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2009年8月18日 (火)

遠藤周作の沈黙

遠藤周作の「沈黙」(新潮社文庫)を読んだ。若い頃は遠藤周作の「狸狐庵先生」=与太話もののファンであったが、同時に「深い河」など遠藤文学のもう一つのジャンル、宗教をテーマにした作品も何冊か読んだ記憶がある。最近、たまたま立寄った本屋の店頭で、かつての話題作「沈黙」の文庫本が平積みされているのを見て、この本は今まで読んでいなかったと改めて手にしたのであった。

「神は何故沈黙するのか」という事が小説のテーマであるのは予てから知っていたのだが、今回本書を読んでみて、遠藤周作のキリスト教に対する思索と、それをドラマチックな文章にして読者に訴えかけて行く、一直線のストーリー展開に心が動かされた。時は江戸時代初期、キリシタン禁制の長崎に布教に来たポルトガル人の神父が、弾圧や拷問の末、遂に棄教するまでの壮絶な体験をこの小説は描いているのだが、その中で神は本当に存在するのか、神の愛とは何なのか、神学的な神と現実の悪の存在をどう考えるのかなどの根源的な問いが小説に凝縮されている。その筋の進み具合は、第一級の推理小説に負けない、息もつがせぬ見事な展開だ。

遠藤周作は「日本人とキリスト教の相克」と云う事について終生考えていたと云うが、「沈黙」は神を裏切ると云う行為を通じて、愛とは何か、普段我々が考える愛とキリストの愛は違うのか、という命題を追求している。 それにつけても、若い頃に遠藤の純文学作品を読んでも、それほど心に響く事はなかったのだが、年齢を重ねた今「沈黙」を読んでみると、アガペー(神の愛)や宗教について改めて考えさせられる大変な小説であった事に気づく。

そういう意味において、この夏は若い頃に読んだ夏目漱石などの名作を再び読んでみようか、と思っている。きっと年齢を重ねる事に依って、若い頃と違った視点や、自分の生きる”よすが”の変化が名作を読む事から実感できるかもしれない。

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