2018年2月18日 (日)

親切、常識、マナー

週末である。皇居でのジョギングの帰り、千代田区のある大きな交差点に差し掛かると、白い杖を持って目が不自由な男性が信号待ちをしている。後姿から察すると80歳くらいだろうか、信号が青に変わったチャイムが鳴ると、横断歩道の黄色い点字ブロックを杖で確かめつつおぼつかない足で老人は交差点を渡り始めた。周囲の人達が心配げに見守る中、傍らにいた中年の女性がすかさず老人の腕を取って誘導しようとしたその瞬間、彼は「余計な事をするな!」とばかり女性の手を乱暴に振りほどき、一人でよたよた進み始めた。あっけにとられてその光景を見ていた私は、くだんの女性に「性格の悪い人もいますね」とささやくと、彼女も「見てましたか?」と苦笑いで返事を返してきたのだった。


世の中には目の不自由な老人を介護するふりをして財布を持っていく様な不埒な輩もいるだろう。老人は以前そんな事態に遭ったのかも知れないし、どういうつもりで女性を邪険に突き飛ばしたのかは判らない。ただ他人に誘導される事が不本意なら「自分で出来ますから結構です」と穏やかに言えばよいのにと思うが、人に親切を受けるのを良しと思わぬ固陋な性格の老人なのだろう。思い出すのは、若い人が電車で老人に席を譲らない理由の一つに、立とうとしても却って相手に「まだそんなに老人ではない」と言われるが嫌だから、というのがあるそうだ。人に親切にしても今日のような態度で返される例をみると、若者が席を譲るのに逡巡する気持ちが判らないでもない。他人に親切をするのはつくづく難しいものだと考えさせられる。


私も電車内で席を高齢者に譲ろうとする際に、時々「いや大丈夫です」と断られる事がある。そんな際には「次が私の下車駅ですから遠慮なく」と言って一旦降りるふりをすると、譲れらた方も安心して座ってくれる事が多い。そう云えば電車で思い出したのは、さいきん通勤時に混んでいる車両にベビー用のバギーを折りたたまずに持ち込んでくる親がかなりいるということ。通勤客でいっぱいのドアー付近に、大きなベビーカーが置かれると危険かつ周囲は迷惑なところ、彼らはそんな事は意に介していないようだ。混んだ車内ではなぜ子供をおんぶやだっこし、バギーは折りたたまないのか不思議なのだが、これが少子化社会の風潮なのか。杖の老人しかりラッシュ時のベビーカーもそうだが、社会的弱者である事を逆手に「おやおや!」と思われる行動をする人がまま見られる。こちらも老境に入るにつれ、せいぜいそうならないように注意しなければ、と自戒するところである。

2018年2月11日 (日)

保守の真髄 西部邁

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西部邁氏が先月亡くなった。1980年代の終わりごろから「朝まで生テレビ」などで大島渚や姜尚中らを相手にディベートを繰り広げたおなじみの保守の論客である。アメリカのくびきを離れ真の独立の為には、日本も核を持つ事やむ無しとする西部氏の考えには耳を傾ける点が多い。西部氏が関わった雑誌「表現者」などを通じてその主張のいささかでも聞きかじった私としては、最後に氏が自裁死と称して自ら人生を終えた事がかなり衝撃的であった。


その西部氏の「最期の書」とされた「保守の真髄」が講談社現代新書から出されたので早速購読してみた。神経痛のために書くことができなくなった西部氏が、娘を相手の口述筆記で出した本で、「死の覚悟」を以って「本気度をできるだけ強く表面に出して語ろう」と冒頭にある。「文明の紊乱(ぶんらん=みだれること【広辞苑】)を語る」とサブタイトルにある本書は、なるほどとうなずく箇所が多いものの、正直言って私の凡庸な理解力ではついていけない文章も多かった。


例えば「人間の意味行為といい社会における価値活動といい、水平軸にあっては意味価値の『同一化と差異化』の対比によって、垂直軸ではその『顕在化と潜在化』の対比によって行われる。」(75頁)などとある。そのような難解な部分は悲しいかな読み飛ばすしかないのだが、ただ古今東西の思想に通暁した西部氏が考え抜いた現代文明に対する思いが「本気」で述されている本である事は間違いない。


本書の最後は西部氏の惜別の辞である。紊乱の世の中を正視するに堪えない氏は、先に奥さんを亡くしているそうで、手が不自由になった自身の事もあって今回の決断をした事がうかがえる。保守の評論家・江藤淳氏が亡くなった時にも思ったが、どんなに立派な思想をもった人物でも、妻に先立たれると男は弱くなるのだろうか。それにしても舌鋒鋭いコメントの後に、ちょっと照れたようにニヤっと笑う碩学・西部氏の表情が、テレビ画面から見られないのは寂しいものである。

2018年2月 7日 (水)

すみだ北斎美術館

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北斎とお栄

先日はドライブがてら両国のすみだ北斎美術館に行ってみた。靖国通りも都心を抜け両国橋を渡ると京葉道路と名前が変わり、周辺の道路はマス目のように直角に交差し合って雰囲気も変わってくる。この辺りは昔から何度も大火やら震災やら空襲などの被害を受け、その度に町が再建された結果このような広々とした街並みになったのだろう。そんななか、両国駅からほど近い総武線の線路近くに真新しい「すみだ北斎美術館」がある。駐車場はないようなので、とりあえずクルマは駅前にある江戸東京博物館近くの駐車場に駐める事にする。


1760年生まれの北斎は90歳という当時としては異例の長寿で、その生涯のほとんどをこの近辺で過ごしたとされる。地域の誇りのその北斎を顕彰するとともに、近辺の活性化のために一年ほど前に、ここに美術館が作られたそうだ。まだ打ったコンクリートも新しい美術館を訪れた日は、常設展のほかに「しりあがり寿」という漫画家による北斎の富嶽三十六景をパロディにした企画展が開催されており、西欧人の入場者も多数訪れているのが判る。このようなパロディものをオリジナル(写し)と同時に並べたり、場内の写真撮影が自由だったりと、美術館の建物自体もユニークだが運営方針もかなりフレキシブルなようである。


常設展には名所浮世絵のほかに絵本挿絵や漫画など年齢別に北斎の作品が並んでおり、「錦絵ができるまでの」コーナーでは多色刷りの版画がいかに精緻な工作によってできるのかが判るようになっている。西欧の美術にも多大な影響を与えた北斎は身長180センチの大男で、生活や社交に一切頓着しない芸術家肌の変わり者だったらしい。会場の一角には大女で面妖な顔つきの実娘・お栄の傍らで、北斎が布団をかぶりながら鬼気迫る形相で絵をかいている実物大の模型があって、これがなんともリアルであった。それにしても最近はあちこちに、様々なテーマの博物館ができて、休みの午後などにぶらっと展示を見て普段知らない世界に浸るのも楽しいものだ。

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「凱風快晴(赤富士)」ならぬパロディーの「髭剃り富士」

2018年2月 2日 (金)

「田園発 港行き自転車」宮本輝

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若い頃には、読んでも冗長な感がしてあまり印象に残らなかった宮本輝だが、数年前から彼の作品がけっこう気になっていたのは以前アップした通りである。その後飛鳥Ⅱのライブラリーに全十数巻の宮本輝全集があるのをみて読んだところ、これが旅の無聊を慰めるによくすっかりハマってしまった。すでにライブラリーにある全集の半分以上は読んだであろうか、あまりひと気のない飛鳥Ⅱの船尾デッキでデッキチェアーにもたれ、船の引き波が奏でる音を身近に感じつつ、宮本輝全集の長編小説を読むのはいまや飛鳥Ⅱに乗船する際の楽しみの一つである。


そんな宮本輝の新刊「田園発 港行き自転車」(集英社文庫)が出たので、さっそく上下2巻を買って読んでみた。北日本新聞に連載されていたこの小説は、富山で起きた一人の男性の死とその死によって生かされた一つの命、そこに係わる多くの人たちが紡ぎだす人間模様を描いたものである。小説では、物語の舞台となる富山の美しい自然と京都の花街の風情が、両地に縁の深い作者によって詳しく描かれており、この情景描写をバックに魅力的な作中の人物たちを読みとくうちに、次第に読者も物語に引き込まれていくという筋書である。


例によってスリル満点とか波乱万丈、最後に大逆転などという劇的な話の展開はない。読んでいるうちにふとうたた寝をして手から本が滑り落ちているが、気がつくとうっちゃておけず、すぐにまた本を手にして読みたくなるような物語である。とはいうものの男性の死に関する謎が解き明かされていく中で、多くの人間関係の綾が解きほぐされていく過程は、思わず先を読み進めたくなる宮本輝ワールドである。「コツコツと生きる」「謹厳」「感謝」「信頼」「時の経過による癒し」などという宮本作品のキーワードが頭に浮かびつつ、読了してみると「読んでよかった」と思わず漏らしてしまう「田園発 港行自転車」であった。

2018年1月31日 (水)

第16回新宿シティーハーフマラソンは棄権願望のチキンレース

飛鳥Ⅱのクルーズから帰った翌日の日曜は、恒例の新宿シティーハーフマラソンである。第16回目となるこの大会は、東京の真ん中を走るハーフマラソンとして人気の大会だ。最近は東京マラソンの前哨戦としてこれを走りたい人も多く、抽選で出場の可否が決められる中、我々新宿区民は優先枠があるので、今年も気軽に申し込んでおいたものである。とはいうものの昨年のこの大会以来、20キロを超える距離は練習でも走った事がないし、なにより飛鳥Ⅱの船内では怠惰で贅沢三昧の時を過ごしたから、とても寒風のなかハーフマラソンに飛び出す気分にはならなかった。


飛鳥から帰って、天気予報はどうかと見れば当日は曇りで最高気温が5度との事で、それを聞くとますます萎えてくる。おまけに今回は妻ではなく一緒にレースに出る事になっている義理の妹は、一体どうしている事やらと前日LINEをチェックすると、彼女は昼からずっと何かイベントの打ち上げで飲んでいるという。夕方には「明日はムリかも」とあり、LINEの別の参加者からは「このままじゃ、明日倒れるから棄権をしなさい」と忠告が入っている。この様子なら彼女はまず出走しないだろうから、こちらもスタートに行かない良い口実ができたと思いつつベッドに入った。


とは思ったものの念のため当日早朝に確かめると、前の晩遅くに何を思ったのか「おやすみなさい、明日はとりあえず行きます」とびっくりの方針大転換。このまま二度寝を楽しもうかとすっかり棄権モードになっていた私だが、かなり年下の義妹の手前、走る方では大先輩である私がそう簡単に辞めると言うわけにいかなくなった。「やめるんじゃなかったのか!?」としぶしぶ準備を整え、会場の神宮球場に向かったのである。


ということで実に気合の入らないハーフマラソンだったが、彼女の方は心配していた関門の制限時間をクリアーして無事完走、私も年相応に記録は落ちたものの、60歳以上の部では今年も何とか入賞できたのであった。義妹は姉である私の妻から、私があまり走る気がないと聞かされていたようで、私が先に走らない宣言をしたら、渡りに船とばかりにやめられると思っていたそうだ。お互い「棄権」という誘惑へのチキンレースを競いながら、ついに引き下がる事ができずにギリギリまで粘り、その結果がまぁオーライだったというのがこのハーフマラソンの真相らしい。

スタート・ゴール会場の神宮球場のベンチから。野球の監督達はこの視線でゲームを見ているのか。
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2018年1月29日 (月)

アスカクラブクルーズNEXT

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今回試験的に実施されたWEB・先行予約の割引特典によって初めて乗れた(そして多分最後の)Cスイート

週末は横浜~清水~横浜2泊の「アスカクラブクルーズNEXT」に乗船した。このクルーズは飛鳥に乗船経験のある人で成る「アスカクラブ」の会員とその連れのグループだけが参加できるもので、次の世代に向けて飛鳥Ⅱをどう発展させて行くのか、それを試すために様々な趣向をこらした企画なのだそうだ。船齢的にかなりの年増になってきた飛鳥Ⅱの将来については、さまざまな噂が取りざたされる中、郵船クルーズはNEXTと銘打ったこのクルーズを以って今後を模索する足掛かりにしたいのだろう。と云うことで、ここで提供されるサービスは、これからの飛鳥による客船事業がどう展開されるのかを示唆させるものに違いない。


乗船してみると、たしかに今回のクルーズはいつもと違うサービスが多い事に気づく。まず船内で過ごす2泊は最初の晩がインフォーマルで、次がフォーマルという変わったものだ。そのうえ乗船できるのは中学生以上だから、夏休みクルーズのような子供連れファミリーはおらずクルーズの雰囲気もいつもとちょっと違う。夕食は1晩目の和食に2晩目が洋食、いずれも日本ソムリエ協会副会長・君嶋哲至氏が監修する日本酒とワインの”マリアージュディナー”である。飛鳥Ⅱの夕食と云うと、ふだん我々には量も味もあっさりと感じるが、今回は味もボリュームも相応の食べ応えある料理が出されたのが印象的。加えてディナーのお酒は、無料という嬉しいコース設定である。


寄港地の清水は、朝入港で昼過ぎ1時の出港となっており、実質的に午前中だけの停泊時間というのが珍しい。驚いたのは、停泊中に通常は行われないダンス教室などの船内アクティビティーが航海日と同じようにフルに開催された事である。また夜のステージは、映画やテレビで活躍していると云う若者5人のグループ”いちむじん”の演奏で、こちらも従来の飛鳥Ⅱで演じられるのとはやや異なるジャンルに聞こえる。そもそもこのクルーズNEXTはウエブサイトから直接申し込むと価格について割安とあって、遅ればせながら飛鳥もネット時代へ向けての意気込みを示しているようだ。これらを見ると、次世代の飛鳥は「大人」「フォーマル」「オールインクルーシブ」「WEB予約」などがキーワードになる予感がする。


さて我々は、これまで飛鳥Ⅱや外国船で清水に入港した際に、三保の松原や日本平にジョギングした事があるので、NEXTの短い滞在時間もさして気にならなかった。今回は清水市内を2時間ほどジョギング探索したが、商店街の八百屋では、いま東京で500円もするレタスが200円もしないのにびっくり!である。クルーズには、いろいろ発見があるものだ。それにしても今回は高級酒がタダで呑めるとあって、つい意地汚く飲みすぎてしまい、寝る前になって「しまった!、呑みすぎた!」と思ったのだった。しかし翌朝なんともなくすっきり目ざめたのは、やはり出されたのが高級酒の証だろう。やはり酒は良いものを呑むべし、と改めて船上で実感した次第である。

和食と日本酒のマリアージュ
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ドック明けのバルコニー天井はペンキ厚塗りで腐食を化粧。そろそろ新造船では?
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2018年1月20日 (土)

サン・プリンセス世界一周クルーズ1月18日発売開始

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とりあえず仮予約で申し込みんでおいた”JTB クルーズ 2019年 サン・プリンセス 世界一周チャータークルーズ”の発売が1月18日から始まり、当日午後さっそくJTBから「お預かりしております海側バルコニー付キャビンCがとれました」と電話連絡が入った。我々が申し込んだのはバルコニー付きといってもデッキ9から11で、中央部よりやや安い本船のオモテ(船首)かトモ側(船尾)のキャビンである。船のオモテは揺れるしトモはエンジンによる船内のビビリ音などが気になる事もあるが、中央から離れただけで、一人50万円も違うならこちらがお得というもので、このキャビンCと値段の安い内側キャビンの人気が高いそうだ。


JTBによるとすでに定員を超える仮予約があり、発売と同時にほぼ完売状態との事。日本全国からまんべんなく予約があるそうで これから説明会を行う都市もあるというのに大変な人気である。ただ料金の支払いが始まる前に通常は4割ほどの人がキャンセルすると云われているから、JTBにはこの位でちょうど良いとの目算があるのだろう。まずはご同慶の至りである。我々もなかば冷やかしでブックしておいたものの、電話を聞いているうちに、夫婦2人で有り難いことにまだ働ける上、年金も入ってくるし、クルマを買い換える予定もないから本当に行こうかという気になってきた。


こうしてみるとわが国でもロングクルーズに対して相当の潜在需要がある事がわかり、そこを開拓しつつあるJTBの企画・企業努力には拍手を送りたい。「飛鳥Ⅱはどうも敷居が高いし…」かといって「船が古いし料理も質素、ピースボートはサヨクっぽくてちょっと…」と云う層が価格的にもリーズナブルな船旅としてこれを選ぶのであろう。また3ヶ月のクルーズとなるとMSCやコスタなどのカジュアルなイタリア船や、伝統のホーランド・アメリカ船より、早くから日本発着のマーケットに進出したプリンセスが馴染みが深いことも人気の秘密といえよう。さて真剣に行くか、となると、またお金や仕事の算段をせねばならないが、憧れのベニスの入出港や行ったことのないサントリーニ島を廻れば、晴れてこれで「世界一周も卒業」という気分になるかもしれない。

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2018年1月19日 (金)

(地形を感じる)駅名の秘密 東京周辺

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首都圏を走る最近の通勤電車は、JRも私鉄も同じような車両ばかりでまことにつまらない。鉄道会社が違ってもやって来るのはJRの標準形式E231系や233系に準拠した電車や、日立のアルミ製A trainをベースにした車両ばかりで、どの路線でもあまり乗り心地が変わらない。かつての東急青ガエル5000系はいうに及ばず、両端制御車が旧型台車だった西武701系、独特のミンデン台車音にレジンブレーキ臭の漂った東武の8000系など、目をつぶっていてもすぐにそれと分かるような電車がなくなってしまった。さらに地下鉄を介した乗り入れによって、「川越で霧が発生したから東横線の電車が遅れます」などと云うアナウンスを聞いていると、鉄道のありようも以前とはずいぶん違ってきたと寂しく感じるのである。


そうはいっても鉄道に関する趣味はさまざまで、数ある楽しみの一つに各線の歴史やその発展史を調べるという分野もある。そんな沿線史の視点から書かれた内田宗治著「(地形を感じる)駅名の秘密東京周辺」 (じっぴコンパクト新書)を読んでみると、駅の名前の付け方一つにしても関東・関西ではかなり違う上、鉄道会社によって命名のしかたに独自性がある事がわかり、駅名に関する文化史的側面に「なるほど!」と興味をそそられる。内田氏といえば「東京の街の秘密50」でアップしたとおりだが、この本も地勢や歴史に関する綿密な調べを基調に、現存する駅名について著者独自の見解が披露される。JR線の「西日暮里」駅は「道灌山」駅にすべしと云う提案には「その通り」と唸りたくなるし、「京急品川」の南にある駅がなぜ「北品川」なのかと云う積年の疑問が本書で氷解したりする。


そのほかJR線は、渋谷・鶯谷・四谷・市ヶ谷など「谷」を駅名にするのが好きな一方、山や丘がつく駅名がひどく少ない事などを本書は教えてくれる。これに対して私鉄では○○山、△△ケ丘や××台などと名づけられた駅が数多いのだが、これは不動産開発に関連するほか、山や丘に対する親和性が旧国鉄と私鉄では違うという著者の論旨展開も面白い。この本を読むと駅名一つにしても様々な地誌や文化が背景にある事がわかり、これから電車に乗る際には、沿線の駅名についてあれこれ考察をいれたくなってきた。さて本書で思い出したのが、昭和40年~50年代に開業した東急田園都市線である。ここでは僅かな距離の間に、宮崎台・宮前平・たまプラーザ・藤が丘・青葉台・つくし野・すずかけ台・つきみ野と著者がいみじくも分類したような”首都圏の私鉄らしい”平凡な駅名が並ぶ。電車が通る前は山林か田園地帯だっただろうが、もう少し歴史を感じさせるひねった駅名にして欲しかったと、今でもこの線に乗る度に思うのである。

2018年1月10日 (水)

2018年正月・しまなみ街道合宿

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毎年、東京マラソンや大阪マラソンなどに誰かが出るため、正月となると義理の妹の一家と走り込みの合宿に行く。走るのなら都内でもよいのだが、働き盛りの彼らはふだん国内旅行に出かける様なまとまった休みも少なく、どこか知らない土地へ行って観光かたがたジョギングを楽しみたいという。という事でここ数年、石垣島や伊豆大島、また長崎の五島列島などで正月を過ごしてきたのだが、さて今年はどうするのかと思っていたら、”しまなみ海道”に行きたいと言う。こちらは仕事で何十回もしまなみ海道を通っており、ちょっと新鮮味に欠けるものの、いつもと違って一族で行くのも気分が変わるし、観光案内もできて身内の間でちょっと鼻も高くなる。という事で、今年もまた義妹一家と暮れ~正月は、四国・愛媛の今治に行くことにした。


大晦日は今治市での年越しとなったが、町の中心にあるホテルといえども、その周囲は暗く人通りも少ない。クルマで乗り付けるような街道沿いのお店やレストランは繁盛しても、かつてデパートなどがあった旧市街の真ん中は人通りが絶えているのは、日本全国どこへ行っても見られる光景である。2017年の最後はどこか近所の割烹にでも行って、お魚を食べようかなどと話していたら、やはり町なかではほとんどのお店が暮れは営業していなかった。もっともホテルの日本料理店は大勢入った団体客たちの食事が8時になると一斉に終了するというので、彼らの後にホテルで遅めの夕食をとって除夜の鐘を聞くことにした。東京都内と違って、暗く人通りの絶えた今治の町に鐘の音が響き渡るのは、それはそれで風情があって良いものだった。


一月一日はこの合宿のメイン・イベント、来島海峡大橋の走り初めである。自転車でしまなみ街道を駆け抜ける人は多いらしいが、自分の足で走って渡るためにわざわざ他所から来る人はそういないそうで、ホテルの従業員もごくろうさんという目で我々一行を見送ってくれる。ホテルから四国側の橋の取り付け部までが約7キロ強、そこから第三・第二・第一と連なる3つの長大な来島海峡大橋部分が4キロ、渡り終えた大島側の橋の取り付け道路やゴールの下田水(しただみ)までの道を含めて約15キロの距離である。マラソンの走り込みにしてはやや短いものの、元旦は天気も良く心配だった風も吹かずに観光気分ルンルンの走りであった。ただ海面上65米のつり橋の上から来島海峡を見ると、眼下の潮は激しく渦を巻き、橋マニアの妻は海面をのぞき込み写真を撮るのに余念ないかたわら、高所恐怖症気味の私は足の裏がなにやらムズムズしてくる。そのおかげで、一挙に橋を駆け抜けて、短くとも練習の成果は却ってあがったようであった。

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海面上65m超のうず潮

2018年1月 7日 (日)

”コンプライアンス絶対”を考えてみる

正月の「しまなみ海道」合宿へ向かう新幹線車中でJRの雑誌Wedge1月号を読むと、企業コンプライアンスの専門家・郷原伸郎氏の 「コンプライアンスを履き違えるな」 「本質を見ず、形式上の不正だけを捉えて批判する日本社会」 というページに目がとまった。私は昨今の職場に蔓延する形式だけのコンプライアンスと、それにともない ”コンプライアンス!!”とひとこと叫ぶや、水戸黄門の印籠のごとく社員が思考停止してしまう風潮を日ごろから滑稽に思っている。永年付き合った信用にまったく問題ない取引先から、たまたまカレンダーの都合で送金が僅かに遅れた際に、”コンプライアンス”や”規則”を盾に、相手に余計な追加手続きを要求するような輩を最近しばしば仕事で見る事もある。


考えてみれば我が現役時代には、案件を進めていく過程で規定とかルールぎりぎり、あるいはボーダーライン上か、いやひょっとしたらやや違反しているかも、などという場面にしばしば遭遇したものだ。当時「そこからが給料の貰いどころ。そこで一工夫も二工夫もするからプロだろう。規定どおりですべて済むなら社員はいらん、ロボットにでもやらせておけばよい !」と部下に説教を垂れていた私には、最近の「コンプライアンスがあるので1ミリでも融通をきかせる事はできません」という仕事の進め方には、どうにも違和感を感じるのである。相手と状況を見て判断すると云う大人のイロハも、”コンプライアンス・バカ”が幅を利かす世の中では通用しないようだ。


記事では「事実の中味や背景、原因などよりも、法令に違反したかどうかが問題にされ」(法令順守の印籠の前に)「物事が単純化され、本質が見失われ」「社会全体のパワーが確実に低下している」とし「法令や規制が社会的要請に合致しているかを意識せず、ただルールだけを厳守することだけが目的化している」と郷原氏は指摘する。さらに最近の自動車や鉄鋼会社で発覚した企業不祥事を取り上げ、実態を見ず、ただ形式上のコンプライアンスに違反した事のみが有無を言わさず批判される社会を「現場社員の疲弊と不満の蓄積、そして組織の歪み」を生むだけと批判する。


こうした風潮に対し、郷原氏も指摘するような「実態と乖離した法令・規制を是正する必要性」が望まれる処だが、さて現実の企業従業員は上から下まで、入社以来、「形式上」のコンプライアンスを叩き込まれてきた世代である。はたしてそうした見直しを必要と考える源泉が彼らの内にあるのか疑問に思えてならない。これに馴らされ過ぎたうえ、少しでも逸脱した時の恐ろしさだけを彼らは教えられているから、真面目な人ほど余計な事は何もすまい、と考える事だろう。こうしてみると日本の企業社会は意味のない形式上のコンプライアンスに縛られ、とても窮屈かつ効率の悪いものになっていく気がする。一方で本家・本元の欧米の企業は、お題目とは別に、結構うまい事をやって法令を逃れたり、競争を回避したりしているのが見えるのである。四角四面のコンプライアンスの蔓延で、現場の柔軟な力に支えられた日本経済の強さが削がれるような気がしてならない。


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