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2009年4月21日 (火)

にぎやかな天地

宮本輝の「にぎやかな天地」(中公文庫 上・下巻)を読んだ。食物の発酵に関連する主人公の仕事を通じて、人間の生の有様や、生と死の問題を緩やかな筆致で描いた長編小説で、爽やかな読後感を得た。

小説の中で作者は、生理的な意味で生物が死んだ後も酵母などの微生物が繁殖し、発酵というメカニズムを通じてその死が有用なものとして利用されて行く過程をつぶさに描いている。その事を通じて、生体の衰えや死は 「生」 の対極にあるのでなく、「死」 は 「生」の延長でもあり両者は一体になっている、と云う思いをゆったりと読者に伝えている。

この小説では、主人公の青年の生き方や、その周りに起きる出来事を通じて、人生に於いて何がしか踏み出せば、その行為がいつの日か意味を持つ事がくる、と言う作者の考えが表されている。そしてその様な生の発露は、衰え・死・別れと一線を画した物でなく、生のかなたに死が水平的に発展していくと云うのが小説のモチーフになっている様だ。

文庫本の後書きで、著者は 「大きな災厄が起こったとする。その時の悲嘆、絶望、憤怒、慟哭というものは、未来を断ち切ってしまうかに思われる。だがその悲しみが、五年後、十年後、二十年後に、思いも寄らぬ幸福や人間的成長や福徳に転換されていったとき、私たちは過去の不幸の意味について改めて深く思いを傾けるであろう。」 「冷静な視力で過ぎ去った過去を長い時間で見るならば、不幸が不幸のままで終わったという事は少ないのだ。」と生の意味について書いている。

実は若い時分、この作者の小説を読んだ事があったが、当時はまだ若気の至りか、筋の展開が冗長だと思ってあまり興味を持たなかった。ところが数年前テレビの対談番組で 「人間の業」 に関する作者のコメントを聞いて感じるところがあり、最近、本屋の店頭に並んでいたこの本を手にしたのだった。宮本輝といえば、どちらかと言えば女性の読者が多い様だが、この悠揚の小説を読んで私自身が面白かったと感じたのは、私が加齢と共に内面的にも少しは変化しているのか、と思ったのだった。

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