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2008年11月16日 (日)

江戸散策その4

D

ビルに囲まれた一角、墨田区両国三丁目(旧本所松阪町)のなまこ塀は、「吉良上野介邸跡」である。史実では元禄14年(1701)江戸城「松の廊下」で刃傷沙汰が起こり、播州赤穂藩主・浅野内匠頭は切腹・お家(藩)取り潰しになるが、相手の吉良上野介には何もお咎めがなかった事になっている。ただこの事件の後、吉良上野介は江戸城に近かった屋敷を召し上げられ、川向うのここ本所松阪町に移されている事を考えると、幕府はお膝元の江戸城に近い場所で敵討ちの事件を起こされる事を恐れ、吉良をなかば「さらし者」にしても已む無し、と思っていたとも考えられる。

この吉良邸は京葉道路から少し入った町中のごく目立たない場所にあって、ここを目当てに来なければ通り過ぎてしまうほどの小さな屋敷跡である。当時の屋敷の86分の1だけが現在都指定旧跡として残されているにすぎない。私がここに来たのは2度目であるが、日本人の心情に訴えるあれほど有名な事件の現場としては、実にあっさりとしている事に驚く。300余年ほどの前の雪の夜、この場所で、討ち入り装束に身を固めた赤穂浪士47士が集まって主君の恨みを果たした様な熱狂的なエネルギーは、今や微塵も感じる事ができないごく普通の下町の一角である。

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