2024年9月12日 (木)

健康診断・右脚ブロック

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健康診断の心電図検査で「 要精密検査」と言われ、心臓内科で診察を受けてきた。心電図と云えば、もう十年以上も前から「 完全右脚ブロック」との結果で、いつも「 経過観察」と言われてきたが、今度は一段階深刻な「 要精密検査」とのことで、おそるおそる、これまで泌尿器系でかかりつけで、健診もここで受けた総合病院に行くことにした。それにしても毎日のようにジョギングや水泳などの運動を続けているし、70歳台と謂えども走ることに関しては、そんじょそこらの若造には負けないと自負している身である。心臓こそは”絶好調”と感じているのに、一体「 要精密検査」とは何のことだろう。「まあ、大したことはあるまい」と思っていても、健診結果が届いてから診察までの一か月の間は、「 ひょっとしたら、最後の健診からの1年半の間に心臓に自覚できない大きな変化があったのだろうか?」という心配が頭をもたげてくる。妻は「そばで見ている限り、絶対大丈夫よ。きっと70歳台になったので注意喚起の意味があるんじゃない?」と心配性の私の憂いを一蹴するように涼しい顔をしている。


老人医療で近頃話題になっている和田秀樹医師によれば、 健康診断と健康状態のリンクを長期に亘って大規模に調査した研究はなく、これを受ければ寿命が伸びると云うエビデンスはないと常々表明している。さらに彼は、健診結果に一喜一憂するより、日々の体調がよければそれが良しとして、健康診断などはおやめなさいと呼び掛けている。世界広しと謂えども、健康診断を定期的に実施しているのは日本だけなのだそうだ。この中の「正常値」とは、健康と考えられるすべての人の平均値をはさんだ95%を「健康」としているだけであって、ここには老化現象や個人的な相違は加味されていない。例えば老人になれば血圧が上がるのは一般的で、以前は最高血圧は年齢プラス90まではOKだったものが、今は一律で139以上が「高血圧症」としてすべからく「異常」にカテゴライズされてしまう。元気な盛りの30歳台も70以上も同じ閾値という方が、逆に「異常」だと普通は考えるのだが、健康診断の意味はそうではないらしい。今回は心臓の思わぬ「 要精密検査」だったが、これを完全無視して自分の”絶好調”を信じるかと云うと、それもできぬのが気の小さい我が悲しさ。健康診断など受けなければ良かったのかな、と揺れる心を抱えつつ暑いさ中の受診である。


緊張しつつ心臓内科の40歳台とも見える女性医師の前に座れば、彼女は以前の心電図や心臓エコー検査の画像を見ながら首をひねっている。「 右脚ブロックとは、心臓の右側に行く電気信号が遅れ気味のことを謂うのだが、前回と比べて特に顕著な相違はないのに、何で健診の判定が 『 経過観察』 → 『 要精密検査』」になったのかなぁ?」と医師は呟く。「 心電図の折れ線は以前よりわずかに変化してるので、こういう判定になったようだが、まあ大したことはないので、念のために血圧を家で測りながら、一か月後に心臓のエコーを撮ることにしましょう 」との診断で取り敢えず無罪放免である。ホッと安堵しつつ病院からの帰りすがり、すっかり肩の力も抜け、和田医師の「 病気探しで心配するだけだから健康診断なんかお辞めなさい」との話が頭に浮かんでくる。この一か月間の杞憂のほうが健康には良くなかったと思うと、彼の考えに共感を覚える一方で、6年前に手術した膀胱ガンや、4年前の前立腺癌は人間ドックで見つかったので、早期に発見でき除去して良かったと思うのも事実である。帰宅して妻に報告すると 「ほーら、やっぱり私が言ったとおりじゃない」と笑っていたが、やはり健康診断を完全に止めるわけにもいかず、受診すればしたで、加齢とともに要観察やら再検査が増え心配の種が増えるとあって、凡夫の悩みは尽きない。

2024年9月 7日 (土)

飛鳥Ⅱ 2025年 世界一周クルーズ 乗船説明会に参加して

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さて飛鳥Ⅱ2025年世界一周クルーズ説明会参加である。これは運航会社である郵船クルーズが、8月~9月にかけて日本各地で飛鳥Ⅱ2025年世界一周クルーズ乗船を 『ご検討中の方向け』に行うもので、昨日は東京駅前のKITTEで開催された。世界一周クルーズの内容は大体分かっているので、暑い中をわざわざ出かけるのは億劫とは思ったが、これが契機となってまだ逡巡する気持ちを「 エイヤ!」と振り切り 「よし、行くか」との意欲に一気に火がつくかも、と考えて会場に足を運んだものである。例えて言えば、クルマを買い替える際に迷っていても、実際にディーラーに行き、実車を目の前にしながら話を始めると一気に購買意欲が高まるのが普通で、それと同じ効果を期待しての説明会参加である。この会場で古い船友にでも再会し、「 あーら、お宅も参加されるの? 楽しみね~、またヨロシクね」などと声をかけられると、もう後へはひけないと云う気持ちになるのだ。


これまで旅行社などから漏れ聞いた話では、飛鳥Ⅱ2025年世界一周クルーズの集客は、今一つ盛り上がらないとのことだった。本船はついこの7月に6年ぶりの世界一周を終えたばかりだし、2025年夏には新造船である”飛鳥Ⅲ”も就航する。発表された来年のコースは寄港地が少ないばかりか、値段も更に上がっているためにセールスに苦労していると見え、すでに船内のアルコール料金フリーやWi-Fi繋ぎ放題を発表したほか、今後、欧州や米国の区間乗船も募集することが噂されている。パンフレットには「乗客数が350名に満たない場合は運航を中止する場合がございます」と明記されているので、2025年は本当に世界一周クルーズができるのかと、個人的に危ぶんでいたのも事実である。さて説明会はどんな具合かと KITTE 4階の会議室に入ると、予想に反して会場は結構な人の入りで、定員が80名のところ出席が70名ほどの盛況。これなら日本全国400~500名ほどの乗船者は固いのでは、という雰囲気である。


説明会は、例によってスクリーンの動画と共に、寄港地の説明や飛鳥Ⅱの船内案内、食事や100日間の生活ぶりなどが案内されたお約束の1時間半であった。なかんずく郵船クルーズのプレンゼンターは、飛鳥Ⅲが就航しても2025年には世界一周は行わず早くとも2026年以降であること、その時の料金はさらに高くなり、カテゴリーによっては飛鳥Ⅱの1.5倍以上になる可能性があるので、是非とも来年にご乗船をと参加者の気持ちをぐっとつかみそうなポイントを強調する。さて、この日、会場を見回しても顔見知りは見当たらなかったが、年恰好が同じような世代が多いようだ。2011年に初めて飛鳥Ⅱの世界一周に乗船した時は『 この若憎が 』と見られやしないかと小さくなっていたものだが、あれから10数年経ちようやく乗船世代のマジョリティに到達したように感じる。料金が1.5倍にでもなったら、多分もう世界一周クルーズには行けないし、今回乗船すればこの中からまた夕食を共にしたり下船後も交流する同年代の友人が生まれることだろう。レユニオン島やテネリフェ、バルセロナは初めてだし、セーヌ川をまたクルーズできるかと思うと段々気分が盛り上がってきた。

2024年9月 5日 (木)

時代の証言者 こころで走る 瀬古利彦氏

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読売新聞の「 時代の証言者」 では、マラソンの瀬古利彦氏が、『 心で走る 』との題で、彼の生い立ちや競技歴を連載で寄せている。私も最近は時間ができたので慶応競走部の後輩の試合にはよく顔を出すようになったが、競技場の観客席では瀬古氏の姿を見かけることも多い。彼は早稲田大学競走部のOB会会長をつとめているにも関わらず、息子さんが慶応卒とのことで、日ごろから 「僕は慶応が好きなんですよ」と広言しつつ、試合後のOBたちの飲み会にはいつの間にか慶応側の席にきて、その饒舌に場を和ませてくれる好漢である。私と同じく、60歳過ぎてから奥さんと共に社交ダンスを始めたとのことで、これも彼に親しみを感じるところだ。なので毎朝起きると彼のこのシリーズを楽しみに朝刊を開いているこの頃である。


ここ2日間は、早稲田大学に入学して中村清監督に運命的に出会ったことを中心に話が進んでいるが、かつて駅伝やトラックで遠くから見かけた監督に関するエピソードがとても面白い。昭和51年、瀬古氏の入学と時を同じくして早大に駅伝監督として返り咲いた中村氏は、「『今の早稲田が弱いのお前たちのせじゃない。面倒をみなかったOBのせいだ。俺が代表して謝る 』 と言い出すと、何十発も自分の顔を殴りつけるのです。皆が言葉を失っていると 『 これでも足らんだろう 』と口元に血をにじませ、今度は壁に頭をうちつけました 」。砂浜での朝練習では「『俺はこれを食ったら世界一になれると言われたら食う 』と言って、口の中に(足元の砂を)放り込んでしまいました 」 と、瀬古氏は中村監督の尋常では考えられぬ熱情を著している。


この逸話に関して、友人である早大の元駅伝選手(瀬古よりやや年上)からかつて聞いたのは、 中村監督は口元に血をにじませたではなく、「口から 血がドバっと噴き出た」であり、砂浜の砂を食べたのは、「俺はこんなに陸上競技を愛しているのだと、グランドの土をムシャクシャ食べた」であったが、いずれにしても、そのようなことが本当にあったのだと情景が目にうかぶようだ。その友人は「 練習が終わると、着替えもしない前に中村監督のとにかく長い話が始まるので、汗で濡れた練習着が冷たくなって、みな風邪ひいちゃうんですよ」という話もしていたが、熱血漢の監督と運命的な出会いをし、そのチャンスを逃さず、教えを忠実に実行したのが凡百と違う瀬古選手の偉大なところである。そういえばあの頃は、中村監督に限らず明治大学野球部の島岡監督など軍隊式の名物指導者が健在だった。今では選手に手でも上げようものなら即座にパワハラで訴えられる時代となったから、この連載はまさに「時代の証言」という感がする。

 

早慶対抗陸上 100回記念祝賀会でスピーチする瀬古氏
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2024年9月 1日 (日)

飛鳥Ⅱ 2025年 世界一周クルーズ 乗船説明会

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2025年も寄港するセーヌ川・ルーアン(仏)の飛鳥Ⅱ(2011年5月)

時の経つのは早いもので今年も既に2/3が終わり9月になった。折よく9月6日(金)に都内で飛鳥Ⅱ2025年世界一周クルーズの説明会が開催されるので、まずはこれに参加することにした。飛鳥Ⅱの世界一周クルーズと云えば、2020年以降、世界的な武漢ウイルス感染症騒動でその実施が伸び伸びになっていたが、ようやく再開した2024年は乗船料金がひどく高くなってしまい、乗船をキャンセルしたことは『 飛鳥Ⅱ 2024年世界一周クルーズ 乗船キャンセル』(2023年9月2日)に記したとおりである。2024年の世界一周クルーズを前にして、飛鳥Ⅱ船内のクルーズセールスオフィスでは「 2025年は催行しないので、是非2024年にご乗船を」と勧められたので、最終的にキャンセルするか否かはかなり迷ったのだが、少ない寄港地に加え以前行ったことがある場所が多いこともあって止めたのだった。当時は2025年夏に就航する「 飛鳥Ⅲ」や、本年秋から商船三井クルーズに投入される「 MITSUI OCEAN FUJI 」の仕様や動向を見極めようという気持ちも強かった。


ところがその後、飛鳥Ⅱは(本船での)『最後の世界一周』と銘打って、2025年もワールドクルーズを催行することを発表した。前言を簡単に翻したかのようなニ枚舌セールスには驚くが、それはそれとして、我々としても元気なうちに「飛鳥Ⅱ最後の世界一周クルーズ」にまたチャレンジしようかという気持ちに傾いてきた。これは ①将来、新造船の飛鳥Ⅲで世界一周クルーズを行うとなれば、乗船料金が更に高くなることが必至。殊に飛鳥クルーズには利益優先のファンド資金が入っている以上、乗船客にとってリーズナブルな値段設定が望めないこと。 ②完成ま近である飛鳥Ⅲの(造船所における)姉妹船や MITSUI OCEAN FUJIのデッキプランをみると、全通する気持ちの良いプロムナードデッキがなかったこと。特に我々が毎日ジョギングする飛鳥Ⅱのデッキに張られた天然のチーク材は、飛鳥Ⅲには採用されないであろうことが分かったこと。 ③セルフの洗濯機の数、露天風呂、広いダンス会場、パームコートの雰囲気、入出港時にブリッジのウイングで操船する船長と会話できる親しみ易さ、など現在の飛鳥Ⅱの数々の特徴が我々には心地良いことなどが理由として挙げられる。


とは思うものの、100日間の旅行というのは費用の工面もさることながら、様々な制約があるのは事実。まずは医療面でかかりつけの医師の予約や処方箋の調整、税金や各種社会保険料などの送金、留守中の自家用車のバッテリー上がり対策などが揚げられる。なにより今も細々ではあるが仕事は続けているので、取引先に少なからず迷惑をかけるのも心配なところである。ただ大学を卒業して以来、もう50年も働いてきたのだし「そんなに休むならこの契約は終了」と言われたら、それはそれでまぁ仕方ないとも思っている。前回、2018年世界一周クルーズ下船後に手術した二つのガンもいまは問題なしとの医師の言である。危急の状況にあったり介護が必要な親族もない。亡くなった母親からは「サラリーマンなのに、何度も世界一周クルーズに行くのは身の丈を越えている」と何回か嫌味を言われたものだが、このあと何が起こるのか将来のことは誰にも予測出来ない。最近は、出来ることは出来る時に楽しもう、という気持ちがとても強くなってきた。「金を残して死ぬことは、その金を得た時間の分だけ人生損していることになる」と言う考えを以前ネットの記事で読んだことがある。思い切って4度目の世界一周クルーズに行くか!。

リンク 飛鳥Ⅱ 2025年世界一周クルーズ 急遽発売 (2024年5月27日

次回も寄港するビルバオ(西)のビスカヤ橋から飛鳥Ⅱを見る(2018年5月)
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2024年8月25日 (日)

秩父鉄道の石灰石輸送列車 中井精也氏作品

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夏休みになると開催される恒例、京王百貨店新宿店の鉄道フェスティバルが、今年は8月21日(水)から26日(月)まで開かれている。今年で第60回を迎えるというからこの手の催し物の中では老舗のイベントになる。例によって鉄道好き芸人のトークショー、全国の高校鉄道研究会による鉄道模型ジオラマ展示のほか、鉄道グッズや鉄道趣味本、古い時刻表の販売、絵画の展示販売などお馴染み鉄オタ向けのラインアップである。おととし、このフェスティバルに出展する鉄道写真家 中井精也氏の 「ゆる鉄画廊」で、JR木次線の額に入った写真を購入し、これが気に入ったので、わが家の居間にもう一枚彼の作品が欲しいと京王百貨店に足を運ぶことにした。 


中井精也氏は東京出身の57歳、最近はNHKBSやBS-TBSなどにもよく出演する第一線の鉄道写真家で、鉄道車両自体を撮るよりも、列車が画面の片隅に写った『 鉄道のある日本の風景』を表現するのが彼の作品の特徴である。中には車両が一切写っておらず、線路と枕木だけ、或いは踏切だけが被写体の写真もあるのだが、その情景だけで鉄道が醸し出すノスタルジーを感じさせてくれるのが見事なところだ。テレビで紹介されていたが、一枚の写真を得るために、列車の通過時刻に合わせて最適な構図や光線を求め、実に多くの手間と時間をかけていることが、印象的な鉄道写真に繋がるのだろう。前に買った木次線の作品は、川面に映った気動車を撮り、上下反対に見るという凝ったものだっただけに、今回はどんな写真に巡り合えるか楽しみである。


で、購入したのが秩父鉄道の石灰石輸送の貨物列車を撮った作品である。いかにも地方の私鉄らしい4軸動輪(ED)の電気機関車に牽引されたホッパー車が、夕陽を背に荒川であろうか橋脚を渡っていく瞬間をとらえた一枚である。木次線の緑とは対照的にオレンジ色が映えて、居間の白い壁面にメリハリが効いて良かろうと思いこれに決めた。さっそくわが家で写真を飾って見ていると、現在は横須賀線や湘南新宿ラインなどの電車が走る品鶴線の多摩川鉄橋に、貨物列車をよく見に行った子供の頃を思い出した。今のご時勢では到底想像がつかないかも知れないけれども、当時は線路に耳を当て、遠くから電気機関車に牽引された長い編成の貨車が近づいてくる響きを感じて遊んだものだった。世田谷にあった我が家でも夜になると鶴見の操車場から遠くSLの汽笛が聞こえてきたが、今回の彼の作品は我が原風景を蘇らせてくれるような気がする。

購入した写真に中井氏のサインを貰う
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前回買った、気動車が水面に映る木次線の写真
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リンク:「木次線と中井精也氏の鉄道写真: (2022年8月11日)」

2024年8月22日 (木)

袖ふり合うも多生の縁

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2024年5月19日(日)SEIKO ゴールデングランプリ陸上(国立競技場)での橋岡選手

高校時代からの友人と2人で、梅ヶ丘にある人気の寿司屋に行った。例によって5時きっかりの店オープンとともに始まる、退職オヤジ的飲み会である。やけにネタが大ぶりの寿司をつまみつつ近況などを語り合ううちに、話題はパリオリンピックの陸上競技に及んだ。この大会、北口選手の女子やり投げ優勝をはじめ、日本代表選手団の健闘が目立ったが、その中で男子走り幅跳びだけは、予選敗退した橋岡選手のフテ腐れたようなテレビインタービューがけしからんと二人してオヤジ話で盛り上がる。陸上競技には詳しい我が友人も「幅跳びは記録が伸びないね、そういえば山田宏臣選手が日本人で初めて8米跳んだのはいつだっけ」と我々の世代なら多くが知る当時話題だった走り幅飛びのことを話し始めた。リンク「地獄のジャンプ」(2008年5月20日)  と、寿司カウンターの隣の席に並んだそれなりの年恰好のシニアカップルが会話を止め、我々の陸上話に聞き耳をたてている気配がした。


案の定、カップルの男性は 「失礼ですが陸上関係者ですか?」と問いかけてくる。 うん!?、そう云えばこの辺りは日大のグランドが近いし、橋岡選手は日大の出身なので我々2人の悪口が彼の気に障ったのか、とすればこんな所で気まずくなるのも嫌だと一瞬かまえつつ、「昔、少しばかりやってました」とおそるおそる答える。「そちらも関係の方ですか?」とこちらから探りをいれると「パリでは後輩の三浦が頑張りました」との言。ああ順天堂大学の出身者か、日大でなくて良かったとホッとしつつ、「三浦選手はすごいですね」と3000米障害で東京大会に続いて連続入賞した三浦龍司君を誉めることにした。「失礼ですが長距離ですか?」と問えば、彼は「棒高跳びでした」とのこと。聞けば私より少し上の世代だそうである。それならば当時順大の主将だった山田宏臣氏とは同じ跳躍部門で切磋琢磨した仲間に違いない。私が友人と交わした日本初の8米ジャンプの会話に、彼が耳ざとく反応したのも道理である。


隣同士に座った客同士である。お互い横を見ながら杯が進むうち 「昔、数年ぶりに出場できた箱根駅伝の前には、(当時順大の監督だった)沢木啓介氏に学校に来てもらい指導を受けたこともあるんです。本番では順大のはるか後塵を拝してましたが…」などと当時の思い出話に花が咲く。彼は「ハハハ、沢木もけっこういい加減なんですよ」とあの沢木氏の厳格なイメージから似つかわしくない面を披露してくれ、なんだか酒の味もより旨く感じてくる。「三浦君は良かったが、パリでは私の後輩の豊田君は足の故障で400米ハードルは残念でした」と後輩自慢を交わすうちに、寿司店は入れ替えの時間となってしまった。ここは人気の寿司屋ゆえ、いつまでもグダグダと居座ることが出来ないのがつらいところである。お互い名前も名乗らず、その場で別れることになったが、50数年前に関東インターカレッジなどで同じ景色を見ていた見知らぬ同士が、時を経て世田谷の寿司屋でたまたま場所と時間を共有するのも不思議な縁(えにし)である。袖ふり合うも多生の縁、スポーツをやって良かった、今晩は楽しかったと思いつつ、皆と別れ生暖かい夜風に吹かれながら帰路についた。

2024年8月20日 (火)

クイーンビートル 運航停止

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門司港のクイーンビートル(2022年5月にっぽん丸より撮影)

JR九州高速船株式会社の「 クイーンビートル 」が8月13日以降、11月末まで乗船予約を中止すると発表した。2月に船体への海水浸水が判明したにも関わらず、修理や検査、国への報告をせず、浸水センサーの位置を故意に上方に動かしてポンプで排水しながら、6月の入渠までの約4か月にわたり運航を続けていたと報道されている。8月の国土交通省の抜き打ち検査でこれらが判明し、今般運航中止に追い込まれたとのこと。「 クイーンビートル 」は豪州オースタル造船所で建造、鳴り物入りで2021年に引き渡された2,582総トンの三胴式高速新鋭船で、定員502名、長さ83.5米、幅20.2米、航海速力37ノット(約70キロ)、博多と釜山間213キロの航路を3時間40分で結ぶ。この船は就航時がちょうどコロナ禍にあたり、日韓航路も休止状態だったため、暫く博多/門司港間の航路に就航していたが、私たちは、たまたま2022年5月の門司発着の” にっぽん丸  海の京都舞鶴と佐渡島プレミアムクルーズ "に乗船した際に、門司港に両船が同じ時間に入港、その時に”にっぽん丸”から撮影したのが上の写真である。


同船は、今年2月に船首部のFOREPEAK TANK内に2~3リッター程度の浸水を認めたが、修理や九州運輸局への報告を怠り、正規の航海日誌には「異常なし」と記録。別の管理簿に浸水量を記録しながら運航を継続しており、その事実は会社のトップも知りながら営業を続けたとのことだ。5月末に700リッターを超える浸水があり、さすがに監督官庁に報告を挙げてドックに入り、その後運航を再開したばかりの抜き打ち検査であったらしい。また昨年6月には浸水を報告せずに運航を続けたとして、国交相から行政処分を受けており、その際に提出した安全確保策を実行していなかった点も今回問題視されている。尚、7月11日に本船が博多港に停泊中に高波にあおられ、左舷が岸壁の防舷材に接触、船首部に亀裂が生じ、この事故に関連して検査が行われて、一連の問題が分かったとの報道も一部にある。海難事故の報道に関しては、総じて記者の不勉強で要領を得ないものが多く、事実関係をつかむことが難しいが、この件も様々な事象に関して時系列的にまだ分からない点が多い。


FOREPEAK TANKには厳重な隔壁があるので、700リッター程度の海水が入ったとて直ちに沈没や航行不能になるとは考えにくい。しかし船内への海水の進入は最も船乗りが注意が払う事象である。いくら現場を知らない会社のトップからそのまま営業を継続すべしと言われたとしても、運航管理者や事故の際には全責任を負う船長が 、簡単に『イエス』 と言うだろうか?。一般に座礁や他船・他物との接触で、船長が真っ先に心配するのは「各タンクの測深」であり、浸水の有無を確認するのは船員の最も基本的な行動、船乗りのイロハのイである。当初の船内の2~3リッターの海水はビルジ(船内に貯まる不要な汚水)として片づけたとしても、連日、船首部から無視できない量の海水が流入すれば、堪航性に重大な疑義ありと現場は認識するはずだ。また最近は各社とも様々な認証制度を導入しており、この程度なら次のドックまで騙しだまし行けると認識していたとも考えにくい。発航時に堪航性がなかったり、船員の故意や重過失があった場合には保険も適用されない。今後、この件についてのより詳細な真相が分かれば、運輸局とJR九州の検査体制に様々な議論が巻き起こる可能性があると私はみている。なお本件に直接関係があるのかは不明だが、昨年乗車したJR九州 鹿児島本線の811系快速電車は、荒天後でもないのに外の景色が遮られるほど、編成の全車両に亘って窓ガラスが汚れていた。その時、この会社は一番の商売道具を粗末に扱うのかと少々驚いたが、もし子会社の高速船会社も同じ体質だとすると問題の根は深いのかもしれない。

JR九州811系快速電車の窓のひどい汚れ(2023年5月)
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2024年8月12日 (月)

パリオリンピックの日本選手団の活躍

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いろいろと物議を醸す点もあったが、パリオリンピックが無事に終了した。日本選手団は金メダルを20個獲得しアメリカ・中国に次いで第3位、銀・銅含む総メダルの獲得数は合計45個で、米・中・英・仏・豪に次いで第6位と大健闘であった。日本の得た金メダルの数は海外で開かれたオリンピックでは最多との事で、今大会はロシアが出場していなかったことが我が国のメダル数を押し上げた可能性があるが、それにしても立派なものである。注目したいのは、体操・柔道・レスリングなど従来から強かった種目だけでなく、フェンシング・近代五種・馬術・セーリングなど、これまで欧米人が得意と思われてきた種目でも日本が活躍したことだ。スケートボードやブレイキン等はオリンピックの種目としてはどうかと思うが、それら新しい競技でも日本人が金メダルを取って大活躍したことを含めると、我が国ではスポーツの裾野が大いに広がっているだけでなく、スポーツを取り巻く環境が成熟していることを感じる。


野球やサッカーなどプロで興行が成り立つ種目ではなく、古くからある軍隊に起源をもつスポーツや、街の遊びから発展してきた新しい種目に多くの人材を輩出できるのは、我が国の治安や世情が安定しており、これらの競技を支えるインフラや経済的な基盤が整っているからだと云える。そう考えると金メダルの数で世界第3位の位置を占めたという結果は、若者の人口が減ったとは言え、日本は衰退していないと云えるのではないか。為替の円安や人口の高齢化もあり、GDPではドイツに抜かれて世界4位になり、この先はますます国力が落ちるとする悲観論で世論は喧しいが、私の感触では移民問題に苦しむ欧米諸国を引き離して、ますます日本は良い国になっている。幾度もここで指摘した通り、国内旅行をすると「さびれた北国の寒村」などという風景は今やほとんど見られず、どこへ行っても総じて住宅はモダンになり、田畑には高価な農機が走って漁港は立派に整備されている。駅のトイレにウォシュレットがあるような国は世界のどこにもないし、落とした財布が戻ってくるのは日本だけである。日ごろ聞く、日本はこのまま駄目になっていくかのような論調は大いに疑問に思っている。


オリンピック期間中、日銀の植田総裁の金利の引き上げ宣言と、たまたま予想を下回ったことを示す米国の景気統計の発表が重なり、我が国では株が暴落すると共に急速に円高が進んだ。7月初めの約160円から一時は140円近辺まで、円の価値は10%以上上昇したことになる。これまで日本下げが得意だった一部評論家や経済学者は、日本経済の衰退が円安を招いたと常々政策を批判していた。特に「アベガー、」と罵りながらアベノミクスを貶めたい一派は、株の高騰には目をつむり、円安が日本弱体化の象徴と喧伝してきたのだが、この1ケ月で国力がみるみる回復したとでも言うのだろうか。日本の衰退の証として一番に挙げられた為替水準は、主に日米の金利差と、それに伴う金融市場のテクニカルな資金運用によるものであり、状況によってはいかようにも変化し、国力なぞを正しく反映するものではないことが、今回改めて明らかになった。これら世間に流布する我が国をディスりたい勢力による日本衰退論に与(くみ)するのでなく、今後のやり方次第では、少子化社会と云えどもスポーツと同じく日本経済はまだまだ元気に伸びる余地があるのではないか。そんな期待を大いに抱かせる、我が国オリンピック代表団の活躍ぶりであった。

2024年8月 9日 (金)

目明き千人 盲千人

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皇居 北の丸公園

前回記したように、昼間は暑いのでジョギングは朝早くに済ませるように心掛けているが、用事があってそれが出来ぬ日はやや涼しくなった夕方に走っている。先日も夕方に皇居へ走りに行った帰りに、緑一杯で日陰が多い北の丸公園を通ることにした。ここはゆったり散策したり休んだりする場所なので、その日も歩く様にゆっくりと園内の小道を走っていると、向こうから小さい犬を繋がずに散歩する若い女性が歩いて来た。この公園では過去に幾度もトラブルがあったとみえて、犬は必ずリードにつなげとあちこちに大きく掲示が出ているのに、時々こういうバカがいる。特に若い女性と小型犬の組み合わせが危険で、訓練がまったくされていない犬がキャンキャンとジョガーに吠えかかってくるのは大抵この組み合わせパターンの時である。私もこれまで何度も不愉快な思いをしたが、案の定、この日も小型犬は警戒心も顕わに近寄ってきたので、すれ違いざまに「犬はつなげよ!」と彼女に注意をした。


ところがこの女性は悪びれるどころか、日本語がまったく分からないのか、犬はそのままに睨み返してくるではないか。耳が悪いのか、はたまた日本人ではないのか、思わず 「犬はリードにつないで!」と立ち止まって再び注意をした。それにも関わらず、彼女は相変わらず睨み返しながらその場に突っ立っているので「 言う事が分からないのか?ここは犬を放してはダメだと掲示があるだろう。リードを付けないなら警備員に通報するぞ!」と我が声もつい大きくなる。悪びれた様子どころか不服そうなその態度に、こちらの気持ちはヒートアップしそうになるが、これ以上話の通じない者を相手にしてもしょうがない。夕暮れの公園で若い女性にからむ抑制の効かない暴走老人と思われるのも不愉快なので、注意はそこで止めジョギングを再開して現場を離れることにした。最近はクルマの運転中に乱暴なドライバーに遭ってもカッとしないようにしているのに、思わぬところで女性に対して大きな声を出してしまったことに自省の念が湧かぬでもない。どこにでもバカはいるから、こちらの怒りの導火線に火が着かないように日ごろから自制は必要だ。しかし私が声高に注意したことにより、この女性は北の丸公園ではリードをつけないと怒られることを知り、咬傷事故の抑制に少しは寄与したかと考えると、声を出して良かったとも思う。


ルールを破るだけでなく、人に迷惑をかけても何とも思わぬばかりか、注意をした方が悪いとでも言わんばかりの若者の態度は不愉快だったが、この日は良いこともあった。夕食は妻と近所のとんかつ屋へ行ったが、その店では会計金額によって押されるスタンプが一定数貯まると次回に500円の割引を得られるカードをくれる。ところがこの晩このカードを提示すると、有効期限の日付から既に2カ月が過ぎていた。ダメ元で若い女性店員に 「あ、これはもうダメだよね ?」と尋ねると、彼女はニコニコと「 見なかったことにします」とポンポンと2つスタンプを押してコンプリートさせた上で、その場で割り引いてくれたのだ。店長でもない若い店員の機転の利いた対応に 「 そうか、それはありがとう、なら今月はもう一回くるよ」と思わず再度来店の約束をしてしまったほどだ。「ルールはルール」のような紋切り調のサービスが多い中、「損して得取れ」と融通を効かせる店員もいる。バカな女で不愉快になっても、とんかつ屋の彼女の笑顔で一日が気分良く終われた日であった。世の中は「めくら千人、目明き千人」である。

2024年8月 4日 (日)

夏休み 百日紅(サルスベリ)の季節

20240804
皇居周辺の百日紅もピンクの花盛り

連日猛暑が続く。日中は気温が35度にもなるので、ここのところ日課のジョギングは朝6時半に起きて済ますことに。大汗をかいて帰宅し、シャワーを浴びてから摂る朝食が美味い夏の朝である。そういえば、近年のあまりの暑さに夏の全国高校野球選手権大会は、この夏の一部日程で午前中2試合と夕方1試合だけの2部制にすることを決めたほか、今後は試合を7回で打ち切りにする議論が始まっているとニュースが伝えている。しかし7回でゲームセットとは野球というスポーツの醍醐味を根本から削ぐルール変更だろう。戦術が大幅に変わるだけでなく、過去の記録を収集し比較するのが、野球観戦の楽しみの一つなのに、スコアの一貫性という面でも7回での終了制には疑問を感じる。同じ時期に行われる高校総体では、暑さ対策で競技ルールを大幅に変更したとは聞いていないし、そもそも甲子園大会で試合中に暑さで足がつった以外、本当に倒れた選手などこれまでいたのだろうか。私は今のままで良いと思うが、そんなに熱中症が心配ならプロ野球の協力を得て、夕方までは大阪ドームを借りて涼しい中で試合をすれば良い。かつて夏の甲子園の記念大会で参加校が増えた年には、西宮球場で分散開催されたこともあったから、歴史的にもおかしな事ではなかろう。


さて朝のジョギングをしてしまうと、今日のような週末はエアコンの効く居間でその後ダラっと過ごすことになるが、パリオリンピックのテレビ中継はまったく見る気がしない。そもそもオリンピックとはアスリート中のアスリートが競う最高の場所であるはずだ。しかしストリートギャングの遊びかと見まごうブレイキン(ストリートダンス)やらスケートボードが、オリンピックの競技種目とは何とも白けてしまうのである。BMX(チャリの曲乗り)は、まるでサーカスや見世物のようだし、ビーチバレーやバスケの3on3もそれぞれの本競技で充分だ。ゴルフもオリンピックには不要だろう。出場選手が大変な努力をし、各種目で卓越した技量を持つことは認めるものの、なにもこれらの競技までオリンピック種目にしなくても良いのにと思う。このまま行くと、そのうちゲートボールも、という声も出かねないか?。あれもこれもと種目が増えた結果、本来のオリンピックが持つ崇高とも云えるアマチュア競技精神が薄れてしまうようだ。パリオリンピック開会式の「最後の晩餐」をパロった醜悪な演出に接してみると、オリンピックは商業主義や変な主義主張と決別し、もう一度クーベルタン男爵の精神と手弁当のアマチュアリズムに戻れと言いたくなる。競技種目も、1964年の東京オリンピック程度で充分である。


ふとマンションの窓外を見れば、夏休みだというのに子供たちの姿が町なかにほとんど見られない。我々が子供の頃、この季節は「夏休みの宿題は涼しい朝のうちに済ませなさいよ」と親に言われ、午前中こそ家にいたが、昼からは虫取り網を持ってセミやクワガタを追いかけ、長靴を履いて近所の川でドロンコ遊びをし、池でアメンボや水生生物などを取ったりともっぱら屋外で遊んだものだった。男の子はちょっとした広場や公園で草野球に興じたし、砂場で相撲をとったり道路にロウセキで絵を描き、女の子は横丁にゴム紐を張ってゴム飛びをしていた。徒党を組んでは、自転車であちこち出かけたのも良き思い出である。今に較べれば、親は子供のことは放ったらかしで、あれでよく交通事故に合ったり大けがをしなかったりしたものだと、つくづく幸運に感謝したくなるくらいだ。これに対して最近は多くの公園ではボール遊びが禁止となり、都会の小河川は暗渠となって消えたうえ、子供の声がうるさいだけでクレームになるというから世の中は変わったものだ。その結果、男の子はキャッチボールをしなくなり、ボールを前に投げられない子が多数いると云うから、世も末かと思えてくる。あらゆる面で保護・管理されている今の子供に較べて、昭和20年代~30年代の子供で本当に良かったと昔を懐かしむ夏休みの時期である。「腕白でもいい、たくましく育ってほしい!」の昭和のキャッチコピーは遠くになりにけりだ。

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