« 江戸散策その3万世橋 | トップページ | アイロンがけ »

2008年11月11日 (火)

民都大阪 対 帝都東京

昨日のブログで、東京は明治・大正時代に中心地を囲む形で鉄道のターミナルが開業した、等と書いている中、サントリー学芸賞(社会・風俗部門)を受賞した原武史著「『民都』大阪 対 『帝都』東京」・講談社刊を思い出した。東京では上野、東京、万世橋、両国など早くから開業したターミナル駅を、山の手線(1925年環状運転開始)が結んだと書いたが、総武・中央線(1932年開通)や旧国鉄線を中心に鉄道網が整備されたのに対し、大阪では1964年まで環状線がなく私鉄を中心に鉄道が発展していた。

この本で原は、阪急電鉄の(旧)梅田ターミナルが国鉄のガードをアンダー・パスして国鉄線に直角に大阪市内に乗り入れている事を象徴的に捉えて、「官なにするものぞ」で育った関西の私鉄と、山の手線に沿った形でターミナルを形成した関東私鉄の、官に寄り沿う考えを通して、行政に対する東西の対応の差異を考察した思想史を展開する。

原の論拠に沿って改めて考えてみると、東京の私鉄と大阪の私鉄では、同じ「大手私鉄」と人括りにできるのか、というくらいそのあり様の違いに驚く。大阪の私鉄のターミナルと言えば、阪急の梅田、南海のなんばなど、眼を見開かされる様な立派な駅が多い。これらターミナルはJRとは別個の場所に、あたかもその存在を主張するかの如く堂々と建設されており、JR線とは連絡していない。阪急の梅田駅を降りて、JR大阪駅中央口に歩いていく時、その不便さと屋根もない通路に「東京ではこの連絡はありえないな」としばし痛感するものだ。なにより私鉄線がJR線と駅を共有してホームを平行に建設したりしていないのが、原の指摘する様に関西の反骨心を表しているかの様に見える。大阪では阪急、阪神、京阪、近鉄、南海とどれ一つとしてそのターミナルや準ターミナルがJR線と平行に敷設されていない事に驚く。

対して東京では、明治・大正時代にターミナルが旧国鉄線の途中駅になったのを始め、京急、東急、小田急、京王、西武(池袋線)はすべてそのターミナルがJRの駅に乗り入れている。東武も東上線然り、伊勢崎線は準ターミナルの北千住で、西武新宿線は高田馬場で、京成は実質ターミナル日暮里でJRに平行に連絡しており、国鉄山の手線を起点としてすべての鉄道網が形勢された事が明白である。私鉄は山の手線から郊外に向かうもので、その内側は市電(都電)でカバーする、というルールが明確に存在していたであろうと思われるのが東京である。
また地方鉄道法によって1067ミリの軌間で建設された私鉄が主流の関東に対し、なかば「だまし」で軌道法(路面電車)による1435ミリ軌間で免許を得た関西の私鉄のえげつなさと官(国鉄)への対抗も感じるのである。

現在では東京でも大阪でも、地下鉄を介した私鉄同士の乗り入れが盛んになって、原則は随分くずれている様だが、原が指摘した私鉄建設を通して東西の官に対する姿勢が見て取れるという意見は、けだし卓見で頷く処が多い。

東京で運転しているドライバーが関西に行くと、そのエゲツナサに驚くと言うが、まだどこかにそんな交通ルールに対する東西の精神の違いが残っているのだろうか。

« 江戸散策その3万世橋 | トップページ | アイロンがけ »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 江戸散策その3万世橋 | トップページ | アイロンがけ »

2019年6月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想
無料ブログはココログ