2020年7月 8日 (水)

2020都知事選・報道しない自由

先の日曜日は都知事選であった。当初から小池百合子現職知事の圧勝が予想されていたので、選挙にあまり興味はなかったものの、投票は国民(都民)の権利であるととももに義務でもあるから、小雨模様の天気をついて近所の小学校の投票所に行ってきた。さて誰に投票するかと迷ったが、小池氏は築地市場の豊洲移転に際しパフォーマンスばかりが先行し、巨額の税金を無駄に使ったし、今回のウイルス騒動ではやたら聞きなれない英語を連発したりとどうも好きになれない。では誰にするかと思案の上、消去法で維新の会から出馬した小野泰輔候補に投票する事にした。多くの野党の支援があった宇都宮候補やれいわ新撰組の山本太郎候補などは論外、東京出身の46歳で東大法学部を卒業し熊本県副知事をしたという小野氏には特にこれと云った目玉の政策はないが、若さと経験を買っての一票である。


予想したように投票締め切りの8時になると同時に勝利速報がテレビで流されるほどの大量得票で小池氏が圧勝し、都民はウイルスやオリンピック対策に関して彼女に信任を与えることになった。あとは自分が投票した候補を含め、各候補者が地域別にどう善戦したのかの興味が湧いて、東京都選管の速報値を加工してEXCELの一覧表(下のアイコン参照)を作成してみた。これを見ると1位の小池氏は各地区で満遍なく得票を得ているが、都心部より郊外の人気がやや高いことがわかる。私が一票を投じた小野氏は、宇都宮・山本太郎氏のサヨク陣営に続き全体で第4位であったが、名前や顔が良く知られた両氏に対して無名なのに、彼らに肉薄する61万票を得ての大善戦であった。特に千代田・港・中央の都心三区では小池氏に次ぎ、2人のサヨク候補を押しのけて第2位になったのが注目される。これら都心三区は、高輪や白銀などの高級住宅街に多数の新築タワーマンション、そのほか古くからの自営業者の住民が混在する住む概してリッチな地域だと言えよう。


また新宿・文京・台東・江東・品川・目黒・大田・世田谷・渋谷などの準中心部において山本氏は小野氏に負けており、一時おこった山本ブームも陰りが見えてきたのが明確になった。タレント上がり、減税を主張する山本氏だが、人気先行であまり中身のない主張は、周辺部ではともかく、どうやら都内中央部の有権者には見透かされてきたといえよう。注目されるのが「在日特権を許さない市民の会」の初代会長などを務め、今回も中国人観光客の入国拒否などを呼び掛けて選挙戦に臨んだ桜井誠候補が18万票(前回11万票)を獲得し5位になったことだ。前回に比べて投票率が5%も低くなり、全部で30万票がなくなったにも関わらず桜井氏が7万票も多く得た結果には驚かされる。主要メディアに意識的に無視されてきた桜井氏の躍進を見ると、ネット時代の選挙が到来したこと、リベラルやポリティカルコレクトネスばかりに配慮し「報道しない自由」とばかり、偏っているメディアの在り方に一石が投じられたようだ。東京都の予算はノルウェーの国家予算と同じ規模の15兆円だという。都知事・都議会の今後の活発な活動に期待したい。

2020東京都知事選結果
Excel
(アイコンをクリックするとファイルがダウンロードされます)
参照元データ 東京都選挙管理委員会事務局 東京都知事選挙(令和2年7月5日執行) 投開票結果

2020年7月 6日 (月)

還暦からの底力

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出口治明と云うなぜか今評判の人物による講談社現代新書である。新聞の広告によると多くの大型書店のベストセラーランキング第1位で「大反響!たちまち20万部」なのだそうだ。還暦はとっくに過ぎたし、普段この手の本、たとえば「定年後の生き方」などのジャンルにはあまり興味が湧かないのだが、新聞広告の大きさや本屋の店頭にプロモーションで高く積まれた本書をみて、にわかにどんな著者なのか興味を覚えて読んでみることにした。出口氏は大手生保の役員のあとネット生命保険会社を立ち上げ、今は九州で新しい試みをする大学の学長であると本のカバーに記されている。なんでも稀代の読書家である、という事をどこかで読んだ気がするし、世界や日本の歴史に関する本も書かれているようだ。ただ以前は経済人、今や教育者の身で極めて忙しそうなのに「古今東西の歴史・文化なんでもござい」で「知の巨人」などと聞くと、池上彰のような百科事典やウイキペディアのコピペの達人ごとき、どこかうさん臭い人のような気がしないでもない。


本書の中身としては、高齢者が保護されるべきという考え方は誤りで、次代を担う若者のために高齢者は体力・気力・境遇などに応じて能力を発揮すべし、「変態オタク」系を養成したり、多文化共生を目指す教育なども取り入れるべし、女性の活用やプロモーションは法的強制を伴っても断行すべしなどと、よく聞くメディア受けする主張が述べられている。また老若問わず生きていくのは読書が必要で、なかんずく古典を読むことは知識 x 考える力 = 教養であり、それが国の力になるとの自論も展開される。まさに読書家たる氏らしい提案である。「人生の楽しみは喜怒哀楽の総量で決まる!」と書かれている通り、高齢者は自らを老人などと規定せずに積極的な生き方をすることを薦めており、総じて本屋の店頭で手に取って購読を決めた時に予想した通りの内容であった。本書は大筋において趣旨は理解できるものの、一方で「還暦本」と言っても年齢が紡ぎだす人生の味わいなどにはほとんど無縁で、出口氏のエネルギッシュな生き方や考え方だけが伝わってきた。


出口氏は本書で自分は保守主義だと規定したうえで、保守とは「人間はそれほど賢くない」という前提に立って、理性や理想を重視するよりは伝統や慣習を重視する考え方だとしている。私も保守の定義についてはその通りだと同意する。しかし氏は現在の憲法は「いまの憲法でそれほど困っている人がいる」とは聞いたことがないから「手をつける必要」はなく「わざわざ寝た子を起こさなくてもよいというのが本来の保守主義の考え方であります」(P.188)と書中で論理が一気に飛躍したのには驚いた。これで本当に保守主義者なのか?現憲法の「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」などとする前提は、ただの「理想」で決して保守思想とは相いれず、ましてわが国には中国や朝鮮の「公正と信義」を信頼してきた伝統などは一切ない。いま眼前では中国の覇権主義、北朝鮮の拉致や核問題、武漢ウイルスでの市民生活の行動制限など、憲法に関わる「困ったことが沢山がおきている」のに「それほど困っていない」とはどういう認識なのだろうか。斯様にこの種の本によくある牽強付会の主張も散見され、また謙遜しているようで実は自慢につながる挿話もちらほらあったのがやや興ざめであった。どうも「知の巨人」などと言われる人の本は苦手である。

 

2020年6月30日 (火)

皇居・北の丸公園

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都心と思えぬ緑の庭園を走る

皇居周回コースは今や都心で走る人のメッカのような場所となり、多くのランナーが昼夜問わず走っている。信号もなく安全で走りやすのだが、週に何度も走っているとさすがに飽きてくるものだ。そんな時にはすぐお隣にある皇居・北の丸公園でジョギングをすることが多い。公園と云えば都心には日比谷公園や皇居東御苑などもあるが、日比谷公園が和洋折衷の庭園、東御苑は名所・旧跡となっているのに対し、北の丸公園は都心の緑の森の公園だといえよう。皇居北の丸はもともと江戸城の火災除け用地だった場所で、江戸中期より徳川家の御三卿家である田安・清水両家の領地になっていたそうだ。明治以降は近衛師団の兵営地で立ち入りができなかったが、戦後は森林公園として整備され、東京オリンピックに際してその一画には日本武道館が建てられている。昭和44年からは環境省が管理する公園として、常時一般に開放されている場所である。


この皇居北の丸は周囲の長さは約1.6キロほどのこじんまりした場所なのだが、園内に造られた遊歩道を辿れば、一周1.3キロほどの起伏に富んだ周回コースをつくることができる。ただしここでは環境省北の丸公園利用案内に「個人・団体を問わず、公園内の歩道・遊歩道、車道等においてランニング(ジョギングを含む)される場合、タイム計測やインターバル・ダッシュ等に代表されるような、いわゆる『スプリント・ラン』については、例え全力疾走でなくとも絶対に行わないでください。また、大会等への参加を見越したマラソンの練習についても、その疾走スピードは『他の来園者・利用者にとっては脅威』なので絶対に行わないでください。」とあるように、他の通行人の迷惑になるような、あるいは集団で走るような行為はご法度である。あくまでゆったりと公園の情景の一部となるように走ることが求められるのである。


という事で私はタイムを計測したり目標をもって走る際には隣の皇居周回コースを、ゆっくりと気分よくジョギングしたい日には北の丸公園を利用することにしている。緑多き園内は中央に池が配置され、その周囲は山道あり渓谷あり竹林もあり、さらには湿性植物園などもあって景色に飽きることがない。森の中には旧近衛連隊の碑もあり、コンパクトな敷地の中に上手に公園が造られている事がわかる。春は桜の花、今の季節なら木漏れ日を、秋になれば紅葉を楽しみながら園内を巡ると、走る辛さも忘れ、いつまでもこの道が続いて欲しいと云う気持ちにさえなってくる。ここは最寄の地下鉄竹橋駅や九段下駅からやや離れているため、普段は訪れる者も少なく、地元の人や近隣の勤め人が訪れる程度である。本当はなるべく秘密の場所にしておきたいような静かな公園なのだが、都会のど真ん中で緑豊か、鳥の声を聞きながらゆっくり走ったりそぞろ歩くには最適の場所なのである。

深山幽谷のような一画もある北の丸公園
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2020年6月27日 (土)

ゼロリスク神話を求める人たち

今日は3カ月に一度の歯医者の定期健診に行ってきた。顔なじみの先生に「武漢ウイルス騒動で大変でしたね」と言うと、「そうなんです、入口で検温することになって『コロナ対策のため検温お願いします』と言った途端、いきなりきびすを返して帰っちゃた方もいましてね。その患者さんは2か月ほど外出も控えていたそうで、よほどウイルスに神経質になっていたみたいですね」と先生は苦笑いをしていた。そう云えば「久しぶりに飲もうか」とラインで聞いたら、「3月からは数回クルマで外出しただけで今はまだ電車での外出はダメ」と返事を送ってきた知人もいた。いやはや、リスクゼロを求め日常生活に戻らない人が周囲にまだいる事に驚くばかりである。災難は忘れた頃にやって来るではないが、武漢ウイルスに100%の神経を注いでも、明日は豪雨か雷が我々を襲うかもしれないし、地震がおき火山が噴火するかもしれない。事故や病気も含めていつ災難が襲ってくるのか人生はわからない。そういう不条理の世界に我々は生きているのに、ウイルスなど何か特別に自分の気になる事だけを取り上げ、そればかりに各段の注意を払う人々の行動は神経症的とも思える。「絶対の安全」や「絶対の安心」などは世界のどこにも存在しない。


リスク・ゼロに関していえば、月間"HANADA"最新8月号の巻頭にジャーナリスト有本香氏が「イージス・アショア」の突然の配備計画停止についてこんな文章を載せていた。発射されたミサイルの部品が安全確実な場所に落下するのが難しいので、配備計画を停止するという防衛相の発言に「核弾頭が搭載され、一発で何十万もの日本国民を殺傷させるミサイルが飛んで来るかもしれない非常時に、それを撃ち落とす部品の落ちどころが心配だから配備しない?」「(小池都知事の馬鹿げたパフォーマンスだった)豊洲の地下六メートルの地下水じゃあるまいし、ゼロリスクを求めるあまり、巨大なリスクや損失を防げないということか。こんなバカな話がまかり通るのは、世界広しと言えども日本だけに違いない」として、彼女は「ゼロリスク詭道」(人をあざむくようなやり方、正しくない手段・広辞苑)に警告を鳴らしている。


原発反対運動でもそうだが、有本氏が指摘する如くいま日本で蔓延するゼロリスク神話を見ると本当に日本はこれで良いのかと心配になる。都知事選でも都内上空を通過する羽田空港の新進入方式に反対するサヨク候補がいる。事故や航空機からの落下物の危険を訴えているようだが空の利便性が新ルートで大きく拡大することに比べれば、ごくごくまれにしかおきない事故の可能性のみを取り上げるのもゼロリスク病で神経症的な態度といえる。リスクゼロ病と似た現象で、自然をごく少しでも毀損しかねないプロジェクトは推進してはならないという風潮も気になる。今日の読売新聞朝刊には、静岡県知事が大井川水系に影響を与えるかもしぬ、という理由で2027年に開業予定のリニア新幹線の工事着工を認めないとある。今では地下の導水路導入などで水量の調整などはかなりコントロールできる時代である。新幹線の工事とともに水利の調査も進めればよいと思うが、完全に影響がないと分かるまでは何も手を付けさせないというのも小児病的態度と云えよう。ことほどさようにリスクゼロを求めて多くの施策の実行が困難になるという状況なら、日本は「遅れた20年」にとどまらず、この先進歩を忘れ世界に取り残される時代になるのではと大いに危惧する。

2020年6月22日 (月)

高田馬場の決闘

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水稲荷にある堀部武庸 加功遺跡の碑

ジョギングの目的地は先週日曜日は古河庭園だったが、今週は時代を少し遡って高田馬場の跡地に行ってみる事にした。

そもそも山手線の駅の名前がなぜ「高田馬場」というのか子供の頃から不思議だった。たしかに現在の高田馬場駅周辺から東には新宿区や豊島区に「高田」という地名が残っており、これは越後高田氏に関係する土地がかつてこのあたりにあったからとか、神田川を見晴らす高い土地だったらそう名づけられたなどと云われている。この高田の地には江戸時代の初めに徳川将軍家によって馬場が造られ、旗本たちの流鏑馬や馬術の訓練に使用されていたため、山手線開業時(明治43年)に駅名を「高田馬場」にしたとされている。それにしても駅が開業したのは明治も終わりの時代で、馬場はすでに農地や住宅地になって久しかった上、駅の場所は馬場の跡地から1キロ以上も西に位置している。当時、新駅名の候補だった「戸塚」や「諏訪」は他県にあるので見送られたというが、他にも幾らも候補名はあったはずで、最近物議を醸した「高輪ゲートウェイ」のように、JRは旧国鉄時代から奇抜な新駅名を好むのが伝統らしい。
  

スマホのアプリ「大江戸今昔物語」を頼りにジョギングでたどり着いた旧高田馬場跡は、今の早稲田通りの「西早稲田交差点」のあたりにあった。この交差点から早稲田通りに沿ってJR「高田馬場」駅の方向へ約300米、通りの北側幅50米ほどに亘ってかつては馬場が開けていた事がアプリに表示されている。江戸時代はここで行われる馬術や流鏑馬を見に江戸市中から多くの人が集まったので、馬場の北側には八軒のお茶屋が並んでいたと付近の道路票の説明にある。距離的にも市中から程よい行楽の地であったのだろう。しかし今や周囲は鉄筋コンクリートのマンションや住宅、商店などが立ち並び馬場があった往時の面影はまったく見いだせない。かすかに「茶屋町通り」とある道路票と、そこから真っ直ぐに伸びる横丁がここが馬場の北の端であったことを示すのみである。


さて馬場跡より神田川に向かって歩くとすぐにある水稲荷神社の境内には、堀部武庸(堀部安兵衛)加功遺跡碑が立っており、この地での堀部安兵衛の決闘を思い出させてくれる。「高田馬場の決闘」は、1694年(元禄7年)共に四国の伊予西条藩の家臣であった菅野六左衛門と村上庄衛門との間でおこった仲間うちの果し合いである。両名はそれぞれ数名の助っ人を頼んだが、菅野方の中には中山安兵衛(のち堀部安兵衛)が混じっていた。決闘は昼の4ッ半(午前11時)に多くの目が集まる馬場内で行われたとあって、平和な元禄の世では大変なニュースであったはずだ。ちょうどわが家にあった南春夫の歌謡浪曲CD「決闘高田の馬場」にも「これを眺めた大工に左官屋も八百屋も、米屋のおやじも魚屋もそれ行け、やれ行け 安さんが大きな喧嘩をみつけたぞ、今夜はたらふく呑めそうだ、あとからあとからついて行く」と市井の人々の興奮が歌われている。


中山安兵衛は、もともと浪人だったが、その頃は小石川にあった堀内道場の四天王と云われ、各大名屋敷に出張稽古をつけていた云わばプロの剣士であった。高齢のため劣勢とみられた菅野が安兵衛の剣で勝ったと云う結末が江戸市中の評判となり、安兵衛は後に播州赤穂藩の堀部金丸(弥兵衛)に是非にと迎えられて養子に入り赤穂藩士になっている。赤穂藩主・浅野内匠頭による刃傷事件で赤穂浪士の討ち入りが行われるのは、決闘から7年後の元禄14年(1701年)なのだが、吉良上野介を討つことにあまり積極的でなかった総大将の大石内蔵助を最も動かしたのは急進派の堀部安兵衛だったと云われる。もし菅野・村上の決闘が行われなかったら、あるいは高田馬場のような多くの前でなく決闘が他所でなされたら、安兵衛の名声もこれほど広まらず彼も赤穂藩とは無縁だったはずだ。そして彼が赤穂浪士にいなければ討ち入りも行われなかったもしれないとあって、いま「忠臣蔵」と云う劇が存在するのは高田馬場の決闘があった事が大きく影響しているように思う。歴史の織り成すあやをさまざま感じながら、ジョギングして家路についた。

高田馬場跡の案内板、左の道路が茶屋町通り、その左手が馬場跡
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2020年6月21日 (日)

河井前法相・案里議員逮捕のニュース

広島の河井克行・前法務大臣と妻の案里参院議員が逮捕された。昨年7月の参院選に際し、票の取りまとめなどを依頼する趣旨で、地元議員などに多額の現金を送った公職選挙法違反(買収)の容疑なのだと云う。我々の感覚からすれば、検察の発表(リーク?)通りならば、この夫婦の行為は明らかに法律違反になるのだが、話はそう簡単ではないようだ。新聞報道によると、河合陣営には「自分たちの地盤を広げるために、陣中見舞いを渡すのは政治観の常識だ。それを選挙違反に問うのは乱暴だ」(6月19日読売新聞)と云う不満があるとされる。夫妻の「法に触れる事は一切していない」とのコメントも、彼らの行為はこれまでは違反として立件されていなかったとの認識によるものだろう。どうやら今回の逮捕劇は、われわれ政治に直接関わらない者にはわからない動きが従来からあり、その慣行が選挙違反として罪になるのかという問題につながるようだ。


広島と云えば思い出すのはかつて山陽新幹線・三原駅での出来事である。駅のホームで新幹線を待っていると到着した「こだま」号から降りてきた背広姿の一人の男性が、ホームの多くの人に万遍なく頭を下げ大きな声でなにやら挨拶をしている。「こんにちは」だったか「宜しく」だったかは挨拶の言葉は忘れたが、その姿が大仰で我々のように明らかに出張者とわかる人種にも頭を下げていた。思わず誰かとよくみたら、三原を地盤とする亀井静香氏(当時・自民党)で、地方の政治家は地元の駅では選挙でもない平時からこうして誰かれ構わず頭を下げて廻るものなのかと驚いた。亀井氏のその姿を見て広島県の有権者と政治家の距離や、選挙に関わる意識が東京のそれとは随分と違うのだろうと思ったものだった。


問題の参院選では、これまで自民と野党で分け合った改選定数2の選挙区を、自民の独占をめざし案里氏が公示直前に急遽出馬することになったのが事の発端らしい。結局のところこの参院選では自民党の現職古参議員が落選して案里が当選したものだから、地元の反発は大きく夫妻は大いに恨みをかったことであろう。克行氏は政治家の家系ではなく、そのパワハラ的体質も地元では悪評だったようだし、案里氏はもともと宮崎の人とあって、無理筋の選挙戦が今回の逮捕劇のきっかけだと思える。しかし彼らが現金を配った時期は投票から4か月前からで、これまでは公職選挙法の買収の適用範囲外と認識されていたものだという。今回はこれを立件するということで、検察は選挙と金の関わりに一層の厳しさを求めようとするのか。選挙と云えば我々のような都会の有権者にはお金にまつわる出来事など起こりようもないが、河井夫妻の逮捕によって一般大衆が知らない政治の世界の慣習・慣行の是非が問われようとしているようだ。

 

2020年6月15日 (月)

旧古河庭園

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旧・古河庭園 洋館と洋風庭園

先週の日曜日は、梅雨前の青空の下、北区・滝野川  の旧古河庭園までジョギングしてきた。自宅から約30分、ジョギングも毎日同じコースばかり走るのは嫌だし、評判の庭と今を盛りのバラの花壇の見物をしようと足を伸ばしたのだが、武漢ウイルス騒動も取り敢えず一段落で、園内はそこそこの人たちで賑わっていた。ここはかつて古河財閥が所有していた邸宅で、現在は東京都が管理する文化財庭園である。入場料150円(65歳以上は70円)を払えば、鹿鳴館などを設計したジョサイア・コンドル設計による洋館(別料金)と洋風庭園、京都の庭師・小川治兵衛が造った日本庭園からなる和洋折衷の庭の美を誰でも見物する事ができる。庭園内はそぞろ歩くに適度な広さで、見物者のなかには見合いの席から直行したかのような善男善女ふうのカップルも散見される。


庭園には諸所に傾斜地を利用したバラ園や滝、池(心字池)が配置され、その風情は変化に富んでおり、もとは旧石神井川(藍染川)が上野台地を侵食してできた高低の差を利用して造園したものであろうことがわかる。現在の石神井川はここより1キロほどの北の王子駅付近から隅田川に注いでいるが、江戸時代の初め頃までの石神井川はこの辺りを通って駒込方面に流れており、上野の不忍の池を経由して江戸市中にあったとされるお玉が池に流れ込んでいたと云う。江戸前と呼ばれた東京湾にそそぐ多くの河川が、台地を切り開いてできた谷と坂の織り成す風景が江戸の街の特徴と云えるが、神田川の崖線沿いに造られた椿山荘などと同じように、古河庭園も台地と谷戸の地形差を利用して設計された名園である。


入口にある説明板には「日本の十代財閥の古河家により整備された」と記載されているとおり、古河と云えば足尾銅山の開発に始まり古河鉱業や富士電機などの企業群が有名な財閥だった。もっとも今や旧財閥の三井と住友が一緒になる時代とあって、古河グループと言っても頭に浮かぶのは富士通や朝日生命くらいであろうか。時代は変わり名門企業や財閥と云われた集団が、文化財や広大な庭園を保有し、限られた人たちだけがその鑑賞や入場の恩恵にあずかるような場面も激減した。都内にまだまだ多く残る旧三菱・三井財閥や日立グループなど名門企業の広大な接待施設も、そのうち新興企業に買われたり公営の庭園になって行くのだろうと考えつつ庭園の門を出た。


旧石神井川跡に連なる谷筋と上野台地の段差を利用して造園された園内の滝
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2020年6月11日 (木)

国産車には上品なセダンがない

今乗っているドイツ車は2008年製で、今年で満12才を超えた。電気系統が弱いと云われる外車だが、この車もこれまで2度ほど大きなトラブルがあった。クルマも多くの部品からなる機械、それも最近はセンサーやら電子部品が多用されているので、10年も過ぎればあちこち不具合が出てくるのもやむを得ないところだろう。それにしても外車は壊れた箇所の部品代や車検、定期点検の費用が、国産車に較べ法外に高い。殊に都会に住んでいるとクルマがなくとも生活には特段困ることもないし、毎月3万円以上する駐車場料金の上に税金、保険代、車検など諸々の費用を考えると、もうクルマから卒業しようかとも思う。そうは云うものの永年所有していた自家用車が家から無くなるのもやや寂しいし、まあ早急に結論を出す事もないかもしれないとも思っているところだ。


このような心境で、たぶん人生最後になるであろうマイカーの買い替えをそろそろ検討してみようか、と考えている。そうなると最後はやはり故障が少ない国産車、できれば老人向けに最新の安全装置付きの車種にしようかと思うが、最近の国産車は大きなバンのようなSUV (SPORTS,ULITY VEHICLESというのだそうだ)ばかりが目立ち、「上質」なオーナードライバー向けのセダンが各メーカーのラインアップにはほとんど見当たらない。数少ないセダンにしても、総じて正面から見たスタイルがやたらと「怒り顔」、かつサイドやリアには不要なグラデ―ションや凹凸のデザインが施されておりどうも好感がもてないクルマばかりだ。


例えばトヨタの中ではセダンも積極的に展開しているレクサス車は、デザイン的にラジエーターグリルが目立ちすぎで、町でこのクルマを見るといかりや長介を思い出してしまう。片や永年乗っていた日産は「貧すれば鈍す」とあって、シニア向けの良いセダンを作るのを諦めてしまったようだ。最後の買い替えには、もしトヨタ車なら往年のプログレをもう少しスポーティでアグレッシブにしたような上品なモデル、日産なら昔のスカイラインやプリメーラのような小ぶりでキビキビしたセダンがあったら検討したいのだが、現状そんなクルマは売られていない。6気筒エンジンを持つ上品な国産、それもFRのセダンまたはクーペがあったらなあ、と自動車情報を眺めてはため息をつく。


ステイホームで閑な毎日、1962年のクラウンを描いてみた。この頃はクルマに夢があった。

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2020年6月 7日 (日)

飛鳥Ⅱ 2021年世界一周クルーズ 予約でいっぱい?

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セーヌ川を上る飛鳥Ⅱ(2011年)

武漢ウイルス騒動なかりせば、今頃は飛鳥Ⅱの2020世界一周クルーズの真っ最中だった。予定されていたスケジュールによれば今日6月7日はニューヨークを出港した翌日で、フロリダのケープカナベラルに向けて合衆国の東岸を南下していた事だろう。クルーズも後半とあって、カリブ海やコロンビア、パナマ運河などこれからの寄港地に思いを馳せながら「いよいよ暑さも本番だね!」と乗船客同士で語りあっていたかもしれない。南下するに連れ群青色が深まるカリブの海を眺めながらデッキでのんびりしていたはずが、今は外出も憚られるとは本当に世の中は何がおこるかわからないものだ。この騒動を機に、楽しみは先延ばしにせず出来る時にやっておくべきだ、との感を一層強く持つようになった。という事で催行中止となった飛鳥Ⅱの2020年のワールドクルーズの代金は返してもらわず、そのまま「2021年世界一周クルーズ」に充当することにした。


既に2月に発表されている飛鳥Ⅱの2021年世界一周クルーズはインドのコーチン、ヨルダンのアカバ、メッシーナ(イタリア・シチリア島)ルーアン(フランス)など魅力的な寄港地に幾つか寄るものの、それ以外はほぼ定番のコースである。その時間とお金があれば欧米諸国などは自分で手配して飛行機や鉄道などでゆっくり回れば良いと薦める友人も多いが、船内で過ごす濃密な時間、和洋の食事、催し物や音楽、ダンスなど、自分の別荘がそのまま世界各地へ連れて行ってくれような感覚は他の旅行では味わえない独特な旅の形態である。このクルーズに”ハマってしまった”我々だが、もっともその前に来年の春までに世界の寄港先でこの感染騒動が収まって、クルーズが催行されるかと云う危惧が少なからずある。


ところで感染爆発が起きてしまったダイヤモンドプリンセス号のイメージから、クルーズ船の旅そのものに危惧を持つ中高年が増えたのではないかと思い、スエズ運河から喜望峰周りに航路変更となった2011年の時のように、ひょっとしたら船内はどこもガラガラかもしれないと少々期待していた。ところがある旅行社から届いたパンフレットには飛鳥Ⅱの「2021年世界一周クルーズは2020年が中止になった関係で、2020年に申し込みされていたお客様がほとんどそのまま2021年に変更して乗船を希望されたため、空室が僅かになっております」とある。いま世界中でクルーズ船の運航が中止されており、日本船も少なくとも夏場まではクルーズが催行されないことになっているが、我々同様に多くのファンが船旅の再開を心待ちにしているのだろう。


そういえば飛鳥Ⅱの船内で知り合った乗客のなかには「支払期限がくるまでならキャンセルはいつでもできるから、一週間以上のクルーズにはとりあえず全部予約を入れている」などと言っていた人もいたから、来年乗っても船内あちこちにこういう常連が目につくことだろう。今回の改装で露天風呂もできたので、セーヌ川の航行風景や自由の女神はお湯につかりながら眺めるというアイデアもよさそうだ。旅程によると2021年の今日、6月7日もニューヨークを出た翌日とあって、来年の今頃は遊び疲れて部屋からボーっと本船がつくる引き波を眺めているだろうかなどとステイホーム中あれこれ想像している。

パナマ運河・ガツン湖で日本船と行き会う(2016年)
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2020年6月 1日 (月)

トランプ大統領の発言

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米国大統領補佐官のピーター・ナヴァロが「米中もし戦わば」を出したのが2016年で、勃興する中国の脅威を描いたこの本は当時大きな話題になった。経済成長するにしたがって「民主的」な「普通」の国になると期待された中国に対して懐疑の目を向けた時宜を得た書であった。その後、2018年秋にペンス副大統領が中国批難の演説を行った通り、米国は国の基本方針として中国と対抗することを決め、そのシナリオ通り昨年には米中貿易戦争が起きたのである。


ただ国策の遂行とは云え、トランプ大統領の個人的な資質から発せられる率直すぎる発言と、その矢継ぎ早の施策は世界を驚かせている。武漢ウィルス騒動で中国寄りの運営がなされているWHOからの脱退と、中国が香港に国家安全法を導入する事に対抗して、香港への各種優遇措置を撤廃するとの発表が最近なされた。さらに今年開かれる米国でのG7にロシア・インド・オーストラリアや韓国を招待するも、中国は招待しないという露骨な「中国外し」も彼は考えているとされる。世界中のリーダーが大して意味のないリベラル的ポリティカルコレクトネスとやらに縛られる中、そんなものに捕らわれない彼一流の直截な姿勢を私は好ましく思っている。


東西冷戦が終わり世界は一つとなって結びつくかと思われていたが、ここに来てトランプと習近平という個性的な両指導者の下、いよいよ米・中が地球を二分する囲い込み覇権レースが始まったようだ。では日本はどちらの側につくのだろうか。おりしも5月31日読売新聞「あすへの考」では「コロナ禍で見えたこと」としてフランスの歴史学者エマニュエル・トッドが「一つ断言できるのは、日本も含め先進諸国は今、米中対立を巡る自身の立ち位置を決めねばならないということです」と述べている。これらの動きに対して今朝の同紙には「日本政府が(両国の)対立深化を懸念」とあるように、まだ政府は中国にも良い顔をしたがっているようだ。安倍政権はアメリカ側に付きつつも中国とも良い付き合いをしたいという、ユートピア的願望の実現が可能だと考えているのだろうか。


わが国は安く物を作れ巨大な市場を擁する国として中国に接近したが、武漢ウイルスでも明らかな隠蔽体質、毎日継続する尖閣諸島への公船の進入と脅し、南シナ海の軍事基地化、ウイグル自治区での人権侵害などどれをとっても共に手を携えて進める国ではないことがわかった。また中国は困った時には日本に擦り寄ってくるが、それが何も意味しないことは日中間の歴史を見れば明らかであった。こうして見れば「延期」になっているらしい習近平の国賓招待を直ちに「中止」するのはもちろん、欲の皮に目がくらんだ国内の媚中・親中派を排し、トランプ政権の率直な施策に賛同する事が今の安倍政権には必要だと思う。ただし、安全保障の面では世界の警察を諦めたかの如き米国に過大な期待をせず、憲法を改正して「普通」の国となり、必要な軍備を整える事がわが国に課せられた喫緊の要事といえよう。トランプ大統領の発言は、我々に様々なことを気づかせてくれる。

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