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2009年4月 2日 (木)

メルカードにて

サファイア・プリンセス号は、今日は古くからの港町マザトランに入港した。ここの旧市街(ダウンタウン)は雑然としていて、同じくスペインが治めていたフィリピンの町にどことなく雰囲気が似ている。何となく街をぶらぶら散策する内、大きな市場(メルカード)にたどり着いた。

みやげ物屋や日常雑貨品の小さな店を冷やかしていると、次第に生臭いニオイが漂うコーナーに突き当たる。一体この悪臭は何かと思っていると、そこは小さな肉屋が集まるコーナーであった。大した冷凍設備もない店頭には、大きな肉の塊が置かれていて、多くの店から出るビーフやポーク、チキンの臭いがこの一角のけもの臭さの原因の様である。そしてそこの中心部らしき場所には解体されかかっている丸ごとの牛1頭が置かれていて、その牛から各肉屋に肉が供給されている様であるが、その牛の姿は良くニュースで見るきれいに解体されて冷凍庫にぶら下がっている肉ではなく、何とも生々しい牛1頭そのものの姿で、食肉としてそがれた部分などが判る。良く見ていると牛の解剖実験の様で、気の弱い私などはそのムーンとした臭いも手伝って卒倒しそうである。それは普段我々が肉屋やスーパーで感じる事ができない「生きている他の動物の命を頂いて我々が生きている」という事を思い出させる直裁な光景であった。

近代技術の粋を尽くした清潔な客船から一歩外へ踏み出せば、そこは人間の生の営みが展開している世界であるのは何ともシュールな事である。そういえば我々日本人もここ数十年で、人間の原体験の様なリアルな世界を見ずに過ごす環境に住んでいる事を思い起こす。かつて子供の頃、田舎の民宿に行った時は「鶏の首を今から絞めてごちそうにしますよ」などと言われ、晩飯が何となく喉を通らなかった事もあった。また昔は水洗便所などなかったから、人間の排泄物と向き合う事も日常であった。大山街道(国道246号)などは肥溜めを積んだ荷馬車が時々通ってその後は悪臭がしばらく道端から消えなかったものである。西武線の電車が黄色なのは、貨物列車から肥溜めがこぼれても車両を洗う必要がないからだ、などと言う噂がまことしやかに流されていたのであった。

その他、怪我をして体中赤チンだらけで鼻水をすすっている子供や、おっぱいを赤ちゃんに含ませている母親なども街中のあちこちで見たものだし、お葬式なども普通は家で行われて、玄関に「忌中」と書かれたすだれが良くかかっていた。いうなれば良いも悪いも人間の生の営みがもっと身近にあって、そういう中で誕生、成長、生活、病気、死と言うような行為が日常的に行われていたのであろう。

今の日本は冷暖房の効いた部屋にいながら世界のあり様をネットやメディアで知り何となく世の中を理解した様な気になる。街には抗菌グッズが溢れ、介護専門の施設で過ごす老人が増え、綺麗ごとで日々が過ぎて行く様でもある。肉はスーパーでパッケージに入り、生きていた動物によって我々が活かされているという事を思い出す間もなく日常が過ぎていく。そんな生活は先進国のごく一部の人間だけが享受している世界なのだと言う事が、客船を降りて開発途上国に来てみて逆説的に感じるのである。

メキシコの小さな町の市場に入り、牛の解体を見るうち、このまま「無菌」の日本人が増えていったら、将来はどういう社会になるのだろうか、と言う思いが頭をかすめたのだった。
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