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2008年6月

2008年6月29日 (日)

ミリタリー・タトゥ

子供の頃から旅行は好きだった。10年ほど前に初めて高知県に行った事で、日本のすべての都道府県を訪れた事になった。訪れると言うのは「一泊以上滞在し、仕事やゴルフや登山、観光その他何らかの行事を行う事」と自分で定義している。単なる通過や、ちょっと立ち寄った事は除外して「そこで何かをした」事と決めている。

で目を世界に向けると、まだ未知の世界があまりにも沢山ある事に気がつく。北半球で言えばミャンマーとギリシャの間、インド、中東、アフリカなどは足を踏み入れた事もない。長い間、海運業に携わっているが、ドライカーゴの分野ばかり、タンカーの経験がないので、この地域への出張はお声が掛からなかった。一度観光でインドや最近躍進の中東、アフリカなどへ行ってみたい気もするが、どうも混沌とした開発途上の国やイスラム地域はあまり水が合いそうもなく、わざわざお金を払って行く気はしない。

仕事に忙しく長時間労働の妻は、汗水たらして働いたお金を適度に消費し、ストレスを解消するのは旅行やクルーズだと思っているので、毎年お正月休みを過ぎるといきなり「今年の夏休みの計画」などと言い出して、せいぜい目先2週間くらいの事しか眼中にない私をびっくりさせる。そんな時はなるべくこれまでに行った事のない地域や場所を選びたいと思うのだが、開発途上国を除いて検討するとなると、遠かったり物価が高かったりでなかなか候補地が決まらない。

そんな朝、妻が「You Tube」で英国はエジンバラで毎年開催される「ミリタリー・タトゥ」を見せてきた。軍隊のマーチングバンドの祭典だということは以前聞いていたが、大勢のスコットランド兵がバグパイプを演奏する映像を見せられて是非現地で見てみたくなった。妻は高校時代ロンドンに住んでいた時に、TV生中継を見て以来やはり一度は見てみたかったそうである。夫婦揃って軍楽好きだったこともあり珍しく一発で意見が一致したが、今年行くにはあまりに準備不足につき、来年の夏休みにしようということになった。一年先の夏休みの行き先が決まるなんて、画期的なことである。

2008年6月26日 (木)

国際的常識

漁船とぶつかったイージス艦「あたご」の当直士官が業務上過失などで起訴された。この事故ではいつものメディアの例に漏れず、当初から一方的に自衛艦が悪いかの様な報道が盛んになされており、今回の起訴も当然と言う論調である。

しかし週刊誌や、各種の報道、海事専門誌などの追跡記事では悪いのは自衛艦だけか、という指摘も相当目立つこのごろである。

自衛艦(軍艦)は、民間の船に本来敬意を持って扱われるものである、と前回私はブログで取り上げた通りである。その後、自衛艦(軍艦)と行き違う際は、商船は船尾の国旗を半分下げ、敬礼をして進路を譲るのが国際的には普通であるという事をある本で知った。大きなイージス艦はその国際的常識に従っており、何隻もの船団で来る小型漁船をいちいち回避していたら却って危険である、という声も強い。

また大漁祈願の「げんかつぎ」でわざと大型船の前を直前に横切る小型漁船もいる、という声はテレビでも放映されていた。自衛艦ブリッジの見張り要員が多すぎて、却って統制がとれないのも原因の一つではないか、というのは海事業界誌で商船の船乗りからの声であった。

今後海難審判などの場で事実が明らかになるのだろうが、そもそもこの事故を調査するのが軍法会議や軍の裁判組織でない事は、わが国の安全保障上大変な問題であると言う。警察(保安庁)や消防が捜査権を盾に機密地域に入れ、機密が外部に容易に漏れる様なわが国の法体制の下では、今後米国は機密や様々な軍事技術を日本に供与するのに慎重になるであろう事が容易に想像がつく。すでに近年イージス艦の機密が中国のスパイに漏れた例などから、次世代戦闘機F22ラプターの日本への供与に米議会が赤信号を出しているそうである。

驚異的に軍事予算を毎年伸ばし、着々と覇権国家の本性をむき出しにする中国。米国の傘の下、わが国が軍事的に圧倒的に優位にある事がこの国の進出を防ぐ一つの手立てある事は想像に難くない。気がついた時には、沖縄は中国のものだった等という事態になる前に、自衛隊に対する、というより先の大戦の反省から、軍と言うとタブー視し日陰者扱いしてきたわが国の論調や法律をそろそろ世界標準に改める時であろう。終戦より60年以上、冷戦が終わってから15年以上、この変化の激しい世界で新たな視点を持たないと大変な事になる、と危惧するのである。

2008年6月25日 (水)

賞味期限切れ

会社の床に落ちた食べ物も頓着せずに食べてしまう方であるが、賞味期限という表示にはどうも弱い。特に乳製品や生卵は期限が気になって、数日過ぎた物は捨ててしまいたくなる。一方、妻は私が顔を洗わなかったり、風呂に入らなかったりすると口うるさく注意するのだが、食べ物の賞味期限は気にせず「あれはあくまで目安よ」とうそぶき何ヶ月も冷蔵庫に保管していた食品を平気で調理している。で、すき焼きの日は、古い卵で大丈夫と言い張る妻に、私だけスーパーで新鮮卵を買ってきて対抗している。

先日、新聞を読んでいた妻は「食ショック」と言う記事を発見して、私に良く読めとよこす。いわく「25年前の缶詰を試食したら問題なかった」とか「日本の賞味期限は諸外国より早すぎる」などとあり、記事を読む私を見て一人ほくそえんでいる。

確かに言われてみると、我々は表示に慣れ過ぎ、においを嗅ぎ口元で試して食べるという、人類が長い間実行してきたいわば本能的な防衛方法を捨てて、ラベル一枚に安全を托す文化に染まっているのかも知れない。その翳には食の安全に対する責任を回避をし、かつ在庫の回転を早めたいと言うメーカーや行政の本音も見え隠れする。外国のスーパーで日本製食品が期限切れでも堂々と売られているのを見ると、我々は五感でなくラベルに飼いならされすぎているのかも知れないという感がしてくる。

そもそも日本中で売られている大量の食品は、期限切れになるとどこかで密かに廃棄されているはずだが、一体その量はどの位になるのだろう。日本の津々浦々の漁港で揚がった魚貝類は、そのどのくらいが食卓に登るのだろう。食料の自給率やマグロの獲り過ぎなどの記事を見るにつけ、こういう素朴な疑問が湧き上がってくる。賞味期限の問題も含め、食品を無駄なく生産し、食べ尽くすというかつての文化をもう一度認識しても良いのではないかと思う。

赤福の件も、そもそもは売れ残りを前提に生産するという事が問題ではあるが、仮に売れ残ったら冷凍再生品として廉価で堂々と店頭に並べる対応があっても良いのではないか。

すべて原則自己責任や五感を発揮するという基本を忘れ、ラベルや行政に頼って生きて行く中で、生きるのに必要な第六感や、経験に頼る知恵が急速に失われている気がする。

2008年6月23日 (月)

2つの職場

現在、私はサラリーマンでなく「いつもにこにこ青色申告」の自営業で、コンサル業をしながら複数のお客様から報酬を頂いている。銀行に勤めている妻に言わせると「ゆるい」仕事振りらしいが、自分でもそう思うから仕方ない。でもこの第2の人生でも何とか食べられているのだから、お天道様に感謝しなければならないと思うこの頃である。

そんなゆるい仕事でも、複数の事務所に出かけていって業務を手伝うということは、思っていた以上に大変であると感じる事もある。それは業務の内容より、それぞれの事業所が全くの関連を持っていないので、時間をきっちり区切ってその間だけ働くというやり方が、なかなか職場の雰囲気に馴染まない事による。それぞれの場所でその都合によって急に会議が開催されたり、夕方になって作業が割り振られたり、飲みにケーションが始まったりするのだが、欧米の様に「時間ですからハイさよなら」と言う訳には行かない。「週何時間のコンサル業務をする」と言う契約をしていても、時間が経過して帰り際になると、何か後ろ髪を引かれる様な、本当の核心の部分はこれから始まるのではないか、と言う気になってしまう。

などと考えている内、子供を育てながら勤める母親というのは、この何倍も大変な思いをしているのだという事に気付く。会社の業務や忙しさにはお構いなしに、子供は急に病気になったり怪我をしたりする。逆に子供との約束があっても、職場で急にはずせない仕事が舞い込んで気が気でない場面も多々あろう。まったく関連性のない2つの事を日々こなしていく大変さというのは、専業サラリーマンには想像がつかない気遣いが必要で、ストレスがかかる事は想像するに難くない。

今まで当たり前の様に一つの会社でサラリーマンをしていた身であったが、掛け持ち業務をしだすと今まで見えてこなかった働く母親と子育てなどと言う面も考える様になる。「母は強し」だろうが、日本の会社の働き方を少し変えないと、子供を育てながら働く女性は増えてこないのかもしれない。

2008年6月22日 (日)

ナッチャンRera

仕事の関係で、青森-函館間の新造高速フェリー"ナッチャンRera"に乗船してきた。関東にいると、青函トンネルが開通した今でもフェリーがあるのかと思っている位の人が多いが、本州ー北海道間のクルマやトラックでの連絡は今でもフェリーしかなく、首都圏や日本海側各港から北海道に多くのフェリー航路が開設されている。中でもやはり本州・北海道連絡最短の青森県と道南地区結ぶフェリーは便数も多くメインの航路となっている。

ここに世界最大級(14000トン)時速70キ以上で走る高速フェリーが昨年から運航を開始した。青森、函館両港のターミナルも新しく、オーストラリアで新造されたフェリーもデザインが垢抜けている。ちょっと今までの国内のフェリーや高速船のイメージを覆すアコモデーションに目を見張る。昨日は津軽海峡も晴朗、ズーズー弁の団体と共に韓国や米国からの団体客も乗っていて、あっという間の2時間であった。

その昔、上野駅を昼に出発すると深夜青森駅に到着、長いホームを急ぎ足で青函連絡船に乗船、船内で仮眠し、早暁函館で道内連絡の列車に眠い目をこすりながら乗車したのとは別世界、夢の様な快適さであった。

北海道に行く際は、ちょっと遠回りしてこのフェリー乗船、お勧めだ。

写真は津軽海峡で姉妹船"ナッチャンWorld"とすれちがう"ナッチャンRera"
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2008年6月19日 (木)

足痛 is freedom

6月の初めに肉離れをおこして、6月8日の試合にでられなかった事は、前にブログに記載した通りだ。今回は練習も積んできたし天気も良く走りたかったなあ、と今更ながら思う。

足の方は休息と湿布のおかげで、今週には痛みも無くなり又走れる様になってきた。いつも走る前は「しんどいな、今日ぐらい休んでしまうか」など「どっこいしょ」という感じだが、走りたくても走れない状態が続くと、いつも当たり前にしていた事が何か遠い出来事の様にさえ思え、体が満足に動くというのは何て素晴らしい事か、とうずうずしてくる。

たかだか2週間の痛みの間に試合があった事はとても残念だが、逆に痛みも2週間位で治まって大事に至らなかったのは良かった事だ、もっとストレッチやマッサージをしなさいという良い警告だと考える事にしよう。いかに良いほうに考えていくかは、「自由だ~!」

2008年6月17日 (火)

タコ・タイムかタコ・ベルか?

マクドナルド始め、たいていのアメリカンファーストフードが日本でも営業を展開している。一時撤退していたバーガーキングも再びわが国に進出してきたので、さっそく新宿西口まで名物「ワッパー」を買いに行ってしまった。最近は神田に2号店が出来たから仕事場に近くて時々食べる。

そういう中で、一向にわが国に上陸する気配がないのが、タコである。タコといっても明石のタコを使ったたこ焼きの事ではない。タコス、ブリトーを中心にしたメキシカンファーストフード店の事だ。サルサやアボカドのクリーム、コーンから作られるタコシェル、チリービーンズにたっぷりのひき肉、トマトやレタスがターップリのメキシカンフードなどなど。ああ、ここまで書いてくると涎が出てきそうになる。

アメリカには「タコタイム」と「タコベル」の2つの大きなメキシカンファーストフードのチェーンがあって、いずれも5ドルから10ドルも出せば腹一杯ジャンクメキシカンが食べられる。どちらかと言えばタコタイムが少し上等らしいが、いずれにしてもフードコートなどに行くと大抵この2つのどちらかが出店している。米国に行ってショッピングや空港の乗り換えの際など一寸お腹がすいたが、ピザはヘビーだなと思う様な時タコスが良い。

これだけ彼の地ではポピュラーなタコだが、なぜかわが国ではほとんど馴染みがない。知人のアメリカ人に日本でタコタイムのフランチャイズを一緒にやらないか、絶対うけるぜ、と何回かけしかけるのだが、酒の上の話に終わっているこれまでである。これは行けると思うのだが・・・・・・。


写真は、タコベルのブリトー。見ていたらお腹がすいてきた。
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2008年6月16日 (月)

青春の芳香

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初恋の味と言えばカルピスである。では青春の匂いは何かと言えば「サロメチール」である。

とにかく中学、高校、大学と、練習で疲労したらそこにサロメチールを塗るのがお約束であった。授業が終わりカビの匂いのする部室に着替えに入るとサロメチールの匂いが鼻をつく。競技場のロッカールームでも、試合会場でもサロメチールの匂いが漂い、この匂いと共に我々仲間は青春を過ごした様なものだ。

考えてみるとあの匂いの成分そのものには、痛みをとったり筋肉をほぐしたりの効果はないはずだ。が、あの独特の刺激臭をかぎながら薬を痛い箇所に丹念に塗り込み、マッサージをするうち何やら調子が良くなってくる気がしてくるから不思議なものである。同じ様な成分と匂いで「ラブ」という外用薬もあった。「こする」という意味だが、人によりサロメチールよりラブを塗るとより一層マッサージの効果が増した気がするという者もいた。

もっと痛い箇所や腱鞘炎には「タプソール」。こちらは強烈な刺激がして、塗った場所が赤くなって熱~くなってくる。塗りすぎたり、塗ったまま入浴するとエライ事になるので要注意だが、タプソールを塗ってマッサージをして貰うとその熱さに怪我の痛みを一瞬忘れてしまう。

今でも各地のマラソン大会などに出た際、ロッカールームでこれら塗り薬の匂いが漂ってくると、それだけでアドレナリンが分泌され戦闘モードがオンになる。若い時に脳に記憶された「匂い」というのは、懐かしいだけでなく潜在意識や戦闘意識に呼びかける何らかの効果がある様だ。

私にとってサロメチールの匂いは青春を呼び起こしてくれる無害なドーピングなのである。


Bulkcarrier 2008-06-17 00:28:39
ぽんぽこりんさん、

藤原さんの掲示板で、お名前とご意見拝読しています。ブログもいつもきれいで感心してます。私は今仕事も閑になりましたので、毎日何か面白い事がないか、と町を歩きながら考えておりますが、夕食を食べると半分くらいアイデアが消えてしまい困っています。

航空関係の面白いお話をまた聞かせて下さい。

ぽんぽこりん 2008-06-16 22:54:41
こんばんは

人間の記憶っておもしろいところで結びつくものだなーと今回のお話をよんで感じました。
確かに、昔印象に残っている事って、それが匂いであったり味であったりしても何かのきっかけで一連の記憶が蘇るものですよね。
何だか懐かしい思い出という感じがしてほのぼのしてしまいました。
ありがとうございました。

2008年6月15日 (日)

五万節

もともと目が良かったのだが、その分40歳代後半から早めに老眼がきた。最初は小さい活字が読みづらかっただけだっが、トシとともに進行が早く、今では食事中も気がつくと老眼鏡をしたまま食べている様になってしまった。で、問題は老眼鏡である。眼鏡を持ち歩く習慣がなかったから、とにかく扱いが雑(らしい、廻りに言わせると)で汚い(らしい)。加えて外出した時や運転中は眼鏡が不要で始終身につけていない為、年中「めがねがない、めがねがない」と家の中を探している有様である。本当に老眼は不便なものだ。しかたないので家に2つ、会社に1つ、かばんに1つと最低でも4個の眼鏡を常時手の届く処に置いている。

ところが、これがまたよく壊れるのである。この一年に起こった眼鏡の事故だが、歩道に落とした事に気づきあわてて戻ると人にふまれており全損したもの1つ。寝転がっている中に踏み潰したもの1つ。なぜか右の柄(耳にかけるフレーム)がぽっきり折れたのが1つ、そして今日は軽く歪みを直していたら、写真の様に眼鏡が急に真っ二つになり目が点になりました。

そのうち「壊した眼鏡が5万本」と言う事にならねば良いが。
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2008年6月14日 (土)

誠に先輩は偉い

かなり前になるが、あるスポーツ専門雑誌の対談記事で、映画監督の篠田正浩氏が「撮影現場へ行くと、監督などと言われて偉そうにしてるが、早稲田の競走部の先輩の前に行くと、『君が篠田君か』などと言われて小さくなっているんですよ、先輩にはいつまでたっても顔があがらない」という趣旨の記事があった。

先日ある式典に関する打ち合わせで、大事な顧客の部長に一仕事を頼もうかという段になり、その部長には手間や時間をかけてもらう事になるが大丈夫かと私が元部下に質問すると「大丈夫ですよ、私が早稲田のラグビー部で4年の時に、彼は明治のラグビー部の下級生でしたからね、何でも言う事聞くんです」と言う。

私自身も、会社が合併して相手方のオフィスに緊張して出社した初日の朝、相手方の会社に在籍しているがそれまで知らなかった競走部の大先輩から「会社の陸上部員をすぐ紹介してやるから昼飯を開けてろ」と言う電話。誠に運動部の先輩と言うのは、お互いどういう立場であろうと偉いし、ありがたいものである。

私自身は大学4年間は練習についていくのが精一杯、いつも辞めたいと思っていた程のヘボである。今でも「もう走れません」と先輩に泣きつく悪夢をみる程であるが、学校の伝統のおかげで大きな試合にも出させてもらった事もあり、今となってはありがたい経験をさせてもらったという良き思いで一杯である。後輩の試合などを観戦に行くと、下積みの選手でも大学の4年間を運動に打ち込んでみなさい、必ず誰かがどこかで見ていて、部の生活で得たものがその後の人生にどこかでプラスになるよ、と心の中でひそかにつぶやくのである。

2008年6月13日 (金)

チョンワ、チョンワ

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大人になってから読んだ漫画のなかで、なにが一番か、と言えば30年程前に一部で流行った「嗚呼、花の応援団」である。大阪にある南河内大という三流私大の応援団親衛隊長、青田赤道を中心に応援団の悲喜こもごもを面白おかしく描いた漫画であるが一言でいえば「お下劣」!

なにより絵が汚くて下手なのが笑えるのだが、ストーリーと云えば活字にするのも憚られる下ネタ、暴力、ナンセンスの連続。「バキ!」「ボコ!」「ウギャー」「チョンワ、チョンワ」「クエー、クエー」などの擬音語が溢れる展開で、その中に独特のペーソスが混じった人間劇場ともいえるストーリー、とは少し褒め過ぎか。社会人に成り立ての頃、社内で廻し読みして廻って来た掲載誌を通勤の車中で読むと、笑いをこらえるのに必死だった。

大学入学時は冷やかしで応援団(応援指導部)の部室に行って勧誘のリストに名前を書いてしまい、その後昼夜を問わぬ強引な入部勧誘を断るのに苦労した位であるから、もとより応援団には興味があって、今でも神宮球場では野球と応援を半々位楽しんでいると言う感じか。なによりガクランという制服に身を包み、理屈を超えた世界で他人の応援の為に献身する、という姿勢が素晴らしい。人間なかなかあそこまで、理屈を超えた世界に身を投じる事はできない。応援団には毎回敬意を表する次第である。

さて最近また無性に読みたくなって、神田の古本屋街を廻ったがどこにもがない。どこか安く売っている古本屋はないであろうか。

2008年6月11日 (水)

Young At Heart

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もう良い年なのだから、それなりに良いものを着てと妻が言う。永いサラリーマン時代はローンなどでなかなか家計も厳しかったからオヤジの衣服は最後、という習性が染み付いていて服にはあまり金を掛けなかった、と言うより掛けられなかった。しかし最近はユニクロなどだけでなく、少し好きなものも着てみようかと思っているところだ。

となるとVAN JACKETやBOY'S LIFE世代のおじさんは、アイビーかアメリカントラディッショナル、となる。昔はMEN'S CLUBを読んで、ボタンダウンを少し気恥ずかしげに着てみたものだ。ジャケットは段帰り三つボタン、襟の端から1センチ位にスティッチを入れて、センターフックベンツ、ナチュラルショルダーに胸の絞りなしという定番スタイルを暗記するのに一生懸命だったな、などと思い出すうち、若い時の格好を又再現したくなってきた。

まず足元からというので、リーガルシューズのアウトレットに行くと、どれも総じてつま先が長く伸びているモデルが多い。店員になぜこんなにつま先を伸ばすのか聞くと、申し訳なさそうに「最近はこれが流行なんですよ。でもオーセンティックなモデルもありますから」と言って倉庫から昔ながらのコインロファーを出してくる。「うーん、やはりこれですよ。トラッドは」と納得、早速購入する事にした。
でもリーガルともあろうものが、ウイングチップまでつま先を長くするとは、時代のはやりすたりは恐ろしいものである。

つぎにギンガムチェックの半そでスポーツシャツを探しに、かつてのトラッドの店を廻るが、「最近はギンガムチェックはサッカー地だけで・・・」などとつれない返事ばかり。昼休み銀ブラをしながらギンガムチェックのボタンダウンに、タックなしストレートポケットのコットンパンツを探している。

60年代のYoung At Heartで夏の銀ブラなどをしてみたいものである。

2008年6月10日 (火)

タムチンキ・パウダー・スプレー

テレビのローカル局をうつらうつら眺めていると、突如「タムチンキ・パウダー・スプレー」のコマーシャルが。思わずはっと目覚めて「これってひょっとして、あの懐かしい『タムシチンキ』の現代版じゃない!?」と画面に釘付けになる。

そうです。「タムシチンキ」には本当にお世話になったのです。

高校、大学時代は合宿に次ぐ合宿。何が楽しくて、むさくるしい男だけの生活を続けにゃならんのか。練習に疲れて風呂に入らない日もあった。おかげで「汚い」という事にはそれなりに免疫も出来たが、お土産には「いんきん」を頂いたものだった。そもそも今ある様な、ソフトなインナー付きのランニングパンツなどないから、ランパンの下にはごわごわのサポーター。毎日20キロも30キロも走れば、「またずれ」とともに周りの皮膚も傷ついてくる。それで不潔な缶詰生活だから、白癬菌には絶好の生息地だ。

いんきんのかゆみってやつは、ほっと一息ついた瞬間に所構わずやってくるのは、経験者のみぞ知るところ。つい一掻きするとこれがいけない、快感と共に痒さはますます増し、一層ゴシゴシと・・・・・・。

と言うわけで、当時、伝説的名薬と先輩から聞いていた「タムシチンキ」を薬局に買いに走ったものだった。ところがこの薬、大体、店の目立つ所には置いてない。レジの後ろあたりなどにひっそり置かれていて、そういう日に限って薬屋の店内は、若い女性だけの店員だったりして・・・・・・・。

合宿に帰り、薬を股間に塗ると強烈な刺激で痛いの痛くないの。左手でウチワを持ち、パタパタ股を乾かしながら、毎日タムシチンキを塗りつつ飛び上がって悶絶する様は、ものの哀れそのものであった。

斯様に印象深い「タムシチンキ」だったが、あの苦しみの割りには効き目は今一つだった様で、結局いんきん根治は大学卒業後。皮膚科の病院で処方してもらった塗り薬は、まったくしみる事もなく1~2週間で治ってしまった。青春と合宿の思い出と言えば「タムシチンキ」なのである。

2008年6月 8日 (日)

たら、れば

今日は、年に2回のトラックレース試合の日。この半年間充分練習も積めた。スピード練習もした。天気は梅雨の晴れ間で、まずまず。大会新記録でシニアの部で優勝、のはずであった。

好事魔多し、つい調子にのって先週の練習の量が多すぎた。足にもこれまでの練習で相当の無理がきていたのだろう。いつもの肉離れを最後の水曜日に起こした。これをすると一週間は直らない、が昨日無理して調整しようたしたのが余計悪かった。今日はやはり右足の痛みが激しくてどうしても走れない。

残念、無念であるが、今日はリタイヤという事に決定。オリンピックの選手じゃない、ただの走るおじさんだ。また次ぎの大会を探せば良い。

試合会場に仲間の応援に行って自分が走っていたであろうレースをみたが、やはりこれなら勝てた可能性大きいな、もし出ていれば、と今更ながら悔やまれれる。でも「たら」「れば」はスポーツでは禁句、スタートラインに並ぶ事は競技のもう一部なのだ。特に社会人は仕事や家庭など様々な理由で、人それぞれ満足に時間が割けない事が多々ある。その中でベストを尽くすのがアマチュアであって、それで良いと言うものだろう。

それにしても、トシをとって仕事の時間が自由になると、それに応じてガンガン鍛えれば良い、というものではないなと痛感。マッサージやストレッチに時間を割き、適度な休養を置かねばならないな、と心した一日だった。湿布とサポーターで痛々しい右足を恨めしく思う日曜夜である。

2008年6月 5日 (木)

言いまつがい

一昨日は、台風が関東南岸をかすめて通りすぎた。台風一過、晴れるかと思いきや相変わらずの梅雨空でがっかり。

ところで「台風一過」は、「台風一家」と思っていたという間違いが多いらしい。誠に日本語は難しい。最近では「学究の徒」を「学究の途」かと思っていた、というのを聞いた。「情けは人のためならず」は結構みんな間違ってるらしい。そういう私も結構、最近まで「情けをかけるのは、その人の為にならない」と勘違いしていた。

最近耳障りなのは「いただく」という表現。「ごはんに、このおかずをかけていただく」はまだ良いとして「このお店の○○は、こうして美味しくいただく」となると、えっと思う。「いただく」は謙譲語。自分が「いただく」とへりくだるは良いが、(一般的に)供される食事を「いただく」のは表現としていかがなものか。(「いかがなものか」と言う表現もいかがなものか、と思うが・・・・)

まあ言葉は生き物。10年位前にアメリカの飛行機で「Did you like coffee?」と何度も聞かれて、なぜ過去形で聞くのかと不思議に思ったが、最近は日本の飛行機でも「コーヒーでよろしかったですか?」と聞かれる。「おいおい私はあなと初めて会ったので、過去形で聞かれる筋合いはないよ」と思うのだが、これも言葉は生きている証拠。あまり気にならなくなってきた。

でも「おいしくいただく」は「おいしく食べる」。「子供に物をあげる」は「物をやる」だよな。なんでも優しく言えば免責されると言うのが風潮なのかな~?

2008年6月 4日 (水)

おじさんの友

立ち食いそばが好物で、昼食に週2度は食べる。「小諸そば」などのチェーン店でなく、煮しめた様なのれんがかかっていて、いかにも店子料が安そうな古びたビルの一角に忘れられている様なそば屋が良い。そばはつなぎが沢山入っていそうで、こぎたない親父と、バイトのおばちゃんなどがそばを茹でてくれると一層雰囲気が増す。

そばつゆは大体どこもしょうゆ味の辛いやつ、そのつゆを何時間も沸騰したお湯で割ると、そばつゆ分子の一つ一つまで熱~いのがわかる。普段はたぬきそばが良い。七味と刻みねぎをたっぷりかけて麺をずるずると啜る。残る揚げ玉は汁になじんでえもいわれぬ風味だ。二日酔いの時は月見そば、熱い汁とたまごが「午後は元気になろうな」と語りかけてくる様だ。夏の冷やしたぬきは100円くらい高いが、これまた「くせ」になる。

まこと、立ち食いそばはダイエットフードで、おじさんの味方だ。

2008年6月 3日 (火)

ぶっちぎり

ランナーの憧れは、スタートからゴールまで一度も先頭を譲る事なく、試合に勝つ事である。これは駆け引きで勝つのではなく、圧倒的な強さの証明になるからだ。私がこの思いを強く持つ様になったのは、ロン・クラークという豪州の選手のレースぶりを知ったからだった。

ロンクラークは60年代半ばに活躍した長身の長距離ランナーで、3マイル、5000米、6マイル、10000米などの世界記録を17回も破っている。どのレースもスタートからトップを走り、そのままゴールまでその位置を譲らないレースを身上としていた。のち実業界で成功を収め、現在は日本人もお馴染みの、豪州ゴールドコースト市の市長を勤めている。上半身があまり前傾しないため長身がより大きく見えたその走りは、東京オリンピック直後に、陸上競技を始めたばかりの私にとって憧れの人であった。

記録的には圧倒的な強さを誇ったクラークだが、英連邦大会やオリンピックなどの大きな試合では一度も優勝できなかった。東京オリンピックの10000米決勝では残り一周でチュニジアのガムーディとアメリカのミルズにかわされ3位に終わっている。なぜ勝てなかったかと言うと、スプリント力がなく400米が54秒もかかる為と言う。大きなレースでは実力のある選手につかれ、最後のスプリント勝負になるとどうしても適わないのが勝てない原因だった様だ。

しかし己を信じてどんなレースでも常にトップを走るその孤高の姿は、見る者に大きな感銘を与えたランナーだった。

ランナーの端くれとして、若いときには廻りが強すぎて(私が弱すぎて?)そんなレースはしようにも出来なかったが、あと数年たって私が60歳台の部になったら、その中でこういう走りがしたいと密かに思って、相変わらずトレーニングをしている。一つの事を続け馬齢を重ねると、絶対的な体力的では若者に適うものではないが、思わぬ楽しみが待ってるものである。

2008年6月 2日 (月)

華の早慶戦

日曜は春の早慶2回戦、NHK教育TVで観戦。もともと春の早慶戦は新入生を中心に観客も多いが、快晴にハンカチ王子・斉藤の人気だろうか、2位3位争いにも係わらず満員の神宮球場がテレビに映し出される。

慶応は熊本高校出身の相澤投手の見事なピッチングで早稲田に雪辱。これで1勝1敗月曜の3回戦に勝ち点の行方はもつれ込む。早稲田のスター軍団に対し、相澤君は熊本県一の進学校から一浪して経済学部に進んだ一般入試組。高校時代から注目されていた投手とは言え、こんな普通の子供が、努力によって全国区の活躍をするのが慶応の素晴らしい処でもある。

早慶戦の試合は午後1時からだが、学生応援席は朝11時頃から歌唱練習やら応援部(応援指導部)の諸パフォーマンス、その他多くのセレモニーで盛り上がる。試合が終わる夕方には喉がからから(といっても始まる前から泥酔している学生もいるが)。球場を後に早稲田は新宿へ、慶応は銀座へと繰り出すのが今でも恒例なのだろうか。早稲田が騒いだコマ劇場もなくなると聞くが、慶応が騒ぐ日比谷公園の噴水は健在だ。勢いあまって日比谷公園で楽しむカップルを池に放り込んで停学処分なんて学生もいたが、これも今ではご愛嬌。

銀座のビアホールは無礼講というより治外法権(カルチェ・ラタン、いや懐かしい言葉です)になり、決勝が月曜日だとOBも多数参加して校歌(塾歌)や応援歌の大合唱。私は大学時代も学生服をいつも着ていたから、顔も知らない社会人のOBに随分ただで飲ませてもらったものである。ビールの後はそういう知らないOB達に銀座のバーに連れて行ってもらい、「ここは銀座のバー」なんだと酔眼朦朧の頭でもやや緊張したのがなつかしい。

今でも早慶戦で勝ち点を月曜に上げたら若い学生(塾生)には、銀座で放歌高吟をして欲しいものだが、最近はあまり見かけない。かつて自分がしてもらった様に見ず知らずの後輩に「ほらこれで飲め」と万札を渡し、銀座のバーにガクラン姿の大学生を連れて行って飲みたいと思うこの頃である。

2008年6月 1日 (日)

やはり

中国が自衛隊輸送機による地震復興援助を拒んだ為、民間チャーター機による輸送に切り替えるという。ネットで日本の軍用機が上空を飛ぶ事に急速に批判が高まっているからと言う。中国の正体みたりである。

ネットの書き込みなど、無責任かつ情緒的な情報を元に行われている事は既定の事であり、中国ではネットに書き込まない人の方が多数を占める「庶民」と言えるだろう。日本のメディアも相当いい加減だが、それ以上に健全なメディアがない中国では、メディアを媒介にした国民意見の反映などもなく、その結果としてネットの意見を政府が忖度するのだろうか。
そもそも、選挙によって国民の意見を吸い上げるシステムもない非民主主義国なので、この程度のネットの暴走に、政府が方針を変えざるを得ないのだろう。

東京を焼け野原にされ、原爆を2個も落とされたボーイングが日本の空を飛んでいる。星印の米軍機が日米安全保障条約の下、日本の基地を使っている。アメリカの飛行機を見て、先の戦争の事を持ち出す人間が日本人に沢山いるだろうか。ドッグイヤーと言われる現在、63年前に終わった戦争を持ち出し、相変わらずのステレオタイプ思考から逃れられない彼の国に人達の「世論」とやらに失笑するばかりである。大切な事は一刻も早く、効率的に支援物資を運ぶ事なのに。

相手のプロパガンダが続くなら、鎌倉時代の元寇による損失や、人的被害を現在価値に置き直し、謝罪を中国に繰り返し求めたらいかがであろうか。

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