金融商品・売り手の責任
今回の経済危機の反省から、資本主義・市場経済を本来これらが内包すべき禁欲的なものに戻し、市場の運営には細心の注意をはかるべし、という論があちこちで発表されているようである。2月18日のブログでアップした中谷巌の新刊「資本主義は、なぜ自壊したのか」(集英社)もその一つであり、本屋に行くと同じ様に今回の危機に関わる本が山ほど積まれている。
昨日の日経新聞の経済教室に、高安秀樹と言う「経済物理学者」が面白い提案をしていた。今や自動車や家電などの製造物はもとより住宅建築に至るまで、製造者・販売者は現実のデータと合わない様な仮のデータを基にして作った商品はとうてい販売できない。そうした製品に欠陥が見つかれば、製造者は厳しく罰せられる世の中であるから、メーカーは厳しい検査体制をとり、製品販売後も膨大なデータを管理分析している。
ところが金融商品は、「買い手の自己責任」という名の下、現実のデータと合わない様な欠陥商品が、何の検査も検証もされず世界中に大量に売られていたのであり、今回の危機はおこるべくして起こった人災であると云う。自己責任が強調されればされるほど、その商品に関する科学が未発達で、分析管理技術が確立されていないと、高安氏は「経済物理」の観点から指摘をしている。
そう言えば大学の経済原論で学んだ「近代経済学」は、「 もし個人が欲望を最大限に満足しようとする社会であるなら 」などと現実社会では必ずしもそうではないモデルを前提にして構築されていたが、常に限定された条件の下で理論を研究する経済学の手法が正しいのか。今回の金融・経済危機をみるにつけ、「 経済学は学問として成り立つものなのか 」と言うのは、物理学科を出た妻の感想である。
高安氏は,今やすべての金融取引が電子化されコンピューターで管理される社会であるから、これらからあらゆるデータを集めて欠陥がある金融商品を選別し、今後売り手側に金融の欠陥商品を作らせない様に責任を持たせる他、金融商品の取引を検査・看視する仕組みを作れと主張している。金を増やしたいと言う人間の欲望にはきりがないのだろうが、貯蓄から投資へとお金の動きを変えるためにも、ここは禁欲的で厳しい体制を取り、この様な危機が再度起こらないシステムを構築して欲しいものである。
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