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2009年7月 9日 (木)

たばこ狩とイスラムの怒り

2日間の四国出張の往復で「たばこ狩り」(平凡社新書)と「イスラムの怒り」(集英社新書)の2冊の新刊新書を読んだ。私はタバコは吸わないし、レストランなどでタバコの煙が流れてくると嫌だなと思う方である。またイスラムの偏狭かつ原理主義的に見える教えは、少なくとも我々普通の日本人から理解しえないものと思っているのだが、逆の立場からタバコを吸う人達やイスラムの人達は、嫌煙派や西欧をどう感じているのかの興味があり出張を前に本屋の店頭で手にしたのである。

両書とも現在の大方の一般的流れに棹さし、「たばこ擁護」あるいは「プロ・イスラム」の視点から出された本であるので、いささかの気負いや我田引水的論調が目立つのは割り引くとして、両書を読み終わってみると、西欧合理主義が行き着いた先である現在社会への文明論的批判として内容が相似している事が大変面白く感じた。

「たばこ狩り」について骨子をまとめてみると、

1.人間の理性を盲目的に確信している人達が多くなり、タバコの有害性が「科学的」に明らかになっていると決め付け、それを絶滅する事が正しい事と信じている。従わない人に「正しさ」を押し付け、社会を管理しようとする。これに従わない者は魔女狩りする。

2. こういう人達は、健康や安全に対し絶対的な安心立命を求め、それが実現できないのは行政やルールの不備で、充分な対策が採られていないからだと主張する。

3.しかし人間が生きる以上、社会に「闇の部分」「あいまいな部分」があるのが必定で、これを完全に排除した社会はあり得ない。今の社会は世界中が「防疫化」してしまい、人間社会にはしばしば起きる不祥事や事件・事故・災害・疫病などに対し過剰反応しすぎる傾向がある。この様な陥穽に落ち云った現代文明は早晩つまづくであろう。

さて「イスラムの怒り」では、

1.元来、キリスト教とイスラムは仲が悪いわけではなかった。東方教会が支配する地域では共存していたし、今日の様な対立もイスラエル建国まで深刻ではなかった。但し西ヨーロッパのカソリックは排他的でイスラムを敵視しており、特に近世以降は神を捨てた西欧の近代化に対して、イスラムは神が絶対者として君臨しているので溝が広まった。

2.理性を重視して合理主義から近代科学を生み出した西欧に対し、神への絶対服従を主とするイスラムでは合理主義や科学的因果律が育たなかったが、イスラムでは家族を中心とする助け合いの社会は壊れなかった。

3.砂漠の民の共生の思想であるイスラムは、弱者を助けるのが神の意志であるから、米英などとの戦争で弱い者、特に子供・女性・老人などが被害に遭う事に敏感でこういう事態に反発する。近代の国家成立のベースとなる民族主義など欧米の考えの押しつけでなく、別の理念が働く社会がある事を認識し見直す時期ではないか。

さていずれの本も、まったく違うジャンルを扱ったものだが、ともに西欧が近代化以降押し進めてきた啓蒙思想に反省を求める点では、論点が似ている事に気づくのである。私は基本的にはその様には考えぬが、確かに理性や合理主義を敷衍する事で、必ずしも幸せな個人や社会が実現できる訳でもないとも思う。”理外の理”とか”人間のさが”、”ひとの弱さ”など人間の本質を広く受け入れる寛容性が、自分にも必要であると反省するのである。

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