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2009年6月29日 (月)

日本のタリバン

これまで気軽に、わが国の神仏混交の大らかさが良いなどと思い、そうブログにも書き綴ってきたのだが、日本の宗教の永い永い歴史の中には、色々な側面がある様である。

この週末は、客船”にっぽん丸”のウィークエンド新宮・館山クルーズに乗船して、オプショナルツアーで熊野那智大社に行って来た。日本一の落差を誇る那智の滝見物に続き、熊野那智大社に詣でたのだが、神社の一角に那智山青岸渡寺と云う古寺がある。神社に隣接してお寺があるのは何も珍しくないが、ここには寺の由来などを大書きした説明がない。お寺の前のお札などを売っている売店のおばちゃんが、威勢良く参拝客に話しかけているので、思わず「この寺は、天台宗なの?」と質問したのがおばちゃんのドツボにハマってしまった様だ。待ってましたとばかり「天台宗が開かれる前からの古いお寺です~」から始まり、この寺の故事来歴を流暢に話し出す。何でもこの地ではこの寺院が古くから権勢をふるっていて、神社をお寺が守って来たのだと云う。

どうやら日頃から参拝客に伝えたい話が、おばちゃんの頭の中には一杯詰まっていて、一旦堰を切って話し出したらどうにも止らない様である。熊野大社と青岸渡寺を中心に、古代~中世~近代に渡る全国の神社とお寺の関係から、神社建築や仏教建築様式の相違点などを流暢に講釈してくれるのだが、その話はかつて大学の一般教養課程で取った「宗教学」などの講義よりよっぽどおもしろい。話のクライマックスは明治維新の廃仏毀釈で、熊野本宮大社や熊野速玉大社などの仏堂が廃された際、ここ青岸渡寺がかろうじて生き残ったそうだが、そのくだりでは「日本にもタリバンの時代があった」と憤懣やる方ない口調である。

そういえば、今の日本では、普通にお寺と神社が棲み分けているが、僅か150年前には廃仏毀釈(神仏棄却)などと言う運動があって、国家神道に仏教が弾圧され仏像が破壊されたり、寺が廃されたりした時代があった事を日本史で習った。もっともその過激な運動も、僅か数年間で終わったと云うのが、わが国とタリバンの違うところであるが、歴史や宗教などは多面的なもので、数冊の本やネットなどからチョチョイと聞きかじった位で、日本の神仏の多様性などを軽々しく云々したりはできないものだ、とおばちゃんの話を聞いて反省したのであった。

それにしても旅と云うのは良い物である。若いときは寺社仏閣などにはとんと興味がなかったが、歳を取ってくるとだんだん日本の事や我らの先祖の事に興味が沸いてくる。お寺や神社を訪れるたびに、新たな発見や想いを新たにする事が見つかるものである。

那智山青岸渡寺
20090629_2

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