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2008年11月 3日 (月)

紺色スーツ軍団

異様な一群が町を歩いていた。全員小さな子供を連れた3人組で、父親がダーク・スーツ(ほとんどが濃紺)で母親が紺のスーツである。最初は7・5・3の参拝かと思ったが、華やかに着飾った和服姿もない。父親は全員白のYシャツ、母親ときたら色見本の基準でもある様な同じ濃さの紺色で、違いは胸のボタンがフック留めか丸ボタンか、あるいは珠に紺のベルトを付けている人を見かけるぐらいしかない。子供の制服集団ならまだ良く見かけるが、保護者も制服を着せられるとなると、これは子供を「だし」にした新興宗教かと思うばかりで、それぞれが足早に地下鉄やJRの駅に急ぐ姿は、この自由な社会で何がおこったのか?と訝ってしまった。

で、今日はそんな年頃の子供を持つ義妹に「あれは一体何?」と聞くと、案の定「お受験よ!」との答え。「親の服装が他と少しでも違って目立ってしまう事で、入試に不利になったら困ると思っているのよ」との事。なにやら全体主義のどこかの国で、人と少しでも違っていたら差別や密告される社会の様じゃないか。いつから受験がそんな恐怖政治みたいになってしまったのだろう。

今度某私立学校で永年教師をしている昔の同級生にあったら聞いてみたいのだが、常識的に考えれば、別にブレザーや他人と色が違うスーツで保護者が行っても差別される訳がないし、それで入試の成績に響く事もないだろう。仮にそんな事が評価の対象になる様な学校だったら、親の方から願い下げた方が良い。そんな事で子供が人生の入り口で峻別される社会であるとすると、わずかな差異を見つけて子供同士がいじめや差別をするのを、親の側が助長している風潮を作っているのではないだろうか? 

かつて出向先で営業担当の役員として、大卒新入社員の面接をした事があったが、皆どこかの教則に書いてあった様な模範的な答えをするのに辟易としていた。そんな折、私はよく「大学の校歌を最初から最後まで歌ってくれ」と質問したものである。多分そんな質問は想定問答集にはないのだろう、志願者は皆、随分面食らっていた様である。そんな時に気のきいた答えをする学生は評価できるし、自分の属する集団にどの位主体的に関わったかのテストに丁度良いと思ったのだが、ある時「あまり変な質問をすると、リクルートナビなどであの会社はおかしい、と投稿されるので辞めてほしい」と総務担当の役員に言われてしまった。ああ、嫌な風潮だなと思ったが、今日は紺色スーツ軍団を見て絶句、そんな世の中なのだなと感じたのであった。

面接の時 「この会社は上場しているのですか?自分は学生なので何もわからなくて」とあっけらかんと答えた学生を採用者に加えた事を思い出すが、その会社を去った今でも、彼が順調に伸びているのを見て、良かったなと思うのである。

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