2019年5月25日 (土)

”さんふらわあ きりしま”昼の瀬戸内感動クルーズ(2)

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飫肥(おび)の町並み
クルーズの楽しみの一つは、寄港した港から催される本船のツアーである。我が家からわざわざ行くこともない場所だと思っていても、クルーズ船の寄港地からツアーで訪れると、風情ある名所が全国津々浦々にあることに気づかされる。かつて飛鳥Ⅱで広島港に寄港した際、当時NHKの朝ドラ「マッさん」で有名になった竹原に行ったのがまさにそうだった。今年は飛鳥Ⅱで、四日市から伊勢の一ノ宮・椿大神社にお参りできたのも良い思い出である。

「”さんふらわあ きりしま”昼の瀬戸内感動クルーズ」では、志布志に2日目の朝に到着してから、帰りの大阪南港行きとなるフェリー便の出港までの間、「さんふらわあトラベル」によって「小京都飫肥と鵜戸神宮・北郷温泉・歴史探訪」の旅」が催行されたので参加してみた。岸壁まで迎えに来た貸し切りバスに乗り、杉の生産地である宮崎県南部を揺られて約2時間、到着したのは飫肥藩5万7千石の城下町である飫肥だった。

飫肥は九州の小京都と云われるそうで、いかにも古くからの城下町らしい落ち着いた町並みは、大都会近辺の名所・旧跡にないひっそりとした佇まいだった。藩主の伊東家は、南には強大な薩摩の島津藩、北に豊後の大友氏の勢力が迫る中、いかに領土を守るかに腐心したと云う。日露戦争後に締結されたポーツマス条約で知られる小村寿太郎は、幼少の日々をここ飫肥藩の藩校「振徳堂」で学んだそうだ。明治時代、まだ弱小だった日本がいかに列強に伍していくのか、飫肥藩の置かれた立場と当時の大日本帝国の状況が重なってみえるようだ。

午後は宮崎県日南市にある鵜戸神宮を回る。長い階段を上り下りしてようやくたどり着いたのは、海辺の崖にある岩窟に鎮座するお社で、これも他では見る事のできない神社である。お年寄りにはきついと思われる参道だったが、日向灘の絶景を望みながらの参拝も忘れられないものになった。この日一日、関西で有名(らしい)な歴史家の田辺眞人氏が同行されたが、その洒脱な解説も楽しく、クルーズを盛り上げる「さんふらわあトラベル」の意気込みも感じられた。見学を終わり夕方5時大阪南港向けに出港する「さんふらわあきりしま」に戻ったのだが、こうしてみると、どうして”フェリー侮るなかれ”といえよう。

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飫肥名物の厚焼卵
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鵜戸神宮

2019年5月20日 (月)

★貨物線乗車の旅★お座敷列車「華」で満喫 首都圏ぐるり旅 新宿発品川行き

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根府川駅に停車する「華」

以前に働いていた会社の現役の人たちに誘われて、5人グループで日曜日は「テツの一日」を楽しんだ。これは「びゅうトラベルサービス」の主催で、ボンネット型特急車輛485系を改造したお座敷列車「華」に乗り、普段は営業列車が通らない経路や貨物線を使い、首都圏をぐるり旅するという趣向である。昨日はまず新宿から新木場まで埼京線ルートを経由し、新木場から京葉線に入り、さらに蘇我で外房線に乗り入れると云う経路を経験する。外房線の誉田駅で折り返したのち、千葉から横須賀線と同じ経路で新鶴見の信号所(貨物操車場)へ入り、ここからは羽沢貨物駅経由東海道貨物線で根府川まで長駆「華」は疾走した。根府川からの帰り途は再び東海道貨物線を使い、大船から根岸線・高島貨物線経由、最後は下車駅である品川に戻ってくると云う7時間余のテツの旅であった。

この間、昼の弁当こそ出るが根府川駅以外は車外に出られない設定になっており、車内での販売もない。まさにオタのために催行されるような企画といえる。という事で車内はいかにもそれらしい男性の1人また2人組が多いが、マニアの夫やボーイフレンドと一緒に来たようなカップル、男の子を連れた親という取り合わせもちらほらで、6両編成で90人ほどの乗車は混まず空きすぎずといった感だ。鉄道マニアと云えば乗り鉄、撮り鉄、時刻表鉄など様々あるなか、我々一行もJR貨物の時刻表やら、首都圏JR線の構内ポイントや側線・亘り線などの配線一覧図、GPSロガーなどを持ち込み、営業列車で通らないポイントなどでは歓声を挙げる。これでも(私達夫婦を除き)我がグループはみな上場会社の現役役員や本部長なのだから、どこに隠れた鉄っちゃんがいるのか世間は判らないものだ。

もっとも朝9時過ぎ新宿を出る間もなく我々は持ち込んだ缶ビールや缶酎ハイをプッシューと開け、あっという間に空き缶やらワインの瓶で卓上が一杯にもなったとあって「飲み鉄」と呼んだ方が似つかわしいようだ。酔いに任せていい歳をしたオヤジ達がワーワーと自慢げに乗り物自慢をしていたから、さぞかし顰蹙だったに違いないが、周囲はみなテツの趣味を極めるかの如く、車中の貴重な一刻一刻を楽しんでいた。この企画に要望を挙げるとするならば、前面展望を各車両のテレビに表示するとか、運転士が交代する度にどこの所属か、ふだん使わない亘り線や跨線橋など都度その情報を流してほしいところだった。それにしても朝から7時間、参加費用の一人16,800円を考えると、料金の面では新幹線「のぞみ」で東京から岡山まで、時間的には東京から鹿児島中央にまで到達できる。それを東京の周りの貨物線の上を、一日かけて300キロぐるぐる回るというのは究極の贅沢であると云えよう。

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お座敷列車「華」の内部。元特急列車だけあって乗り心地は良かった

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マニア必携の配線図本

2019年5月18日 (土)

飛鳥Ⅱ 飛躍・大規模改装

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夕陽に映える飛鳥Ⅱ(於アムステルダム)

飛鳥Ⅱが来年1月からシンガポールのドックで大規模改装すると云う報道が飛び込んできた。2020年から発効する排気ガス中の硫黄酸化物規制に対応する装置(スクラバー)搭載のほか、露天風呂の設置、ネット環境の増強、レストランやキャビンの改装など数十億円規模の工事だとされている。1990年にクリスタルハーモニーとして造られた本船だが、2006年に日本籍の飛鳥Ⅱに改装されてからもすでに13年、内装も外見も老朽化が目立つこの頃である。世界のクルーズ市場には次々と新鋭船が投入される中、幾らなんでもこのままでは高級船として生き延びることが難しいと思われた飛鳥Ⅱが、外部ファンドの資金を利用してやっと改装されることになったことは喜ばしいニュースだ。

浮かぶ養老院だとか、外国船に比べて料金がバカ高いと云われる飛鳥Ⅱだが、乗ってみると「お金はタダはとらない、高いものにはそれなりの価値がある」と実感してきた。このまま何もせずに飛鳥クルーズ自体が終焉を迎えるのではないかと危惧していた私も、本船がとりあえずリニューアルされサービスを継続することを知り一安心と言える。今は発表された改装後のプロファイルを見つつ、キャビンの様子やパブリックスペースの使い具合をあれこれ想像するのが楽しいところだ。新しくできる露天風呂は外に面しているから、橋の上からだけでなく神戸中突堤のオリエンタルホテルや、ホノルルのアロハ・タワー、セントーサのロープウェイなどから丸見えになってしまうのはどうするつもりなのか、などと今後の運用も興味が尽きない。

当面、飛鳥Ⅱを大改装してサービスを継続しつつ、ファンドと協議しながら新造・飛鳥Ⅲ投入のチャンスを郵船クルーズは考えているのだろう。おりしもトランプ大統領の素晴らしい功績で、中国経済は急速に悪化しているようだ。中国の後退は喜ばしいが、これが我が国や世界の経済に返り血となって跳ね返り、アジアを中心に盛り上がるクルーズ業界にも不況が到来することが充分考えられる。その折には新造クルーズ船の建造予約で一杯の欧州造船所も、契約のキャンセルなどが出てくるのではないか。これらの造船所から空いたドックスペースで、安く客船を造らないかというオファーが得られる可能性もあろう。景気が悪くなれば、安いバルカーやタンカーばかり造っている日本や韓国・中国の造船所も、貨物船より船価の高いクルーズ船建造を図るかもしれない。どんな業界でもブームの後ほど景気の谷間が深くなるから、今はクルーズ業界の不況を待ち飛鳥Ⅲの新造計画をじっくり練るのも悪くないだろう。

ホノルルアロハタワーから
船体中央のネットの場所に造られる露天風呂が丸見え?
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2019年5月16日 (木)

”さんふらわあ きりしま”昼の瀬戸内感動クルーズ(1)

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出港を待つ南港コスモフェリーターミナルの「さんふらわあ きりしま」
手前は別府行きの「さんふらわあ こばると」

2014年6月に乗船した”フェリーさんふらわあ”の昼の瀬戸内感動クルーズが面白かったことは当時アップしたとおりだ。毎年何回かあるこの昼のクルーズだが、今回はいつもの大阪・別府航路ではなく新造船を使った大阪・志布志航路で催行されるとあって、先の日曜は大阪南港から真新しい”さんふらわあ きりしま”に乗船してみた。以前にも紹介したとおり、瀬戸内海を縦断する航路は今や夜間のフェリー便のみになってしまったので、日本初の国立公園として指定された瀬戸内海の景色を堪能するには、クルーズ客船を除くとこの昼の感動クルーズが唯一の機会である。昨年9月に就航したばかりの”さんふらわあ きりしま”は1万3659トン、二重反転プロペラやハイブリッド推進が話題の船である。

せっかくだからという事で、南港を日曜日12時に出る感動クルーズ便は今回も気張ってバルコニー付きのスイートルームを予約した。昼の“瀬戸内感動クルーズ”で本船に一泊し、帰りは四国沖を夜間走る通常のフェリー便の客として大阪まで帰る際は、志布志でチェックイン・アウトの必要もなく同じ部屋で過ごすことが出来る。本船”さんふらわあ きりしま”は新造船とあって船内はどこも真新しく広々と快適である。大阪商船や関西汽船時代の別府航路をたどる諸展示が船内に掲げられているのも、かつて新婚旅行で人気だった本航路の歴史を示していて興味深かった。もっともフェリーとあって、内装がクルーズ船のような豪華仕様でないのは仕方ない。特に船内あちこちに使われる木目の化粧板が色がうすく安っぽく見えるのがちょっと残念なところだし、淡い紫色や青色が照明や装飾物に多用されるのも、なんだか韓国調で気になった点である。

スイート客室は22.9平方米の部屋にバルコニー8.6平方米が付いてゆったりとしている。この部屋に限らずどのタイプのキャビンもプライバシーを重視した造りになっているのは、最近のフェリーの特徴だと云える。ディーゼルエレクトリック推進も採用している乗り心地は、今までのディーゼル船とさして変わらなかったが、今回は新造船にも関わらず、最初の晩は客室近くで船体のビビり音が強かったのがやや気になった(2晩目は振動・騒音の原因箇所を調整したそうで解決されていた)。食事は例によってビュッフェ形式なるも、往路は特に品数・メニューとも豊富で、この特別便を盛り上げようとのクルーの心意気が感じられる内容。それにしてもやはり昼の瀬戸内海航路は素晴らしい。これまで内外あちこちの海域に行ったが、ここは世界に誇れる多島美だと云えよう。点在する緑の島影だけでなく、潮流あり、橋あり、港や町に遠く望む工場ありで、自然と人間の営みが調和した光景は見るものの目を飽きさせない。“感動クルーズ”の名に恥じない催行だと満足して早朝大阪で下船した。

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どこか垢抜けない(様に感じる)スイートキャビンの内装

フェリーさんふらわあ・昼の瀬戸内感動クルーズ(1)2014年6月5日
フェリーさんふらわあ・昼の瀬戸内感動クルーズ(2)2014年6月6日
フェリーさんふらわあ・昼の瀬戸内感動クルーズ(3)2014年6月9日

2019年5月 9日 (木)

志水辰夫「裂けて海峡」

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狭いマンション住まいなので、どんなに立派な本でも読んだらすぐ捨てる事にしている。大事なこと、記憶しておくべきことがあれば、ノートにメモでもとっておけば十分だ。ただそうは云っても印象に残り、必ず将来もう一度読みたくなるだろうと思った本だけは書棚に残してある。この10連休は時間もゆっくり取れたので、そんな本の幾冊かを手にとってみた。まずは志水辰夫の「裂けて海峡」(1983年・講談社ノベルス)である。発売当時の活字が小さいのは参ったが、3月に亡くなった母の遺品、ハズキルーペをつけて読書三昧の連休である。

「裂けて海峡」は、息をも継がせぬ展開が読者を魅了する冒険小説だ。主人公がひょんなことからヤクザを殺し服役中に、彼の小さな会社が所有する内航船が九州沖で行方不明になることから話が始まる。出所した彼はヤクザの組員に追われながらも船の遭難原因を調べるうちに、つぎつぎと驚愕の事実が分かってくるのだが・・・。「え、そうくるの?」というダイナミックな筋立てと、主人公が某巨大組織から追われるスリル満点の逃亡シーンの描写が本書の醍醐味といえよう。その中に謎の老人やら美女が絡んで、話は映画のO07をもっと切迫させたような場面の連続である。

作者、清水辰夫は内航海運に関係したことでもあるのだろうか、貨物船に関する記述もホンモノっぽくてよい。そう云えばこの本を読んだ時分、私も30歳代の忙しい盛りであったことを思い出す。当時は余りの面白さに時間が経つのも忘れ、深夜になっても目が離せず、翌日の勤務に響かないか心配したものだった。読後、すっかりシミタツ節に魅了され、彼の「飢えて狼」「あっちが上海」などにハマったことも懐かしい。今回も2日ほどで読み切って、妻に「この本おもしろいよ」と薦めてみた。今朝は目覚ましが鳴っても彼女がなかなか起きて来ないので、どうしたのか聞いたら「夕べ読み始めたらやめられなくて三時になっちゃた」と言っている。「裂けて海峡」はその後、新潮文庫からも出されたから今でもアマゾンか大きな本屋に行けばあるだろう。おすすめである。

2019年5月 6日 (月)

M/V "VIKING ORION" (飛鳥Ⅲの手本には?)

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この連休には、京浜地区にもクイーン・エリザベス始め多くのクルーズ船が寄港した。その中で東京晴海の客船ターミナルに、VIKING OCEAN CRUISEの新造船VIKING ORION号が来ているというので、昨日は晴天の下、ドライブかたがた見学に行ってみた。5月4日朝から2泊東京に碇泊するオリオン号はノルウエイ船籍で48,000総トン、昨年イタリアのフィンカンチェリ造船所で出来たばかりで白亜のペイントもまだ初々しい外観である。最新のクルーズ船とあってブリッジはウイングがガラスで覆われ、例によってベランダ付きの部屋が船側にずらりと並んださまが美しい。ちょうど東南アジアから極東を経由してアラスカ海域で夏場のクルーズに配船される途中の日本寄港で、晴海で見ていると乗客は欧米系のシニア層が多そうだ。

おりしも客船ファンの間では、老朽化した飛鳥Ⅱ(50,142総トン)がどうなるのか関心が高まっているところだ。同じサイズの新造船であるオリオン号を見ると、いずれ代替されるであろう飛鳥Ⅲが、今と同じ大きさならばどういう雰囲気になるのか参考にもなりそうだ。という事で両船のサイズを比べると、長さ/巾はオリオン号が227米X28.8米、飛鳥Ⅱが241米X29.6米とオ号がわずかに小さい。デッキプランを見ると、オリオン号は流行の全室オーシャンビユーのベランダ付きなのが素晴らしいが、全通するプロムナードデッキは残念ながら飛鳥Ⅱのようなチーク張りでないようだ。オ号は乗客定員930名クルーが550名でその比率が1対1.7に対し飛鳥Ⅱは1:1.5とあって、同じ高級船の部類だが、この点は飛鳥Ⅱが少し優っている。もっとも部屋の大きさはオ号のもっとも数が多いSTATE ROOMが25平方米と飛鳥Ⅱのベランダ付きキャビンの22.4平方米に優っている。その上WiFiが無料というのも新しい船ならではの特徴だ。

VIKING OCEAN CRUISE社は1997年に出来たばかりの会社で、当初はヨーロッパでリバー・クルーズを行っていたが、2013年に外洋クルーズに進出している。驚くのは、すでにオリオン号と同型のクルーズ船を5隻新造しており、この後も僚船をまだ数隻建造し大々的にクルーズを展開するらしい。飛鳥がこんな新しい船になったら、と思いながら晴海で眺めていたが、世界ではクルーズ船の新造ブームで、限られた欧州の客船用造船所はどこも予約で一杯だ。一方で日本でもやっとクルーズ人口が増えてきているのに、日本船は同じようなカテゴリーでこじんまりと客船事業を継続しているのが何とも寂しい。また大型タンカーの建造であれだけ世界を席捲したわが造船所も、客船の建造に恐れをなして逃げているばかりだ。大きく成長する世界のクルーズ事業を横目に、「事業の選択と集中」などと冒険しない理由ばかりを考える小粒なわが経営者達を見ていると、日本経済の失われた20年もむべなるかなと感じるのである。

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2019年5月 3日 (金)

ゴールデンウイークの思い出

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2018年4月、飛鳥Ⅱのワールドクルーズにて
アデン湾でわが海上自衛隊の護衛艦や哨戒機の護衛を受ける
(写真家:高橋敦氏の撮影)

昨日は昼から爽やかな晴天になった。居間から窓の外の青空を眺めていると、過去のゴールデンウイークのさまざまな場面が思い出すともなく浮かんでくる。そう云えば5月1日は、メーデーの中央集会に参加した者は出社扱いとするという会社の労使協定で、代々木公園に行った年もあった。集会や行進は昼で終わって渋谷のデパート屋上のビアガーデンに集まり、会社に残って仕事に精出す同僚には悪いが生ビールのジョッキを傾けたのも良き思い出だ。そのほか記憶に深く残るのは入社して数年目、やっと仕事に慣れてきた頃の事だ。

当時はバラ積み貨物船のオペレーションという業務を担当していた。荷主との契約書に基づいて、担当の貨物船に行き先や何の荷物を何万トン積むのか指示し、燃料を手配し寄港地の代理店に現場業務を依頼する仕事である。各船の船長とは日々航路の選定や航海速度・燃料消費量を協議するのだが、自社船のように我々営業サイドと船長の利害が一致している船ばかりではない。ギリシャからチャーターしてきた船などは、すべてにおいて本国の船主の利益を優先するので、借主である我々と船長のコミュニケーションが険悪になる事もあった。

例えば荒天域で必要以上に速度を落としたり遠回りしたチャーター船には、船主との契約書にある数値を守るように指示するが、船からは気象・海象が陸で想定する状態より遥かにひどいとエクスキューズの電報が入る。今と違い洋上の気象を観測する衛星などないから、付近を航行する他船の情報や天気図・波高図などを基にギリシャ人の船長と交信を交わすが、なにせ電報の世界でもどかしいことばかり。その上我々借主が負担する高価な燃料油を多めに見積もって要求したり、チャーター終了時に返してもらう燃料量を偽ったりなど苦労が絶えなかった。

そんな頭の痛いギリシャ船の一隻が、ある年のゴールデンウイーク中に日本の近くでエンジン爆発事故を起こして航行不能になりSOSを発信、けが人も出たとの電報が入った。本船の事故や乗組員の傷病は、本来ギリシャの船主側で対応すべき事項だが、本国を遠く離れた太平洋上での事故ではそうも言っていられない。SOSを受けて関係官庁に連絡するが、その時は海上保安庁ではなく航続距離の長い捜索機を持つ海上自衛隊が厚木基地から救難に向かうことになった。ところが自衛隊では船のファンネルの色や貨物船の船型や大きさを聞いても識別がつきかねるので、船会社から担当者が一名捜索機に同乗してほしいとの依頼がきた。

連休でのんびりしていた中での突如の事故、そして自衛隊機の搭乗と云う滅多にない経験ににわかにアドレナリンが出たが、結局、厚木基地に向かう朝、船は機関を応急修理して何とか自力航行できるようになり、けが人移送も保安庁で手配できるとの連絡があり飛行は中止となってしまった。けが人の早期収容は良かったものの、本物の自衛隊機に乗って太平洋を捜索するというチャンスが潰え、なんだか肩すかしを喰ったようなゴールデンウイークの思い出である。後日厚木基地に菓子折りを持って挨拶かたがたお礼に赴くと、基地の司令官から「我々は国民の為には何でもやりますから遠慮なく言ってください」と頼もしい返事を貰ったのだった。

2019年4月30日 (火)

ネットの情報は玉石混淆

間もなく初夏だ。道を歩くと思わず「卯の花の匂う垣根に、時鳥(ホトトギス)、早も来なきて、忍び音もらす、夏は来ぬ」と「夏は来ぬ」を口ずさんでいる自分に気がつく。歌詞を思い出しながら歌いすすめるうち、四番の「棟ちる川辺の宿の、角近く、水鶏(クイナ)声して・・・・」ではたと疑問が浮かんできた。棟(あうち又はおうち)とは何だろうか、と。こういう時に手っ取り早いのがネット検索である。さっそくYahoo 知恵袋などで調べると、「棟(あうち)ちる」の意味には幾つか回答があって、棟は植物の「せんだん」の古い名でこれが散るさま、というのもあれば、田舎で棟(民家)が散らばっているさま、などと云うのもある。広辞苑やら何やらを調べるうち、「棟」は初夏に紫色の小さな花を咲かせる「せんだん」のことだと解ったが、それにしてもいい加減な解釈がネット上に溢れているものだ。

先日もYahoo newsのトピックスで「電車はパンタグラフが付いた車両に乗るべき」というコラムがあり、そのあまりのいい加減な内容にのけぞった。曰く「乗り心地の良いのはパンタグラフのついたモーター付き車両、安全面からもモータつき車両は事故で死傷者が多い先頭車にはないので、パンタ付きの車両に乗ることを薦める」とある。なんでもパンタグラフがついた車両はモーター付き車両で自重が重いから乗り心地が良いそうで、アメリカの研究でも事故の際に先頭車両に死傷者が多いのだと云う。しかしモータがついていてもパンタなし車両はごく普通にあるし、モーターがない方が乗り心地が良いのは広く知られている通りだ。そもそも先頭車両の死傷者が多いという研究が、どういう基準でなされたものなのか。アメリカでは、旅客列車は重量級のディーゼル機関車で牽引されているのにその研究に意味があるのかと、このカラムはツッコミどころ満点。案の定、ほとんどの読者の共感を得られていなかったが、金をもらって書いているにしてはあまりにもお粗末なコラムである。

また今年の確定申告時、昨年の入院・手術の費用を医療費控除で申請しようとした際、がん保険で給付を受けた分を差し引くべきなのか迷った。ネットで調べたところ、大手の保険会社のホームページでは実際にかかった費用から保険で填補された分は差し引いて確定申告せよとあるも、中には「税務署に問い合わせた結果、がん保険で貰った金額はあくまで『給付金』なので考える必要なし」と自信満々の某サイトもあった。結局他の案件もあり税理士のお世話になったところ、やはり病院に支払った費用から保険で貰った金額を引いた純支払い分が医療費控除対象になっていたが、某サイトの云うままに確定申告していたら、費用の過大計上をするところだった。これらの経験から分かったのは、ネットの情報は玉石混淆、内容が信用できるものもあれば、眉につばをつけて読まねばならぬものもあるという事。趣味の世界なら間違ってもご愛嬌で済むが、税金や医療の分野になるとそうも言っていられない。まあ、ネットの情報は、専門家に意見を聞く前の気休めくらいに思っておけばよいのだろうと当たり前の事を再認識している。

 

2019年4月27日 (土)

東京六大学野球の平成三大トピック

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春になると毎年アップする東京六大学野球の春のリーグ戦である。父に連れられて初めて神宮球場に足を運んでからもう60年になるから、私にとって六大学野球リーグ戦の観戦は春や秋の到来を告げる季語のようなものだ。すでに立教に連勝で勝ち点を挙げ、戦力も充実していると云われる母校・慶應野球部である。今日はあいにく冬の様なうすら寒い空だったが、連休初日の慶應-法政・明治-早稲田の好カードに神宮球場もまずまずの観客の入りである。それにつけても学生応援席以外の観客は、我々世代以上のシニア男性が、一人で試合を凝視している姿が多く、同好の同窓同志という共感を持つのである。

慶應-法政戦といえば何故か死闘というより、勝つにも負けるにもあっさりと決まってしまうと云う印象が強い。今日も序盤は慶応の内野守備陣のもたつきもあって、法政がやや優位の展開だったが、途中で追いついた慶應が最後は小原(盛岡三)の3ランで強敵・法政を突き放した試合であった。昨秋のリーグMVPに輝いた慶應の高橋・佑(川越東)は今日は9安打打たれながら、丁寧な投球で8回を1失点のみで粘る投球だった。四死球がなかったのが好投のポイントなのだろう。最終回に抑えに出てきた高橋・亮(慶應湘南藤沢)は150キロを越す速球一本やり、力で法政をねじ伏せた投球が圧巻だった。しかし法政は昨秋の優勝校だし実績のある選手ばかりだから、そう簡単に勝ち点を取る事ができるのか、勝ったら勝ったで明日が心配になるのがファン心理というものである。

そういえば六大学野球も今週の慶法戦・早明戦が平成最後のカードとなった。この30年間、日本に居る時は春・秋とも必ず数試合はリーグ戦を観戦してきたが、この中で「私にとっての六大学野球の平成三大トピック」を考えてみた。1位は平成元年の明治大学・島岡御大の逝去 2位は平成9年秋、慶應・高橋由伸のリーグ新記録23本のホームラン記録 3位が平成29年秋の東大の法政戦勝利である。東大が勝ち点を挙げるのは15年ぶり、連勝での勝ち点は20年ぶり、法政からの勝ち点は24年ぶり、法政から連勝での勝ち点は89年ぶりの記録であった。入れ換え戦をしないと云う東京六大学ならではのトピックが並んだが、来るべき令和には神宮の杜でどんな熱戦を見る事ができるのだろうか。耳に馴染んだる各校の校歌を口ずさみつつ家路についた。
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2019年4月24日 (水)

海運の平成30年間を振り返る

”平成の30年間を振り返る”たぐいの特集が目立つメディアである。確かに一つの時代が過ぎ去ろうとしているのは判るが、毎日の生活では西暦に慣れすぎて、「平成10年のあの事件」などと云われても、「えーと、1998年ね」といちいち読みかえるのが常だ。そうは云っても天皇陛下の御代が変わると同時に元号が変わるというシステムは、世界に誇る我が国の素晴らしい伝統だといえよう。業界誌「海事プレス」にもこのところ「日本海事産業の平成史」と銘打った記者座談会がシリーズで掲載されている。その7回目に「(平成の)この30年間で海運会社の仕事の仕方や文化も大きく変わったのではないかな。」という業界記者たちの話が載っていて、これが面白いので以下に抜粋してみる。

―「最近の海運会社の人たちは本当に忙しそうだ。アポイントの時間がなかなか取れない。」; ―「海運会社の人と飲むと、昔の課長さんや部長さんは何だか暇そうだったな、という話によくなる。朝来てスポーツ新聞を読んでいたというし(笑)。」(筆者注;すみません、私も部課長時代、会社でスポーツ新聞読んでたクチでした); ―「(かつては)基本的にアポなし取材だった。朝一で海運会社のオフィスに行き、端から順番に部長席を回る。そしてネタを聞きまくる。今では考えられないけど、本当に自由だった。」; ―「あれだけ自由に取材できる業界は、その時代でも海運くらいだったらしい。本当に大らかで自由だった。海運業界は特別だと思う。」; ―「アポなしで会社に行くと、時間がある人は15分、30分と取材に応じてくれた。」(筆者注:私もよく業界紙(誌)の記者を会社のカフェテリアに誘って、ある事ない事好き放題に喋ったものでした)などとある。そして業界紙の記者は業界が育ててくれたと、平成初め頃までの海運業界を座談会出席者たちは懐かしんでいる。

続けて、―「昔の海運界はお互いに競争しつつもお互いを認めるという、大らかな関係性があった。みな一緒に飲みに行っていたし、会社の中で言えない悩みをライバル企業の人に話してたよね。」(筆者注;競合他社と飲んだりゴルフもよくしたものだった。銀座には業界の担当者たちが集まるバーもあったし); ―「時代の流れとはいえ、寂しさを禁じ得ない。…やはり昔の雰囲気は最高だった。残念だけど、これだけは元に戻ることはなさそうだ」などとコメントが続く。この座談記事を読み、私よりはるかに若い記者たちでも、最近の海運界から感じる雰囲気が私とまったく同じでちょっと嬉しくなった。私は今も業者として元いた会社に出入りするが、現役連中に「ルールはわかるがもっと融通を利かせて大らかにやれよ」「ほんの20年前まではこうだったんだから」などと言っても、コンプラアイアンスから1ミリも動かない彼らからは化石を見る様な目で睨まれてしまう。

こういう視点で平成の30年間を振り返ると、海運界でも「ポリティカル・コレクトネス」やら「コンプライアンス」あるいは「ハラスメント」などという言葉が使われだし、ついにはこれらが跳梁跋扈する様になっていった嫌な時代が平成だったと言えよう。まあ一年に何回も弁護士が行う講習会に呼び出され「これがハラスメントにあたる」とか「これをやったらコンプライアンス違反になる」などと、最悪の事例を大げさに教え込まれたら、普通の人間ならチャレンジする前に面倒だから余計な事には手を出すのやめようと思うに違いない。「失われた20年」などと云われ、日本の企業が中国や欧米の会社に遅れるようになったのは、米国型株主資本主義やガバナンスの流行に加え、「ポリテカル・コレクトネス」「コンプライアンス」「ハラスメント」などという考えに日本中が染まったからだ、と私は考えている。せっかく「令和」になり新時代が来たのだから、欧米流のこんな概念のくびきから逃れ、少々脱線しても自由にものが喋れ、現場の融通が利くような日本型の良き社会に「逆行」してほしいものだ。

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