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2009年2月18日 (水)

アニミズムとシンクレティズム

中谷巌の新刊「資本主義は、なぜ自壊したのか」(集英社)を読んだ。かつて政府の「経済戦略会議」のメンバーとして構造改革、規制緩和を推進した気鋭の経済学者の「懺悔の書」で、グローバル資本主義やこれまで進めてきた構造改革からの訣別の書でもあるそうだ。中谷によると、若き頃留学したハーバード大学での近代経済学が、学問として余りにも精緻な為に、すっかりアメリカ式の市場主義に酔いしれてしまったそうだが、現在、世界を覆う惨憺たる経済の状況を見るまでもなく、市場原理を優先させた最近の経済学が、人間を本当に幸福にするものであったかを考えると、大いに疑問を感じて考え方を変えたそうである。

この新自由主義的経済は、アメリカという特異な国を土台とした経済で、国の成り立ちが違うヨーロッパや日本では、そもそも馴染めない類のものだそうだが、わが国は米国に倣い強引にやりすぎた感がある、と氏は考えてこの本を著したと言う。さて「行け行けどんどん」の学者が、急に「転向しました」と言っても、これまでそれに躍らされたきた我々、一般市民は面食らう気もするのだが、アメリカ建国以来の成り立ち、一神教のドクトリンから派生したネオ市場主義に世界が席捲され、今またその失敗に起因した巻き添えを喰らって、世界経済ががたがたになっているのを見るにつけ、中谷の指摘に頷く箇所も多い。

ところでこの本、先に読んだ五木寛之の「人間の覚悟」(新潮新書)とかなり論旨が似通っている事に気づく。かたや新自由主義的な近代経済学者、かたや文化人と言われる作家で、かなり立脚点が違う両氏が、今やほとんど同じ文脈で問題点を指摘し、未来への提言を展開しているのは面白い。五木と中谷が共に指摘しているのが、我々が古来育んできたアニミズム(精霊信仰)とシンクレティズム(神仏混淆)の再評価。万物自然に神が宿ると考える、我々日本人が持っている自然との共生感、寺院の敷地の中に神社がある様な宗教的寛容さなどが、この崩壊した経済を立て直すバックボーンとなり、次の穏やかな社会を再構築する為に大いに役立つと両者は説いている。

たしかに、日本では大きな寺院を訪れると、一角に鳥居があったりして「あれ、ここはお寺だったっけ、神社だったっけ」等としばし迷ったりするのだが、外国のキリスト寺院などはその敷地に他の宗教のシンボルなどは決して建っていない様だ。また日本とほぼ同じ大きさの温帯の島国のニュージーランドは、かつて全土が覆われていた森林を伐採して羊の牧草地にしてしてしまったが、わが国では何かの為に国土の大半の木を切ったりはしなかったので、今だに世界第5位の森林面積を誇っている。この様に多文化に対する寛容(いい加減さといっても良いだろう)と、自然を改造するのでなく、自然との共生を図ろうとする日本人の伝統的特性を発揮し、新しい価値観に基いた国造りを目指す点で、立場のまるで違う二人の本が図らずも同じ事を述べているのが興味深い。

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