2021年6月14日 (月)

第70回 大学野球選手権 慶應が34年ぶりに優勝

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6月9日、和歌山大戦を前に神宮球場で記念撮影

第70回全日本大学野球選手権記念大会は東京六大学野球連盟代表の慶應義塾大学が優勝した。1987年の第36回大会以来34年ぶりの日本一となり、野球部や関係者の喜びもひとしおであろう。決勝戦は神宮球場に応援には行かなかったが、大会3日目の6月9日水曜日、午後3時からの慶應 対 和歌山大学の2回戦はテレワークをさぼって試合を観戦に行ってきた。この日は初夏の日差しが照り付ける中、国立の和歌山大学の左腕・瀬古投手の緩急つけた投球術に慶應打撃陣が翻弄されたものの、終盤になって下位打線の踏ん張りでなんとか勝利をもぎ取った試合であった。あまり意味があるとも思えない感染対策とやらで学生野球にしては珍しく応援団やチア、ブラスバンドもないゲームだったが、その分選手同士やベンチの声がよく聞こえ、グラブやミットの捕球音、カーンというバットの音がグランドに響きわたり「あ、これも野球の原点のようでいいね」と一人内野席で観戦を楽しむことができた。


昨日の決勝戦は相手が福井工業大学となったが34年前の大学野球選手権でも、慶應は大会2日目の1回戦で鈴木(哲)投手(福島高校、のち熊谷組からライオンズなど)の頑張りで福井工大に4対0で勝っている。あの頃は鈴木の他に好投手の志村(桐蔭学園)、打者ではジャイアンツに行った大森(高松商業)がおり主将は猿田(秋田高校)だった、などとNHK BS放送の決勝戦TV中継を見つつしばし懐旧の念にひたっていた。画面を眺めていると、そういえば鈴木も猿田も2浪だったことなど当時の様々な記憶が自然に蘇ってくる。この時の決勝戦の相手は東北福祉大学で、日ハムへ進んだ上岡投手に随分苦しめられたが、志村の粘り強い投球と大森、猿田らの活躍で3対2で慶應が競り勝った試合だった。その日本一達成の瞬間を私は神宮球場の3塁側スタンドから見ていたのだが、あれからもう34年経ったかと思うと、時の流れの早さに愕然とするばかりである。


昨日の慶應のオーダーを見ると慶應高校や大阪桐蔭高校、桐光学園などいわゆる野球の強い学校の他に文武両道の県立学校出身者が多いことが目についた。先発投手の増居君やショートの朝日君は彦根東高校、DH北村君が福岡の東筑高校、ライト橋本(展)君が島根・出雲高校、クローザーのピッチャー橋本(達)君が兵庫・長田高校である。その他に慶應の顔ぶれを見れば、この選手権の2回戦・準々決勝でDHだった中澤君はなぜか法政二高から浪人しての入学、かと思えば幼稚舎から慶應というリードオフマンのセカンド広瀬君のような選手もいて正にその顔ぶれは多士済々といえよう。一貫教育で下から上がって来る者、甲子園に出るなどスポーツが優れておりAO入学してくる者、学力試験を突破してくる者、初志貫徹で浪人して入ってくる者、それぞれ出身は違うが大学に入れば皆が同じ塾生である。私の経験から言えば慶應では下から来た選手と、大学からの入学組にはスポーツをする上では何の垣根もなかった。野球部も強いだけでなくこのまま良いチームであり続け、秋季リーグ戦に勝って、秋の日本一である明治神宮大会を目指して欲しい。日本一おめでとう、野球部!!

優勝旗授与の場面のNHK(BS)放送
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2021年6月13日 (日)

鬼怒川温泉と東武ワールドスクエア 

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バチカン サンピエトロ寺院 (後ろにエッフェル塔があるのがご愛嬌)

飲食店でアルコールが出ない都内にいてもしょうがない。新緑の候とあってどこか郊外に行こうかと妻と話すと、鬼怒川にある「東武ワールドスクエア」に行きたいと云う。世界各国の遺跡や有名な建築物を25分の1のモデルで再現したミニチュアワールドである。1993年に開園した当初は人気で大混雑したらしいが、さすが30年近く経て今では園内でゆったりと過ごすことができるだろうという目論見だ。都心から150キロちょっと離れた「ワールドスクエア」にクルマで行くなら温泉に浸かってゆっくりしようと、前夜は鬼怒川温泉に宿をとることにした。ネットで予約した旅館は週末というのにガラガラで、こんな値段で申し訳ないとこちらが思う程の至れりつくせりのサービスである。外出自粛の同調圧力など気にせず一歩足を延ばせば、鉄道も道路も旅館も安く快適に過ごせるというものである。


鬼怒川渓谷を望む露天風呂で朝湯を浴びた後、到着した「ワールドスクエア」は、予想通り土曜日と云うのに駐車場もガラガラだった。山裾にいだかれた敷地は周囲が約800米ほどで、ここに47の世界遺産を含む102のミニチュアモデルが展示されており、園内は植栽の整備も掃除も行き届いて快適にすごせるようになっている。順路に従って歩を進めると、まずは東京駅や国会議事堂、成田空港など現代日本ゾーンとなる。ひときわ目立つスカイツリーや東武鉄道の特急スペーシアの走行に目を奪われているうちに、アメリカゾーンに足を踏み入れるが、ここでは9.11で倒壊した在りし日のワールドトレードセンターの巨大な2棟のモデルが心を痛める。過去と現在が一体になり、時空を超えた疑似体験ができるのもミニチュアならではである。


大きなピラミッドのエジプトゾーンを通りヨーロッパゾーンに入ると、さすがに多くの建築物、城や教会、宮殿などのモデルが展示されている。ミニチュアと云っても25分の1の大きさとなるとそれなりに迫力があり、ベンチに座り薄目でぼんやり眺めていると、ヨーロッパに来て本物の建物の前にいるような錯覚に陥る。ガウディのサグラダ・ファミリアでは、写真やガイドブックで見るより建築中の内部の詳細が一目でわかりミニチュアの特性に興味を引かれることしばし。人物のフィギア一体一体にも工夫がありすべてが手の込んでいる展示なのだが、やはりヨーロッパゾーンを見ている時間が一番長くなる。万里の長城などが展示されたアジアゾーンを抜け、最後の日本ゾーンには馴染みの国内の多くの社寺仏閣のモデルがこじんまりと並び、これで世界一周が完了したことになる。


この間にかかった時間は2時間強で、歩いた距離を後から計測すると1300メートル、それぞれのゾ―ンで何度も同じように見かけるグループがいたので、我々の見学スピードは標準的だろうがけっこう歩きでがある。展示されているモデルは今年4月に完成した沖縄・首里城など新しく整備されたものもある一方、今はなきクルーズ船「ふじ丸」の展示は開園当初から在ったのか船体はかなり疲れている。採算的には厳しいのだろうが、現代日本を現すならば、最新の船舶に入れ替えることが必要だろう。現実にはなかったJR東日本塗色の新幹線100系や、旧JAS塗装のボーイング747(ジャンボジェット)がここでは堂々と活躍しているのもミニチュアならではのご愛嬌か。来る前はさして興味もなく妻の希望で来てみたものの、ぐるっと回ると童心に戻り旅心が大いに刺激された「東武ワールドスクエア」であった。来年、飛鳥Ⅱのワールド・クルーズが実施されたら、寄港予定地のバルセロナでサクラダ・ファミリアの実物を見学したいものだとあらためて心に刻んだひと時だった。

今はなきNY ワールドトレードセンター
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ふじ丸は船体がかなり疲れている展示
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2021年6月 7日 (月)

山縣君 日本新おめでとう 

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6月6日NHKニュース7の映像より

陸上競技、男子100米で競走部の後輩、山縣亮太君が9秒95の日本新記録を出した。2019年には気胸を患いその後も度重なる故障で、一時は彼ももうこのまま終わるのかと心配していたがそこから見事な復活である。心からおめでとうと祝福したい。試合見学などでたまに日吉の慶應義塾の陸上競技場に行くと彼の姿を見かけることがある。ただ先輩といってもこちらはその他大勢のOBの一人であり競技の実績からすればまさに天と地ほどの差がある。競技人としては神様と奴隷のようなもので「よ、調子はどうだい」などと彼に声をかけるわけにもいかない。それでも「山縣は最近良くなって頑張っているよ」との話をいろいろな人から聞いていたから、東京オリンピックに向けてトレーニングを積んでいるのだろうと密かに期待はしていた。それが今回の記録は我が予想を上回る大記録である。追い風2.0Mの公認ギリギリだが「運も実力のうち」で、そもそも実力がない選手には運も味方しない。


新記録達成のNHKニュースでは陰に高野大樹氏と云う新しいコーチの貢献が語られ「重心の位置を前にしてバランスの良い走りをしたことが今回の記録に繋がった」とされていた。慶應の競走部には各パートのコーチの他に、アドバイサーと呼ばれる人たちがおり、たしかに高野氏も短距離部門のアドバイサーの一人としてその名を連ねている。ただ他のパートのアドバイサーは棒高跳びの丹羽清氏(法政大出身)や幅跳びの川越孝悦氏(日大出身)、臼井淳一氏(順大出身)などかつてそれぞれの種目の第一人者だった人たちで、高野氏の競技者として実績を知る者はほとんどいない。調べると彼は「フリーランス」の陸上コーチで埼玉大学出身、大学院では義足スプリントの研究をしており、その関係もあって山縣君と競走部の同期でロンドン、リオのパラリンピック2大会に出場した高桑早生選手のコーチを務めていたようだ。高桑選手の縁で知り合った高野氏のコーチングもあって山縣君が日本新記録を出したのだろう。インタビューで山縣君は周囲への感謝を口にしていたとおり、人の縁もこの記録達成に味方したと思われる。


今回の「布施スプリント」競技会の100米決勝には、棄権した桐生選手と在米のサニブラウン選手以外の日本のトップスプリンターが集結した。この中には2015年度の競走部主将だった山縣君のほか、2018年度の主将・小池祐貴君(住友電工)、2019年主将の永田駿斗君(住友電工)と3名の慶應の元キャプテンが名を連らねており、ニュース画面で彼らの雄姿を一挙に見ることができて感無量であった。5位となった永田君の10秒22は自己新であろうし、小池君は10秒13で3位と健闘。小池君は200米も得意な選手でまだまだ100・200とも伸びる余地がありそうだ。さて広島・修道高校時代から注目されていた山縣君がスポーツ推薦のない慶應を選んだ理由は「自由にのびのびと勝利を目指せる大学でないとダメ」であり、彼は「自由であることは自分ですべての責任を引き受けること」(慶應義塾ホームページ『KEIO TIMES』2019年5月17日)とその覚悟を述べている。この言葉のように彼は環境を上手に利用しケガや病気にもめげず自己責任でここまで伸びてきたが、新しいコーチを得て今後走りがどう変わっていくのだろうか。

山縣亮太君、高桑早生さん 慶應競走部リオ壮行会(2016年7月22日)

2021年6月 2日 (水)

東京オリンピックまで2ヶ月切る ボランティアユニフォーム受領

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ボランティア ユニフォーム一式

東京オリンピック・パラリンピックのボランティアに登録されている妻が先日ユニフォームを貰ってきた(彼女の担当はテクノロジー部門)。いま全国数か所でユニフォームの授与が行われており、関東では取り壊し予定になっているホテル・オークラの旧館がその会場である。当日はユニフォームの他に帽子や靴、ポーチ、大会IDなどが配布されることになっていて、予約した時間に会場に到着すると極めて整然とシステマティックに手続きが進んでいったそうだ。全国で8万名にのぼるボランティアを組織・統率し、オリンピックという目的に向かって進むためには、このような手続きにもノウハウを持った専門家や専門業者が多数必要なのだろう。こういうことで大会組織も肥大化するのだが、それも最近の商業主義的オリンピックの成功のためには欠かすことができない要素と云えよう。


7月23日の開会式まで2ヶ月を切りいよいよオリンピックのムードも高まってきた。いろいろな筋からは、もう中止や延期はないとの情報が入ってきているし、豪州のソフトボールチームは群馬県で事前合宿に入ったそうだ。よほどのことがなければ予定通り東京オリンピック・パラリンピックが開かれるのは間違いないだろう。いまは客観的な事実や統計数字に基づき「武漢ウイルスは大した感染症ではない」と発言するとポリコレに反するかのおかしな世相になったが、内閣官房参与だった高橋洋一さんのツイッター通り、この程度の「さざ波」感染でオリンピックを返上したら「世界の笑いものになる」ことは間違いない。


メディアは変わらず武漢ウイルスの不安を煽り、政治家はオリンピック開催の是非を政局にしようとしている。朝日新聞はオリンピックのスポンサーは続ける一方で、社説で「東京五輪中止の決断を首相に求める」として笑ってしまうが、この新聞の主張の反対をすれば日本は大体間違いないことは現代史を顧みれば明らかな通り。私の周囲には、この一年間、若い人も含めてガンで入院・手術した知り合いが何人もいるのに、武漢ウイルスの検査陽性者(発病者に非ず)は遠い「知人のまた知人」が2名いただけである。最も感染者が多いとされる東京都内の真ん中に住んでいてこの程度で、本当に怖いものは何なのかと神経症的な感染恐怖症の人たちに問いたい。もう日本人もこの集団ヒステリーから目が覚めても良いころで、オリンピックが馬鹿馬鹿しい武漢ウイルス騒動の払拭によいチャンスになると期待する。この夏はボランティアの妻をボランティアでアシストするのに忙しくなることだろう。

2021年5月31日 (月)

来島海峡 プリンス海運 ”白虎”号の沈没事故

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青線=推定される白虎号の航跡、黄色線=同U・PIONEER号航跡
来島海峡の指定航路(画面右側中央)と斎灘の一般的航法(画面左側上部)は反対通行で衝突地点で交差する。(AIS データなどから作図)


海の難所・来島海峡の西口でプリンス海運のRORO船”白虎(11454総トン・船主:北星海運)”と、マーシャル籍で実際は韓国のケミカルタンカー"ULSAN PIONEER"(3481重量トン)が衝突する事故が27日(木)の24時前におきた。この事故で白虎が沈没し、船長以下機関士2名、計3名が行方不明になるという惨事になった(その後不明者のうち機関士1名が発見され死亡が確認)。”白虎”は2020年に国内の造船所で建造された最新鋭の大型RORO船である。ROROとはROLL ON ROLL OFF のことなのだが、このROLL ON/OFFをWeblio辞典で調べると Ships which enable vehicles to directly drive in and drive off the shipとある。すなわちフェリーの様に車両が自走してそのまま船内に乗り入れることができ、また自走して出て行くことのできる構造の船をRO/RO船と云う。この種の船舶は船体内部がガレージのようになっており水密隔壁が少ないため、一般的に急激に海水が流入すると浸水区画が拡大しやすい構造だといえる。


オペレーター(運航者)であるプリンス海運は、もともとは日産プリンス海運と云われ日産車の国内輸送に従事していた会社であった。2001年に現社名に改称、現在は日産自動車の国内輸送のほか、シッピングスケジュールを公表して一般車両の輸送も手がけているようだ。発表されている配船時刻表によると”白虎”は毎週木曜日の1630に神戸港を出港、翌日0530に北九州の苅田に到着することになっており、ちょうど現場の来島海峡を5月27日木曜日の真夜中に通過することになっていた。事故が発生した来島海峡は航路が極めて狭く屈曲している上に潮流が速いので、海上交通安全法によって航法が定められているわが国でも屈指の海の難所である。ここでは来島海峡船舶海上交通センターが航路の監視を行っているほか、総トン数1万トン以上の船舶はパイロットの乗船が義務付けられているが、”白虎”のように定期的に通過する船舶や、総トン数が2696トンの”ULSAN PIONEER”にはふつうパイロットは乗船しない。


海上交通安全法によって定められている来島海峡の航法は「順中・逆西」と云い、東行き、西行き問わず、自船が乗る潮流が順目の時には馬島より大島寄りの中航路を通過、逆潮の際には馬島と今治の間の西航路を通過すると規定されている。”白虎”が神戸から苅田に向けて来島海峡を通過した時間の来島海峡の潮汐は南流(逆潮)ゆえ本船は西航路を辿り来島海峡大橋をくぐり斎灘(いつきなだ)に到達、規定航路の出口に向かっていたはずである。一方、韓国から大阪向け酢酸を積んで来島海峡に向かっていた”ULSAN PIONEER”は中航路を通るため航路の東側に出る必要があり、この近辺で”白虎”など西行船の進路を横切ることになる。ULSAN号にとっては、ここまでは一般的な航法に従って右側通行なのが、この時間はここから左側通行に変わる面倒な場所である。このような地点で両船は交錯したが、掲載した略図(上)を参照すればわかる通り、事故直前に”ULSAN PIONEER”のブリッジからは”白虎”の左舷(赤灯)を視認していたと考えられ、万国共通の海上衝突予防法によって避航義務は第一義的には”ULSAN PIONEER”にあると考えられる。


ニュースで見る”ULSAN PIONEER”は船首が大きく損傷、船首のマストが倒壊しており衝突の衝撃の大きさがわかる。それにしてもこの事故にはいくつも解明されねばならない点があるようだ。船体真横に衝突されたとしたも、なぜ2020年に竣工した最新鋭大型のRORO船が簡単に沈没してしまったのだろうか。2009年フェリー”ありあけ”の事故以来、RORO/フェリータイプの船舶の安全性確保にはさまざま手が打たれてきたはずで、船内への海水浸入や荷崩れが起き船体が傾斜してもそう簡単に沈没しない構造になっていると思っていた。また救助に参加したコンテナ船の船長は、”白虎”は事故後に荷崩れがあったようだと証言しているが、そうだとすれば当時多数積んでいたとされるシャシーの固縛は十分だったのか。フェリーの旅が好きな私にはこのあたりの安全対策が他人事ではなくとても気にかかかる


最近の船舶は内航船でも夜間はエンジンルームは無人運転である。よって死亡が確認された機関士はこの時間は上部の居室にいるはずなのに、船尾にある舵機室で発見されたと報道されているのも不思議だ。これはたまたま狭水道通過のためスタンバイで船底のエンジンルームに詰めていて事故に巻き込まれ、一挙大量に進入する海水に逃げ道を失って船尾に追いやられたのだろうか。また衝突から沈没まで2時間ほど時間の余裕があったようだが、66歳の船長は不明の機関士を探しに船内に戻ったのか。助かった乗り組み員は海に飛び込み他船に引き上げられたそうで、なぜ救命艇(救命いかだ)が展開しなかったのかも疑問である。せっかく来島海峡船舶海上センターは安全を監視していながら、航路の入出口の交通整理まではしないのだろうか。行方不明者の捜索に全力をあげるとともに、両船が事故に至った経緯を調査、事故再発防止に関係者は力を注いで欲しい。


大島・亀老山から望む来島海峡。手前から3・4本目の橋脚の間が中航路、5・6本目間が西航路。写真奥が九州方面(斎灘)。
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2021年5月28日 (金)

和田秀樹 著「60代から心と体がラクになる生き方」

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本屋の店頭で物色していたら「60代から心と体がラクになる生き方 老いの不安を消し去るヒント」と題する新書を見つけた。精神科医で特に高齢者医療に詳しい和田秀樹氏が書いた朝日新書の新刊で、本の帯には「認知症・健康・おカネ・孤独-あなたの心配はどれも『幻想』です」とある。この種の本を買って帰ると妻に「また、それ系?読んで参考になるの?、軸がない人は大変ねぇ」と笑われそうだ。しかし70歳近くなりごく近い友人が認知症になったり自分がガンの手術を受けたりすると、これまで当たり前に経験してきたものと違う問題が人生の後半にあることに気がついて、なにか考えるヒントがないか、誰かの考えを聞きたくなる時がある。


妻の反応を想像しながらもこの本を買ってみようかと決めたのは、これまで和田氏が書いた幾つかのネットニュース記事が心に残っていたからである。たしか「コロナより怖い日本人の正義中毒」として、武漢ウイルスに対する感染症専門医の暴走と、恐怖を煽るワイドショーなどに易々と乗せられる日本人のメディアリテラシーの低さに彼は警告を出していたと記憶する。玉石混交のネットの世界にも「まとも」な意見があるものだと感じ、それ以来、灘高から東大医学部に進んだその経歴がダテではないことに好感を抱いていたので、彼の本なら読んでみようと買う事にした。


年齢を重ねるとボケるのは誰にでも訪れることで、ことさらその事を不安視する必要はないと本書は述べる。認知症になると大半は過去の嫌な記憶を失い、幸せかつ穏やかな気分で多幸的になるのだと云う。これを「自己有利の法則」と呼び「認知症は私たちの人生の最後に用意されているご褒美」としてここではむしろ肯定的にとらえられている。また70歳になったらタバコ、運動、食事などに気をつけるより、好きなことをして自分の楽しいように生きたほうが得だと和田氏は説くが、これは高齢者の医療に永年携わってきた医師だけに説得力がある。なにより健康であるかないかは「ある程度、運」であり、血圧やら血糖値、医師の言葉に一喜一憂せず快適に暮らすことが高齢者に必要との筆致が心地良い。


もっとも和田氏は高齢者の消費を促すために相続税を100%にせよとか、もっと気軽に生活保護を受けて良いなどと現実にはなかなか受け入れがたい主張も本書で展開している。しかしこれらの提言の裏には「老後には金が必要である」という思い込みや「人に迷惑はかけない」とする風潮に対して、「不安に思うことは実際にはほとんど起きない」から高齢者は気軽に日々を過ごそうという彼の本音が込められているのが分かる。ボケは怖くないし、世間など気にせず好きな事をすべしと説く本書はまさに高齢者の心を軽くする一冊であった。読後、さっそく小さなことを気にすることはない、と控えめにしている晩酌のウイスキーをいつもの倍飲んで気持良くよく酔っぱらった。「単純ね」と妻が笑っている。

2021年5月24日 (月)

慶應野球部3季ぶり優勝

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4月24日(土)慶應・明治戦

昨日は知人宅に招かれ夫人の料理に舌鼓をうちながら、スマホで東京六大学野球の途中経過をちらちらと検索。この日2位の立教が明治に敗れると、母校・慶應の優勝が決まる。ここ数年強いと云われながらも、昨年は春・秋ともあと一歩で優勝に手が届かなかった慶應である。特に昨秋は最終カードの早慶戦でこれに勝てば優勝となる試合、9回2アウトまでリードしておきながら、早稲田の蛭間君の逆転ホームランにするりと天皇杯が逃げてしまったこともあり見ている方も気が気でない。招待して下さったお宅はご主人が明治出身とあって「ここ数年、慶應は強いから今日立教が負けなくても、次週の早慶戦で慶應は間違いなく勝って優勝する」と言ってくれるが、今期は不調の早稲田もこと早慶戦になると目の色が変わって挑んで来るので、そう悠長に構えてはいられない。結果、この日は立教が明治に負けて慶應の3季ぶり優勝となり、飲む酒も一段と旨かった。


今春は開幕の法政戦で相手のエース三浦君(4年福岡大大濠)の好投に打線が湿り、ノーヒット・ワンランという珍しい記録で黒星スタートした慶應である。この打てなさぶりではあまり良い結果は期待できないのかと心配していたが、どうやらこれは三浦君の今季一番の快投が優って慶應打線が抑えられたようだ。その後の慶應は投手陣と打撃陣がよくかみ合い、まず危なげなく7連勝して早慶戦を待たずに優勝できたのはご同慶の至りだ。投手陣ではエースの森田君(4年・慶應)と第2戦先発の増居君(3年・彦根東)が粘り強く試合を作る投球をしたのが大きい。特に一昨年の明治神宮大会優勝以来、相手に研究しつくされた感のある森田君がここまで四死球3という記録で、彼の安定した投球が優勝につながったと云えよう。


打撃陣は特筆するアベレージを残していないものの、適材適所の役割に徹したバッティングで安心して見ていることができた。特にドラフト候補の4番正木君(4年・慶應)の長打や、キャプテン福井君(4年・大阪桐蔭)の粘り強い打撃が光った。守備では外野の渡部君(4年・桐光学園)の好守がチームのピンチをたびたび防いだことを挙げたい。あとは期待されて入ってきた若林君(4年・履正社)のバットから快音を聞きたいというのがファンとしての贅沢な望みである。今期、私は4月24日の対明治戦に神宮球場に足を運んだものの、その後は緊急事態宣言による無観客試合で暫く家でのネット中継の観戦となってしまった。早慶戦の入場者は上限5000名とあって球場には入れそうもないから、この後に行われる全国大学選手権は球場に赴くこととしよう。意味もない自粛(したふり)を強制されるこの頃だが、思わぬ楽しみも増えちょっと嬉しい月曜の朝である。

2021年5月19日 (水)

酒には何の罪もない ナンセンスな酒類提供禁止

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空しく眺めるカバーのかかったJALラウンジの生ビールサーバー

大谷選手の活躍を見るためにBSのMLB中継にチャンネルを合わせる。画面で見る観客席からは大きな声援やブーイング、指笛が聞こえ、あたりに飛沫は拡散しまくりだろうがマスク着用者は極めて少ないようだ。NYではマスクをしていない人々が多数街に繰り出している風景がニュースから流れてくる。ワクチンの接種者が増え、もう武漢ウイルスに勝利したとの声もあちらでは大きいそうだが、それでも全米の新規感染者は毎日1万8千人で(日本は現在5000人)、これは人口比にして日本と同じ程度とされている。MLB野球中継でもわかる通り、この状態でもワクチンが行き渡ったとの前提で場所によってはマスクなしの外出で良くなったと報道されている。一方で「ゼロリスク」を求め集団ヒステリー状態の日本では、今後ワクチンが行き渡った後も相変わらずマスク警察が暗躍しそうで気が重い。


さて今回、南紀白浜の赤ちゃんパンダ見物の往路はJALにした。夕方の便に備え午前中にジョギングも済ませ、羽田空港の国内線ラウンジに早めに着いたら離着陸の飛行機を眺めながらサービスの生ビールを楽しもうという算段である。ところがカラカラに喉を渇かせ到着したラウンジにはソフト・ドリンクしかなく、いつものビールサーバーにはカバーがかかっている。がっくりして係員に聞くと、緊急事態宣言区域内では酒類提供の終日禁止措置に従いアルコール類が提供できないと申し訳なさそうに返事が返ってきた。ちょっと待って欲しい。これまで国内線のラウンジで飛沫を飛ばしてバカ騒ぎをする人などは見たことがない。ここは静かに搭乗時間を待つ場所となっているのに、ただ「やってます」感を表すための凡そ意味のない「自粛」にあきれてしまった。


旅行の帰り道は鉄路である。「ジパング倶楽部」3割引きを使い白浜から50年ぶりに紀勢本線に乗り、新大阪からは新幹線ひかり号である。夕方到着した新大阪駅でビールとつまみを買おうと構内の売店に行くと、なにやら飲み物のコーナーには「ノンアルコールビールあります」の表示がある。あれ、ここも同じかとおそるおそる「本物のビールはないの?」と聞いた売り場のおばちゃんは「すみません、今は売れないんです」と詫びる。「禁酒法でもないのに人権蹂躙ではないか?」と思わず声が出てしまったものの、彼女を責めてもしょうがない。おばちゃんにこの辺りではどこにビールがあるのか改めて食い下がると、改札口の外のコンビニではビールを売っているとのことだ。休日の旅行にビールもなしに新幹線などに乗れるものか。


そこで新大阪駅の駅員に構内ではビールを売ってないから一旦外に出させて買い物させてくれと頼んでみた。乗車券以外の新幹線特急券や指定席券は一旦改札口を出ると回収されてしまうが、事情を話すとJRの若い駅員は「どうぞどうぞ、自動改札機でなく有人の改札口を通って下さい、買い物したらまた係員に券を見せて下さい」と気持ちよく通してくれた。私達のように構内に「酒がない」と気付き、あわてて外に買いに行く旅行者が多いようだ。東海道新幹線の車内販売でも酒類は売られていないし、岡山県・広島県もこの日から緊急事態宣言に追加されたため山陽新幹線も多分同じであろう。JR各社はこの禁止措置期間中は駅構内や車内ではアルコール販売がなく、酒類はコンビニなどで事前購入するように広報すべきではなかろうか。


ところで日本の人口は現在1億2500万人だ。そのうち国内の武漢ウイルスの陽性者(必ずしも感染した患者ではない、無症状でも検査でウイルスがあった人)が69万人ゆえ、国民に対するその割合はたった0.5%にすぎない。かなりの人たちが周囲に感染者がいない所以である。社会で活躍する50歳台以下には感染しても重症化する率が極めて低いのがこのウイルスの特徴でもある。さらに今の統計は交通事故でも癌や心臓発作で死んでも、調べた結果ウイルスがあれば感染死とされるため、武漢ウイルス死者は実際より大幅に水増しされている。ある真面目な研究によるとこの一年間に本当にこの感染症で死んだ人は僅か1070人余との説もある。また年間の死亡者数(超過死亡率)が大きく減っているのは正式な統計結果で知られる通りだ。なによりこれまで上から目線で偉そうに自粛が足りないと説教を垂れていた日本医師会の会長自らパーティを主催していたことからすると、本音では彼が「この程度の感染症」「さざ波」と考えていたことが露呈した。GDPの大幅な落ち込みが発表されたいま、オリンピックを含めて経済が元気になる事がなにより重要だろう。酒類提供禁止や夜間の灯火制限などまったくナンセンスな施策は速やかに解除して欲しい。

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2021年5月17日 (月)

アドベンチャーワールド、赤ちゃんパンダ・颯浜

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生後半年の赤ちゃんパンダ「颯浜」

週末は南紀、和歌山県白浜町にあるアドベンチャーワールドにパンダを見に行って来た。アドベンチャーワールドは動物園や水族館と遊園地を兼ねたテーマパークで、白浜町の町おこしやJR紀勢本線の宣伝にも使われるほど知る人ぞ知る有名観光地なのだそうだ。現在ここでは国内最多7頭のジャイアントパンダが飼育されており、特に昨年11月に生れた赤ちゃんパンダが大人気になっている。颯浜(ふうひん)と名付けられたこの赤ちゃんパンダを見るのに長蛇の列を作らねばならないと云われていたが、武漢ウイルス騒動以来、三密を避けるために抽選で入場者を絞りこみ、指定された時間しか見学できないシステムとなっている。


何回も抽選に落ちる人がいるなか、以前からパンダ好きな妻はこの週末の抽選に当たったと大騒ぎをしており、一人ででも行って来るという。中国共産党のプロパガンダに使われるパンダなどを見るのは真っ平だと思いつつも、週末に一人で家にいるのも面白くないし、飲食店では一切酒が出ない都内にいてもしょうがないので、妻にくっついて行くことにした(パンダに罪があるわけではないし)。どこに行くにも「わしも、わしも…」と妻のお尻にくっついて歩く定年退職ワシ族の老人になったような気も近頃するが、白浜町の隣にある田辺市スポーツセンターで大学時代に合宿した思い出もあり、半世紀ぶりにこの地を訪れるのも悪くない。


往時、大阪・天王寺から4時間ほどディーゼル列車に揺られて行った南紀も、いまは羽田からジェット機で一時間と隔世の感がする。ただJALのラウンジは緊急事態宣言(蔓延防止等重点措置)以来アルコールを提供していないため、いつもここで楽しみにしていた生ビールサーバーが使えなくなっており愕然とした。まったく意味のない酒類提供禁止のアホさ加減にあきれかえるばかりだが、これはまた別項で取り上げることとしよう。さて白浜と云う地名の由来となった白砂の白良浜(しららはま)に建つ温泉ホテルに宿をとり、早速風呂に浸かれば湧き出る湯は塩泉で、このあたり一帯はどこも出で湯の里のようだ。湯上りに、やっと手にした冷たいビールを飲みつつ白砂青松の海岸を眺めているうち、「松原遠く、消ゆる処」と自然に唱歌が口をついて出てくる。やはりついてきてよかったと思う一瞬である。


翌日は午後2時からお目当てのパンダの赤ちゃん見学の前に、アドベンチャーワールドで動物を見たりサファリツアーに参加したりと童心に返って楽しんだ。やはり例年よりかなり入場者も少ないようで、列に並ぶのが大嫌いな私には園内どこも混雑していないのがすこぶる気持ち良い。屋外に出ている数頭のパンダが食事をする様子を見ていると、実はこれは着ぐるみでないかと思うほどその姿や所作があどけなく感じる。最近聞いた上方落語「動物園」の影響か、着ぐるみの中には中国共産党党員が日本人の気を引くために必死で演技をしているのではとの妄想が浮かんでやまない。また水族館のペンギンたちの本格的な展示にはびっくりし、世の中には私の知らない場所に知らない大がかりな施設があるものだと感心することしきり。やっと巡って来た指定の時間に見た赤ちゃんパンダは残念ながらお昼寝中だったが、それでも寝ぼけながら時折見せるゼンマイ仕掛けのような仕草が何とも愛くるしく、妻は自粛なぞ無視して遥々来た甲斐があったと喜んでいた。

中共の廻しもの?2018年生まれの「彩浜」
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♪ 松原遠く♯ 白良浜
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紀勢本線の特急も”パンダくろしお” JR西日本 287系特急車両
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2021年5月10日 (月)

東京オリンピックに期待

メディアは相変わらず武漢ウイルスで盛り上っているが、私の周囲を見回すとそうではない。これまで弟の妻の90歳台なかばになる母親が都内の高齢者施設で感染したが微熱で終わったと云う事を聞いたのみだった。連休前、以前働いていた会社の部下たちと目黒で飲んだ際に、会社の別のフロアで感染者(ただの陽性者?)が出たというものの大したことにはならなかったという第2例を知ったが、毎年流行する季節性の風邪やインフルエンザに比べるとはるかに感染者が少ないというのがこれまでの実感だ。


会社の元の部下たちと飲んだこの目黒のイタリアンレストランは、酒類提供禁止、夜8時閉店要請の蔓延防止等重点措置が東京都から出されていたにも拘わらず、これをまったく無視して営業し夜遅くまで賑わっていた。オヤジ一人で調理も会計もこなしているから協力金を貰うより営業した方が良いと腹を括っているのだろう。おかげでこちらは飲み過ぎて、久しぶりに二日酔いで翌日はダウンしてしまった。武漢ウイルスは、大騒ぎをしている割にはまるで実感が伴わない都内である。


昨日は夏のような陽気で皇居の周回コースは多くのランナーで賑わっているので、いつも通り日曜日の同じ時間にマスク着用者数の定点観測をすると、7割のランナーはマスクをしていないか、あるいはマスクは顎に引っかけて鼻と口を露出させて走っていた。武漢ウイルスのことより熱中症の危険性の方が切実だと感じているのだろう。2週間前にはマスクなし、あるいは顎マスクで走っているランナーが6割だったので、気温が上がると共にマスク着用率が確実に下がっているようだ。


さて移動の自由という人間の基本的人権に抵触しかねない政府・自治体の要請や命令の発動は、きわめて抑制的でなければならないと考えるが、日ごろ「人権」と云うと大騒ぎをするリベラルの人たちから何ら声が上がらないのも不思議なところだ。夜8時以降のネオンサインを消灯せよ、との都知事の要請などはまるで大東亜戦争時代を彷彿とさせる意味のない精神論で、権力を嵩に着て感染防止ごっこを見せたい彼女の本質を垣間見た気がする。


こうした中で、7月末から開催される東京オリンピック・パラリンピックを中止せよとの声もあるようだが、都内に住む者の実感からするとやはり何としてでも開催すべしと大会を支持したい。私はドライバーとしてアサインされていた大会ボランティアを先に辞退した。これは都内の医師会や医療体制に改善の努力は見えないのに、「対策やってます」観をアピールするためだけに必要以上に移動の自由を妨げ、特定の一部業界をいじめると云う意味のない3度目の緊急事態宣言に『敢えて』抗議したかったからである。毎日の感染者(陽性者)数に一喜一憂せず、オリンピックは粛々と遂行すべしという考えだったが、現実は大騒ぎの末の非常事態宣言で何ともアホらしくなって辞退した。ただし今となっては、組織の中に入ってミッションに参加した方が我が意は通じたかとやや反省中ではある。


殊に昨日、国立競技場で行われたオリンピックテスト大会 "READY STEADY TOKYO"で順大・三浦選手の3000米SCの日本記録達成のラストスパートや、多田君と競走部の後輩である小池君の100Mの競り合いを見て大会に対する思いが一層強くなった。武漢ウイルスはインフルエンザより重症化や死亡率が少ない上、超過死亡率は減少、これからワクチン接種が本格化するとの事実を踏まえれば、予定通りオリンピックは開催されるべきだ。欧米より桁外れで死者が少ない日本がオリンピックを中止したら世界の笑いものとなろう。怪しげな人たちがオリンピック開催中止を求めて国立競技場前でデモをしたそうだが、こんな奴らに負けてはならないのである。

20210511

出版社による読売新聞全面広告(画像5月11日追加)
「いつまで自粛をすればよいのか、我慢大会は終わりにしてほしい、怒りの声をあげよ」

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