では欧米の最新の軍用機は欧州戦線に張り付いていて、太平洋の戦場には敵は旧式機ばかりであった事。零戦の馬力が小さい事や防弾が不十分という事も、設計する時点での設計思想からすると世界標準で、必ずしもパイロットを犠牲にしていたとは云えない事。大戦末期には敵の新鋭機や、日本の紫電改にも性能的に劣ったとされるが、戦史を分析すると必ずしもそうでもなく、終戦まで良く奮闘している事。20ミリ機銃は云われているほど優秀でも有効でもなかった事など、今までの評価を覆す目からウロコの事例が本書で次々に紹介される。

著者は金融関連の弁護士であるが、航空機と戦史のエキスパートらしく、実際のドッグファイト(空中戦)の戦術解説などは、実戦的で臨場感を感じる展開である。執筆に当たっては、大変な研究に加え、実際に旧パイロット達への聞き込みを相当行ったのだろうと推測される。

著者によると、日米の艦上戦闘機の性能の差は、大戦を通じて云われているほど絶対的なものではなく、パイロットの技量や経験も双方そう大して変わらなかったと云う。ただ「 日本海軍の航空部隊は、『素人を、素人のまま戦力化する』ための有効な集団戦術をもたなかった」事が、物量や技術力の差と共に、日本海軍敗因の一つだとしている。パイロットの名人芸にこだわり、運動性を損なう防御力の強化や重火器の搭載を、戦争突入後もかなり後回しにした日本に対し、いち早く損耗を減らす事に着目し、チームで攻撃する戦法を採りいれ、防御を強化した米軍との差が、太平洋の各作戦の帰趨に結びついていると指摘している。

この著書が信頼できるのは、日本軍の問題点は、万国共通に見られる事であって、米軍も同じ様な戦術や用兵の罠にしばしば陥っていた事、勝敗はとりもなおさず時の”幸運・不運”の要素が多分にあって、相対的なものである事を描いている点であろう。後の時代から見た、勝者が敗者を裁くかの如くの、後だしの一方的判断をしていない事が、大変清清しい読後感を与えてくれる。

「戦争から60年以上。恨みも面識もない大昔の軍人を見下してふんぞり返る前に、当時の日本が戦争を有利に進めるための努力・工夫として何が出来たのか・・・今一度考え直してみても良い・・・」と云う著者の結びの言葉は印象的である。

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